第15話 破滅の足音
「よーし、発動機始動!」
関係者が見守る中、マーリンエンジンが唸りを上げた。ライセンス生産を行う為に日本国内に参考用として輸入したものである。国内の主流は空冷エンジンであり、生産しているのも空冷エンジンばかりだ。その為、最新液冷エンジンのノウハウを学ぶために外国産エンジンのライセンス生産が企画されたのである。そして、選ばれたのがこのマーリンエンジンである。イギリス最新鋭機に多数使用されている将来有望なエンジンだ。
日本国内で生産したエンジンは国内での使用だけでなくイギリスへの供給も視野に入っており、ライセンス料は安上がりで済んだ。液冷エンジンである為、冷媒の調達に多少手間取ってはいるものの、入手の目処はついていた。後はアメリカやイギリスから購入した工作機械の導入を待つのみである。
陸海軍ともにこのエンジンはとても魅力的なものであった。そして、このエンジンを積む新たな機体を製作すべく実験機の開発が始まった。
第十五話 破滅の足音
ドイツ軍がマジノ線への砲撃を続けて1週間、3月に入ったある日のことである。フランス軍の司令部に急報が飛び込んだ。
「ドイツ軍がベルギーに侵攻開始」
この戦争では中立の立場であったベルギー国内に戦車師団を中核とした陸上部隊が侵攻を開始。ベルギー上空はたちまちドイツ軍に掌握され、国境の要所に築かれた要塞は上空から蹂躙された。混乱の最中、戦車部隊と装甲車やトラックに乗った歩兵が国境線を破って雪崩れ込んだ事でベルギー軍は国土の南部防衛を放棄。首都近郊に防衛線を張り、その防戦で手一杯となっていた。フランス軍はなけなしの戦力をベルギー国境へ配置。ドイツ軍侵攻に備えたのである。しかし、その僅か三日後、フランス全土に激震が走った。たった一つの無線が発端であった。
「アルデンヌの森からドイツ軍の戦車部隊が出てきた!」
その一報にフランス軍司令部と政府は大混乱となった。最初に何かの見間違えではないかと考えた程である。フランスとベルギー国境に広がるアルデンヌの森は当時、地形が悪い事から歩兵でも突破が難しいと考えられていたのである。あの先の世界大戦でも大規模に侵攻されなかったような土地なのだ。よって、フランス軍はこの方面に軽装備の歩兵師団を置いていただけであった。マジノ線も外交的配慮からベルギー国境付近に延ばす計画は放棄されており、この地域一帯は防備が薄かった。そもそもドイツ軍主力がベルギー陥落を待たずにフランス国内を目指すとは考えつかなかったのだ。直ちに現地部隊に迎撃を命じたものの、まともな対戦車火器を持っていない軽装備の歩兵部隊が機甲師団に挑むのは極めて無謀であった。新鋭のⅣ号戦車を含む強力な戦車部隊には全く歯が立たず、戦車砲や追随可能な機械化歩兵部隊に軽々と蹴散らされた。そんな中、状況は更に悪化する、司令部の空気が凍り付く事態が起きたのである。
「飛行場が陥落?そんな所にはドイツ軍は来てないぞ!…何!空挺降下!?」
司令部の士官が電話に叫ぶ。ベルギー国境に近い飛行場が突如陥落したのだ。急降下爆撃機の強襲から始まり、地上で混乱が起きると共に飛行場の周囲にグライダーが強行着陸、空からは同時にパラシュートによる降下が始まった。そして滑走路には爆撃機を改造した輸送機が機銃を乱射しながら強行着陸、中から歩兵を次々と滑走路に降ろしていく。周囲のグライダーからも火砲が降ろされて飛行場は瞬く間に陥落した。
これにより、ベルギー国境に配置された部隊は混乱に巻き込まれた。ドイツ軍の空挺部隊を撃破するか、足の速い機甲師団の阻止に向かうかの判断を迫られたのである。結局、司令部に判断を求めた結果、初動が遅れた。そして、司令部の判断によってドイツ軍主力への攻撃を優先する事となったのだ。だが、ベルギーやフランス北東部の住民達がフランス内陸へ避難を始めた事で道路は各地で混乱、部隊移動も大幅に遅れる状況であった。一方、マジノ線後方に置かれていた英仏両軍の予備部隊も国内に飛び込んだドイツ軍を分断すべく移動を開始。しかし、マジノ線への攻撃が更に強くなり攻勢の可能性が更に増した事もあった為、移動させる事が可能な兵力は減ってしまった。上空にはドイツ軍機が現れ始めた事でこちらも大きな妨害を受ける事となる。
ドイツ軍主力の先頭はパリを目指して猛烈なスピードで進軍していた。速い部隊は一日で20km以上のペースで侵攻を続けている。このまま何もしなければ10日以内でパリ近郊に到達してもおかしくない。陸軍部隊が遅滞作戦を続けるが、効果は薄い。相手の機動力に翻弄されて有効に戦闘する事が出来ていないのだ。フランス北部に展開しているフランス空軍各部隊は阻止爆撃として新旧問わず飛ばせる攻撃機や爆撃機を全て発進させる対応を取った。が、ドイツ軍機の戦闘機と地上部隊の対空砲火に阻まれ速度も運動性も低い旧式機はほぼ壊滅という惨状、性能的に恵まれた比較的新しい機体も被弾機や未帰還機多数という状況であった。フランス軍は各地の河川をパリ防衛の防衛線とし、戦力の再配置を急いだ。ドイツ軍の横っ腹に急行中の増援部隊が一撃を与えるのを信じつつ…
「敵がアルデンヌを突破し、フランス国内に侵攻開始の一報!更にマジノ線各地の上空で敵機多数確認との連絡を入電!!」
「全機緊急発進!!急げ!!」
牧場の飛行場も火が付いたような騒ぎとなっていた。前線からは支援要請の通信が引っ切り無しに飛んで来る。どうやら急降下爆撃機の大群に要塞線の各所を攻撃されているらしい。地上に置かれた第700中隊の九七戦全機から擬装網が外される。そして、エンジンを轟々と鳴らしながら滑走路を次々と離れていく。上空警戒中の機やフランス空軍機も飛行場上空で合流、既にマジノ線の方向は連日の砲撃戦と爆撃で黒煙が立ち昇っている。敵の戦闘機も当然待ち構えているに違いない。今までにない苦しい戦いになりそうだ。
黒煙の立ち昇る戦場を目指し、英仏の戦闘機は飛ぶ。
さて、フランス侵攻が始まりました。
独軍は機甲戦力が充実されているので史実以上に機動力重視となっています。
さて、ここから英仏はどう動くか。次回をお楽しみに!
※一部訂正