第14話 まやかしの終わり
日本陸軍の次期戦闘機開発は苦戦していた。九七戦の後を継ぐ新戦闘機は昭和13年末に早々と最初の試作機が空を飛んだ。だが、この機体は現在使っている九七戦に対してスピードが若干速く、空戦性能は劣るという評価であった。そして、これではとても将来の航空戦を戦うことが出来ないと判断され、長期に及ぶ試行錯誤の改良が加えられた。時が過ぎるにつれて、前線からは新たな戦闘機を求める要望が相次いでいた。大陸上空に現れたBf109、そしてその改良型が大きな脅威となったのである。それもあり、軍の要求もより厳しいものとなり、開発が難航する要因となった。
しかし、各航空機メーカーと陸軍はこの戦闘機以外にも新しい種類の戦闘機開発を進めていた。一つは欧州で流行し、これからの主流となると予想された武装と速度を重視した重戦闘機。そして、もう一つは機体が大型で航続距離が大きく重武装が可能な双発戦闘機であった。一方、日本海軍でも九六艦戦の後継機たる新艦上戦闘機の開発が進んでいた。
果たして、これらの戦闘機は時代をどう変えていくのか…今はまだ誰にも分からない。
第十四話 まやかしの終わり
「被弾した!撃たれた!!」
爆撃機の迎撃に向かったイギリス空軍第700中隊とフランス空軍機はBf109の編隊による奇襲を受け大混乱の極みにあった。どの機も身を守るのに精一杯。被弾する機も出て来ていた。その最中、救世主が文字通り降ってきた。その機影は明らかに複葉機であり、この戦場ではほぼ見かけることが無くなった機体である為、敵も味方も仰天していた。しかし、主翼に描かれたラウンデルはフランスの物であり、味方であることは確かであった。パイロットは手練れらしく、巧みに敵をドッグファイトに引きずり込んでいく。小回りの利く機体にBf109は調子を狂わされたようで、こちらへの攻撃は徐々に弱まってきた。
「今だ!やり返してやれ!!」
誰かが無線に怒鳴った途端に追い回されていた各機がBf109に襲い掛かる。手近な相手に次々と喰らい付いて銃弾を浴びせる。すると、Bf109は不利と判断したのかそそくさと離脱していく。アンソニーがホッと一息ついた所に先ほどの複葉機が近づいて来た。機体をよく見ると、機種はなんとイタリア製のファルコである。フランスは各国から手当たり次第に戦闘機を購入しているとは聞いたが、まさか複葉機まで買うとは考えてもいなかった。すると、ファルコのパイロットが手を振ってきた。どうやらイタリア人らしい。パイロットまで買ったようだ。翼を振って返事を返した。そして、彼らは派手に旋回しながら南へと飛んで行った。
ふと、復旧中の基地がある方向に視線を向けると、黒煙が立ち昇っていた。さっきの爆撃機にやられたらしい。
地上部隊が戦闘機を見落としたのか、爆撃機以外の敵機がいるという情報は一切来なかった。その為、奇襲を浴びる羽目になったのである。基地に帰ったら味方に苦情を言わねばならない。下手をすれば基地が被弾どころかこちらの貴重な航空戦力が撃墜されていたかもしれない。現に僚機の九七戦は被弾していた。
「生きてるか?」
「なんとか無事だ。でも、すぐに降りたいね。機体がいつご機嫌を損ねるか分からん」
機体はなんとか飛んではいるものの、胴体後部には子供の頭ぐらいの穴が開いている。上空警戒は交代の班に任せて基地へ急いで帰還する事とした。やっと牧場が見えてきた。ここはまだ敵に気づかれていないらしく一切攻撃を受けていない。牧場の片隅にはのんきに牛が歩き回っているのが見える。何かの拍子に滑走路に入ってこなければいいが…そう思いながらも草地の滑走路に滑り込む。僚機もなんとか無事に降りる事が出来たようだ、パイロットもピンピンしている。整備員とトラクターが急いでやって来て、被弾した機を整備スペースに牽引していく。なお、整備スペースはちょっと離れた位置にある林の中だ。基本的に偵察機に見つからないように地上の機体には擬装を施している。愛機もすぐさま擬装網が張られた一角に引き込まれて点検と整備が始まる。それを見ていると中隊長が車に乗ってやって来た。
「やあ、大変だったな。こちらも敵戦闘機の情報は得られなかったから無線を聞いて驚いた」
「ああ、やっぱりそうですか。いきなり上からメッサーの一団に被られてひどい目に遭いましたよ」
「まあ、全機帰還できて幸いだった。そんな状況で基地が爆撃されたのは仕方ない」
「ファルコに救われました」
「なんだ、イタリア機が助けに来たのか。あれは後方に配備されていると聞いたが」
中隊長に戦闘の様子を話しながら指揮所となっているテントに戻る。連絡役の隊員が緊迫した表情で電話をしている。数人の通信兵が走り回って無線の内容を各部署へ報告している。どうにも急に慌ただしい雰囲気になったらしい。何かあったのだろうか?そんな事を思いつつ報告を終えて宿舎へと向かった。とにかく疲れたから休みたい…足が急ぐ。その途中、遠くの方で何かが響くような音が聞こえた気がした。
先の空中戦より数時間ほど前、イギリス空軍の九七司偵が国境線を突破して強行偵察を行った。すると国境線沿いの戦力が慌ただしく移動しているのが確認されたのである。この結果を受けてイギリス軍は異常事態を察知、フランス国内の各部隊に警戒を厳にするよう通達を出したのである。その結果、各地で緊迫感が高まっていたのである。
そして、マジノ線の部隊から急報が飛び込んだ。
「ドイツ軍が大規模な砲撃を開始。侵攻の兆候有り」
この一報に英仏両軍とも驚愕する。いよいよ本格的な攻撃が始まった、と考えたのである。先の大戦と同じように徹底的に砲撃した後にマジノ線を突破してくるに違いない。そして、それを迎え撃つべく陸軍兵力の主力を急いでマジノ線の後方へと配置転換する命令が下った。
ドイツ軍の砲撃は三日たっても続いていた。フランス軍も撃ち返す。しかし、ドイツ側にもジークフリード線という要塞線が築かれており、敵味方とも砲撃による効果は少なかった。かつての塹壕戦の焼き直しか?誰しもがそう考えた。しかし、不気味な事に敵の航空戦力はマジノ線に攻撃して来ない。フランス側から爆撃しようとするも敵地上空は常に敵が空中哨戒しており手が出せない。夜間爆撃を行うもののBf110や対空砲の妨害を受け、まともに攻撃できない状況下である。両者ともに手詰まりか、そんな展開が更に続く。
だが、ドイツ軍には国境線を突破する秘策があった。
続きです
いよいよドイツ軍が動き出します。
史実より早めになります。