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荒鷲、西の空を舞う  作者: ひえん
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外伝 狼を追え!

 ドイツ海軍の活動は極めて低調であった。原因は先のイギリス海軍機動艦隊と戦艦隊による攻撃でほとんどの艦が何らかの損害を受けた為であった。港内であった事から損失艦こそ出なかったものの、いくつかのドックが損害を受けた事によって修理と整備のペースは著しく落ちてしまったのだ。頼みのUボートも造船所が艦砲射撃を受けた混乱から未だ立ち直っておらず、建造ペースも大きく下がっていた。更に、各軍港の燃料タンクや弾薬庫が被害を受けた事も問題を拡大していた。一部とはいえ、弾薬や燃料の備蓄が失われたことは大きい。必要分を再び用意せねばならない。

 だが、問題は軍事的な物だけではなく、政治的な要因も含んだ。


「イギリスの空母を全て海底に沈めよ!」


 怒りに燃えた総統からの厳命により、稼働可能なUボートは優先的に北海に送られた。敵主力艦を狙うためである。だが、その影響によって大西洋の通商破壊は困難になっていた。それに、北海は英仏の哨戒艦艇や哨戒機が跋扈する非常に危険な海域であった。派遣するだけで未帰還になりかねない。頭を抱えたドイツ海軍首脳部はこの状況を何とかすべく新たな戦略を求める事となったのだ。


外伝 狼を追え!


 大西洋の激戦に比べれば、太平洋の海原はとても静かなものだった。大陸では陸と空で戦闘が続いていたが、日本海軍と比べて小規模な中国海軍の活動は極めて低調であり、戦闘はほぼ皆無と言っていい状況であった。

 極東に展開するイギリス海軍も同じような状況である。ドイツ海軍艦艇はここまで来るのが不可能に近い為、敵がいないのだ。その為、香港やシンガポールにいた主力艦はインド洋や喜望峰に派遣、極東に残っているのは軽巡や駆逐艦、各種小型艦がほとんどであった。よって、こちらでは簡単な船団護衛や哨戒が主任務であった。だが、あまり安全と言えないイギリス本土から新米の水兵や操縦士を連れて来て教育、育成を行う役目が開戦後に追加された。

 そして、不足しがちな艦船を補う為に戦争が始まる数ヶ月ほど前に日本の造船所に発注し、ここ最近完成した艦船が次々とシンガポールに納入されていた。その為、そう言った面ではあまり暇とは言えない状況になっていた。


 そんな戦争とは無縁の日々が続く10月のある日の事、香港の目と鼻の先で大型貨客船が沈んだのである。

 沈むのを目撃した漁船乗組員が「大きな水柱を見た」と証言した事により、極東方面のイギリス軍は大騒ぎとなった。周囲に不審船が見当たらなかった事から、攻撃を行ったのは潜水艦と推定された為である。極東にドイツの拠点は無い、常識的に考えるとUボートは活動困難なのだ。補給ができなければ潜水艦もただの鉄の塊、ドイツから出撃したとして航続距離的にも帰還不能になる。

 果たして、ドイツ軍がそんな事をするだろうか?では、どこで補給を?イギリス軍の疑問は積もるばかりであった。とはいえ、攻撃があったのならば問題のUボートを仕留めねばならない。これ以上の損害は阻止せねばならないのだ。そして、香港やシンガポールから次々と艦艇が出撃していった。


 出撃したのはイギリス海軍や付近の植民地にいるフランス海軍だけではない。撃沈の一報を受けて日本海軍も出撃していた。日本側にとっても中国沿岸付近でUボートが活動するのは問題である。自国の艦船が巻き込まれて撃沈されるリスクがあるのだ。その為、シーレーン保護を目的として空母「龍驤」を主力とする艦隊が南シナ海へと向かった。ただ、この艦隊に出た命令は不審潜水艦を確認した場合、「国籍確認後、所属不明の場合に直ちに臨検を行う」というものである。目標がドイツ艦艇だとしてもドイツとは戦争状態に無い為、公海上で撃沈するのは国際問題になりかねない為であった。他に出来ることは同盟国のイギリスへの目標発見の報告である。

 そして、イギリス側から搭乗員込みの航空機リースの打診があった為、国籍マークを塗り替えた複数の航空機を派遣した。こうして、南シナ海での潜水艦追跡が始まった。


 南シナ海の波頭を蹴って進むのは駆逐艦「春空」。この艦はイギリス向けに建造された中型駆逐艦を日本海軍でも採用した春空型駆逐艦の一隻である。排水量1000トンクラスのこの艦には12.7cm単装砲が3基、魚雷発射管と各種対空火器や対潜兵器を積み込んでいた。同型艦「夏空」「秋空」「冬空」を従えて進む。「龍驤」を含む主力より遥か南方の海域に展開し、哨戒を始めた。頭上では哨戒の九七式飛行艇が飛んでいる。彼らは一時的にイギリス軍所属となり、ドイツ艦を発見して即座に沈める任務を与えられていた。しかし、こちらの艦隊は発見した際の報告と監視が任務である。

 一方、空母「龍驤」も艦載機を四方に飛ばし哨戒を開始した。ただ、昼の間は潜水艦を発見できないとこの海域の誰しもが考えていた。航空機が発展した昨今、昼間にのんびり潜水艦が浮上することは少ない、空から簡単に見つかってしまう為である。そうなると、積極的に活動するのは必然的に夜間となるだろう。だが、昼間に航空機を飛ばすのは無意味ではなく、相手の潜水艦にもプレッシャーを与える事となる。そうなると常に慎重にならざるをえないのだ。

 目標海域に展開したイギリス海軍やフランス海軍も次々と索敵を開始する。それだけではなく、フィリピンから自国艦船保護の為、アメリカ海軍の艦艇と哨戒機も出撃し始めた。南シナ海は各国の艦艇や航空機が入り乱れていた。問題の潜水艦にとっては身動きの取れない状況であろう、下手に動けばたちまち発見されてしまうのだ。昼間は静かに潜っているに違いない。やはり正念場は夜間になりそうである。そして、南シナ海の日は暮れる。


 暗闇に包まれた海上で哨戒するのは極めて難しい。浮上した潜水艦ならともかく、潜って潜望鏡だけを海面に出した潜水艦を見つけるのはほぼ困難だ。哨戒中の艦艇にとっても奇襲されるリスクがあり、危険である。この状況では一般的に頼りになるのは月明りだけ。だが、イギリス海軍には秘策があった。最新兵器であるレーダーだ。これを駆逐艦や巡洋艦に積む事で夜間でも敵艦を発見する可能性を大きく増やすことが出来るのだ。更に、哨戒を行うのは艦艇だけではない。航空機も獲物を探して飛び回る。航空機は夜間に運用するのは難しい。だが、それは小型機や艦載機の話である。大型機は乗員が多く、装備も充実している事から航法能力に長けており、夜間でも活動可能なのだ。そして、ひたすら時間が過ぎていく。


 そして、現地時刻23時過ぎ。


 イギリス国籍のマークを付けた九七式飛行艇が海上を飛ぶ。だが、乗組員は皆日本人だ。彼らは一時的にイギリス軍に籍を置いていた。そして、少し離れてショート・サンダーランド飛行艇がペアとして飛んでいる。その機体にはレーダーが積み込まれていた。彼らがレーダーで目標を捉えた時にはこちらにも連絡が飛んで来るという手筈である。そして、九七式飛行艇の機長が乗組員に指示を飛ばす。


「いいか、海面に不審な物を見つけたらすぐに報告しろ」


 乗組員達が目を皿にして海面を見張る。突然、無線から連絡が飛んできた。


「不明艦影をレーダーにて捕捉」


 相棒のサンダーランドが何かを見つけたようだ。九七式飛行艇がレーダーに感があった地点を目指す。そして上空に到達し、旋回を開始。何か見えたら即座に照明弾を投下し、攻撃に移るのだ。

 突如、左機銃座の乗員が伝声管に叫んだ。


「海面に航跡!」


 直ちに照明弾を投下した。海面が照らし出される。機長も海面を見る。いた!細長く特異な艦影…間違いない、あれは潜水艦だ。味方の潜水艦がこの海域にいないのは既に確認済だ。念の為、無線で所属を問い合わせるも応答無し。潜水艦甲板では乗員が慌てて艦内に飛び込み、急いで潜ろうとしている時点で極めて怪しい。


「目標の潜水艦に攻撃開始、機銃で攻撃しろ」


 各銃座が火を噴いた。一般的に潜水艦には装甲が無く、機銃弾でもダメージを与える事が可能だ。うまくいけば潜航不能まで追い込めるかもしれない。このまま旋回し、爆撃態勢に入るまで撃ちまくる。更に潜水艦は潜航まで時間がかかる。大慌てで航行するもスピードはとても遅い。この調子だと爆撃は可能であろう。爆撃態勢に入り、正面に潜水艦を捉える。タイミングを見計らって小型爆弾を一斉に投下。巨大な水柱が次々立ち上る。そこにサンダーランド飛行艇もやって来て銃撃を始めた。潜水艦は速力を落とし、のろのろと動いている。損傷を受けて潜航不能に陥った模様であった。乗組員が甲板に出始める。諦めたか?そう考え、二機の飛行艇は射撃を止めて様子を見る。だが、潜水艦は機銃で反撃し始めた。戦意は未だ衰えていないらしい。再び機銃弾の雨を浴びせ、たちまち敵艦は水柱に包まれる。そして、騒ぎを聞きつけて付近で哨戒中の駆逐艦もやって来た。その姿が見えて遂に諦めがついたのか、敵潜水艦の乗組員達は海に飛び込み始めた。次の瞬間、潜水艦の艦首付近が爆発、艦は艦首を下に沈み始めた。


 Uボート撃沈の報はその海域全ての艦艇と航空機に伝わった。皆が喜び、安堵したのもつかの間、悪いニュースも飛び込んできたのであった。その一時間後にインドシナ半島北部沿岸でフランス国籍の貨物船が撃沈されたのだ。もう一隻いる。そう確信し、哨戒任務を継続する事となったのだ。だが、それから数日経過するも敵潜発見の報は無い。もう極東から離脱したか?そう皆が考え始めていた時である。

 日本陸軍から一つの報告が舞い込んだ。海南島に偵察任務で出撃した九七式司令部偵察機が港に停泊する潜水艦の姿を捉えたのだ。その知らせに付近を航行中の艦艇は海南島に集まり、島を包囲した。そして、英仏両政府は外交ルートで中国政府にこの事態に抗議し、問い合わせた。中国は欧州の戦争には介入しておらず、中立国である。よって、国際法では無傷かつ戦時下の軍艦を一日以上停泊させるのは問題であった。そして、哨戒機の偵察によって問題の潜水艦は確認されてから既に1日以上停泊しているのは確実だった。だが、損傷して停泊が必要と言い訳する可能性もある為、イギリス哨戒艇が問題の港に許可を得て入港。潜水艦の状態を直接確認した。いよいよ逃げられなくなったのを悟って、潜水艦は急遽出航。港から出た所で乗組員が退艦して自沈した。


 こうして、極東の潜水艦騒動は終息した。このドイツ潜水艦入港に関して、中国政府は「地方軍閥の一将官が賄賂を得て、独断で補給と整備を行った」、「この関係者を逮捕し、処罰した」と発表し、沈没船の賠償を支払う事で問題は解決した。両国とも互いに敵をこれ以上増やしたくないという点で合意したのだ。もしも戦争になるとイギリスは香港とインド方面が直接的脅威に晒され、フランスもインドシナ半島を侵攻されるリスクがあるためだ。中国にしてもその方面から侵攻されかねない為である。


 それからしばらく後、海南島に上陸した日本軍がその港で様々な「変わった物」を発見することになるのであるが、それはまた別の話である。


という事で、太平洋方面の外伝です

Uボート出現の騒動を書いてみました


製作ペース上げないとなあ…

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