第6話 静かな戦争
英国政府は焦っていた。ポーランドが陥落し、フランスにドイツがほぼ主力をぶつける事の出来る体制が出来上がりつつあったからである。味方を少しでも増やしたいが、欧州各国は戦争の飛び火を恐れて味方にはならない。アメリカは国内世論が戦争非介入に傾いており、参戦などとても望めない状況である。味方に付けたアジア最大の有力国である日本も戦時真っ只中で欧州に介入する余裕はとても無い。必死の外交努力でイタリアを中立に持ち込むなど、これ以上敵は増えそうもない状況を作ったが、フランス軍の寒い懐事情を考えるとドイツ軍の侵攻を完全に抑えきれるかは微妙であった。
問題はそれだけでなく、異常に多いドイツの戦力の謎もあった。ドイツ各地に諜報員を放つも謎は解決しなかった、国内で生産したとするとあまりにも戦車や航空機の数が多い、ドイツは最近まで軍備の制限を行ってきたのに、である。新しい大規模な工場を作ったのなら何らかの情報が入るだろう、隠し通すのは難しいのだ。だが、そんな情報はさっぱり掴めていない。英国諜報部や軍部が頭を抱えている中、ポーランドに潜伏している諜報員から意外な情報が転がり込んだ。
「ソ連領内からやって来る貨物列車から、新鋭戦車と思しき貨物が運ばれてきている」
第六話 静かな戦争
ポーランド陥落後、ドイツと接するフランス国境は静かであった。兵力を移動している最中である為なのかドイツ軍の陸上戦力に全く動きが無いのだ。国境線を挟んでひたすら睨み合いが続くだけである。そして、海上の戦いも先のイギリス海軍の奇襲によってドイツ海軍が大損害を浴びた結果、兵力温存に移った為に大西洋ではUボート等の動きがほぼ無かった。
だが、空の上は違った。ドイツ空軍は積極的に戦略爆撃を仕掛けてきた。その狙いはフランス国内の工場や鉄道網である。侵攻時に少しでも有利に事を運ぶためだろうか。しかし、ただ一方的に殴られるわけにはいかない。攻撃された以上、反撃せねばならないのだ。その為、イギリス・フランスの両空軍は常に緊張した状態を強いられた。
第700中隊は今日も待機を続けていた。
ドイツ軍機がいつやって来るのか分からない。フランス空軍と交代で待機している為、定期的に休息は得られるのであるがとても十分な量とは言えない。結果、隊員たちの疲労は溜まっていた。したがって、待機部屋の椅子に座ったままうたた寝を始めるパイロットが次々と現れたのだ。そんな状況を見た中隊長はため息をつくが、あえて注意しようとはしない。彼らが疲れている事を十分に把握しているからである。本来であれば部隊を後方に下げて纏まった休養を取らせるような対応が必要であるが、イギリス空軍には交代の為の部隊を出せる余裕が無いというのが実情であった。そうなると、少しでも工夫して休むしか方法はない。疲労がたまった状態で無理をさせるとつまらないミスが起こるのだ。
「何か連中を楽しませる方法でも考えるか…」
そう呟き、彼は再び書類に目を通すのであった。
同じく第700中隊のアンソニーも同じ部屋で待機していた。英国本土から運ばれてきた雑誌を眺めるが、世間ではあまりに静かな戦況に「このまま停戦になるのでは」という風潮が生まれているようであった。自分たちが必死で前線の空を守っている事が忘れ去れている事に半ば呆れつつページをめくる。今日はこのまま出撃の無い穏やかな一日で終わるだろうか、紅茶を飲みながらそんな事を考えていた。
だが、穏やかな一日は見事に崩れ去る。当番兵が電話を受け取り、すぐさま叫んだ。
「敵機来襲!」
隊員たちは椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がって愛機へ駆ける。こうなると離陸までの一分一秒が肝心だ。すぐに飛び上がり、高度をどれだけ高く取れるかで勝敗に大きな影響を与える。高度は高ければ高いほど良いのである。
整備員が愛機九七戦のエンジンを回す。轟々と唸り声を上げる機体の様子を確認、簡単なチェックを済ませて離陸の準備を急ぐ。準備を終えて整備員に車輪止めを外させると機体がゆっくり動き出す。滑走路へ転がり込むと一気にスロットルを上げてひたすら大空を目指す。
離陸後、地上からの無線が慌てた様子で敵情を知らせてくる。どうやら、敵は爆撃機He111の様である。数は多く、護衛機の有無は不明。それを聞いたアンソニーはため息をついた。この九七戦、火力が弱いのだ。武装は機首の7.7mm機銃が2丁のみ。爆撃機は防弾がしっかりしているものが多い為、この武装では撃墜まで持ち込むのに苦労するのである。よって、的確に弱点を撃ち抜いて致命傷を与えねばならないが、爆撃機には複数の銃座がある。下手に喰らい付いても撃ち返されてやられかねない。そんな事を考えながら、針路を敵のいるであろう方向へと向けて上昇を続ける。
「敵は爆撃機だ。鈍いからって油断するな!」
中隊長から無線が飛ぶ。さっきまでそんな事を考えてたのだから百も承知だ。周囲を見回し敵を探す。すると、下方で何かが光った。その方向ををよく見る。すると、黒い点がいくつも見えた。エンジンが二つ付いた大型機…間違いない、目標のHe111だ。とっさに無線に叫ぶ。
「タリホー!He111の編隊、2時方向の下方!!」
第700中隊は針路を敵編隊に向けて突撃を始めた。
という事で、続きになります。
まやかし戦争に突入しました、この間動きがないので話を考えるのが難しいです
九七戦は爆撃機とどう戦うのか、次回をお楽しみに!