第3話 翼を休めて
日本陸軍参謀本部では激論が繰り広げられていた。それは中国戦線に現れたBf109やHe111といった欧州新鋭機に対して、九七式の後継機たる次期戦闘機に求める性能をどのようにするか、という内容であった。
「九七戦はよくやっているが、速度が不足、火力は圧倒的に不足している。次の機体はそれらを重視した戦闘機にすべきだ!」
「だが、運動性が無ければ易々と食われてしまう、現に九七戦もそれが最大の武器ではないか。それに、爆撃機の護衛もできるように航続距離も必要だ。敵内陸へ出撃した爆撃機の損害は無視できない規模になってきている」
「では、双発戦闘機だ。欧州では次々と製作されているらしい。これなら全て解決できる!」
「重い双発戦闘機で単発戦闘機に勝てるのか?」
論争は続く…戦訓はどう生かされ新型機に反映されるのか。
第三話 翼を休めて
フランス東部に展開した第700中隊は初陣を勝利で収め、凱歌を上げつつ基地へと帰還した。ドイツの誇る新鋭機メッサーシュミットを4機撃墜し、こちらの損害は被弾が2機という完勝である。
夕暮れの飛行場に着陸する。空襲に備えて基地は明りを減らして真っ暗だ。目印は滑走路の両端に置かれたった一つのランタンだけ。薄暗い中、それを目指して着陸する。肝を冷やしつつも中隊各機が飛行場に降り立ち、パイロットたちは一刻も早く戦闘の緊張感から解放されるべくそそくさと機体から降りる。
パイロットのアンソニーも他の中隊員と同じく実戦の興奮と疲労感に包まれていた。指揮所へ戦闘報告を終え、基地の隊員が出したコーヒーを一口飲み、やっと緊張が解けた気がした。途端に空腹感が押し寄せてくる。空中戦は心身ともに大きな負担となるのだ。体中に重圧がかかり、その状態で機体の状況や敵機の位置と味方機の位置を常に確認し、次の動作を瞬時に考えて実行せねばならない。それを思えば体が空腹を訴えるのも無理はない。
他のパイロット達と先ほどの空中戦の感想を言い合いながら食堂へ向かった。
「あの時、メッサーシュミットが突っ込んできて生きた心地がしなかったよ。まあ、旋回してやり過ごせたけど」
「九七戦の運動性に救われたな」
「パラシュートのお世話にはなるなよ」
「それは勘弁。次こそは俺もアンソニーみたいに敵機を落とすぞ!」
「あー、そんな腕のスチュワートが敵機を落とすのはいったい何時になるだろうなあ」
「ひでえな!」
冗談を言いつつ、夕食を求めて飛行場の片隅に作られた食堂へと入った。
一方、空中戦で敗れた相手は困惑していた。見たこともない戦闘機に場を引っ掻き回されて損害を出したのだ。ドイツ軍パイロット達は年鑑を引っ張り出して頭を抱えていた。欧州にあのような戦闘機があったという覚えが無いのだ。こうなると頼みの綱は資料だ、資料を漁るしかない。
「あいつは何だ?固定脚だったが…P-26か?」
「いや、機体形状が全然違う。それにスピードが大違いだ」
「じゃあ、フォッカー?」
「イギリスがそんなの使うと思うか?」
「うーむ…」
「おい!こいつはどうだ?」
半ば暇つぶしに海外航空機の特集を扱った航空雑誌を読んでいた一人の士官が声を上げた。そこに書かれた内容は簡単な写真とイラストだけであったが、特徴はほぼ一致した。
「お、こいつだ!!こいつはどこの飛行機だ?」
「日本のナカジマで作られた新型だとか…」
「確かにそっくりだが…日本?なんでフランスに日本の戦闘機が…?」
このドイツパイロット達は戦闘報告書を提出したものの、それを受け取った上層部では「日本の戦闘機の出現情報は何かの見間違いだろう」と判断されて片づけられてしまった。そして、前線の他の部隊にこの戦闘の模様が伝わることは無かった。
欧州での日の丸戦闘機の初陣は華々しい勝利に終わったが、遥か西のポーランド戦線は破局を迎えていた。ドイツ機甲師団が快足を生かし内陸を蹂躙、ポーランド軍が翻弄され苦戦しているところに最悪の知らせが舞い込んだのである。反対の国境線からソ連がやって来たのだ。2正面からの攻勢によって、抵抗空しく防衛線はたちまち瓦解。数少ない戦力と政府中枢が国外へと辛うじて脱出し、ポーランドはついに陥落したのである。
この結果はイギリスとフランスに大きな衝撃を与えた。まず、ポーランドの敗北によって西から大量の兵力がやって来る事。そして、ソ連がドイツ寄りの立場であることが明確に判明した事である。万が一、ソ連がドイツと共に押し寄せてきたら…
欧州全土に留まらず、世界中の危機感が日増しに高まっていた。
遅くなりましたがやっと書きあがりました。
WW2前哨戦たるポーランド侵攻が終結しました。今後、この世界がどう動いていくのか、作者でも理解できてるか怪しいです(白目)
英仏に味方は現れるのか、続きはまた次回!