第8話 敵の狙い
広大な中国大陸を日本陸軍戦車隊は進む。後方の小さな町に拠点を設営、そこで整備と補給を済ませて前進する。目指すは事前の航空偵察で確認された敵の物資集積所である。
快足を誇る九二式重装甲車が斥候として先行、何も無い田舎道を進む。臨時編成されたこの中隊は新鋭の九七式中戦車3両一個小隊を主軸とし、九五式軽戦車二個小隊と装甲車の偵察小隊からなる編成である。新鋭車両によって構成されている為、隊員の士気は極めて高い。
中隊長は水筒の水を飲みつつ、周囲を警戒。すると、斥候の装甲車から無線が飛び込んだ。
「敵車両と思しき隊列を捕捉、戦車も含む!」
「そのまま監視を続けられたし。相手に見つかったらすぐに退避せよ!」
報告を聞いた中隊長は全車に前進を命じた。走っていた田舎道から外れ、隊列を組み直す。相手はⅡ号戦車であろうか?それなら貫通力のある37mm砲を載せた九五式軽戦車で対抗可能だ。そんな事を考えつつ敵車両のいる方向を目指す。敵の針路から考えると相手はこちらの拠点とした町を襲撃するつもりのようだ。後方の町には整備小隊と歩兵一個中隊、輜重隊の車列がいるのみだ。これが襲われればひとたまりもない、急がねばなるまい。中隊長はそう考えていると、装甲車から続報が入る。
「目標の車列に型式不明の戦車あり!」
「Ⅱ号ではないのか?」
「Ⅱ号よりも大きい。新型かもしれない」
「了解、敵車列の編成求む」
「Ⅱ号戦車4、Ⅰ号戦車4、不明2。トラック6…以上」
「了解、まもなくそちらの後方に到達」
敵は本格的な戦車隊だ、数の上ではこちらが不利。相手が戦闘態勢に無いこのタイミングを狙うしかない。偵察隊を後方に下げつつ、町にいる歩兵に敵部隊の詳細を連絡、突破されるという最悪の事態に備えさせる。
戦車隊が小高い丘を登る。登り終えて眼下を見ると、目標が見えた。相手の車列に見たことの無い戦車が確かにいる、Ⅱ号よりも砲が大きいように思える。そして、各車に攻撃命令を出す。距離は2000m程だろうか、相手も流石に気づいたらしい。トラックが慌てて進路を変更。戦車隊はハッチを閉めてこちらへ向きを変えた。相手は魚鱗のような配置でこちらへと向かってくる。こちらは横に広い横陣のような形である。日本陸軍初の本格的な対戦車戦になるのはこの時点で容易に想像できる。
砲手に射撃を命じる。榴弾を敵正面に撃ち込んだ、威圧も兼ねた攻撃だ。次弾たる徹甲弾の装填を命じる。中隊各車が走りながら撃ち始めた。相手は次々と停止、撃ってくる。Ⅱ号戦車の20mm機関砲ならば、距離さえ取ればこの九七式中戦車にダメージを与えるのは難しい。だが、問題は目の前の新型戦車である。あれが積んでいる砲がドイツ製対戦車砲クラスであればこちらが撃破される恐れが十分ありうる。そうであるなら相手に狙われないように動き続けるしかない、と直感的に感じた。
戦闘開始から数分が過ぎた。敵味方とも戦闘機の空中戦のように急所を狙うべく動き回っていた。九五式軽戦車は軽装甲である為、Ⅱ号戦車の機関砲でも大きな脅威だ。落ち着いて目標を狙うことが出来ていないようだ。相手も動き回る戦車に翻弄されて有効な攻撃を当てることが中々出来ない。状況は拮抗している。こちらの車両数が相手に劣るのが決定的な問題であった。そんな中、後方から無線が飛んできた。
「輜重隊に便乗していた速射砲中隊を向かわせて支援に当たらせる。すでにトラックでそちらへ移動中」
まさに僥倖、相手は歩兵を載せたトラックが大きく離れた状態だ。その中なら対戦車を主任務とした速射砲は十二分に活躍出来るだろう。中隊長は各車に敵車両を引き付けるように命じた。
中国大陸の戦闘は続く。
第八話 敵の狙い
2週間前のフランス内陸への大規模な爆撃機による攻撃以降、大きな損害を受けたドイツ空軍の動きは大幅に鈍っていた。その為、フランス国内は平穏そのもの。国内では「ドイツはフランスの守りを見て攻撃を諦めたのだ」と冗談が飛ぶほどである。戦闘はマジノ線上空で小規模な空中戦が度々起こっている程度であった。そんな中、フランス空軍はドイツ国内に偵察機を放っていたが、生還率は低かった。理由は戦間期に採用された機体では性能が足りていなかったという点である。その問題にぶつかったフランス空軍では新型機を求める声が日々高まっていた。
イギリス空軍第700中隊も出撃回数が減った事により、先の忙しさからやっと解放されていた。機体の整備と人員の休息時間を得ることが出来たのだ。それでも数名は緊急発進の待機に付き、残りの人員は訓練飛行を行う。訓練をしなければパイロットの腕は鈍るのだ。パイロットのアンソニーも訓練飛行に飛び上がる。燃料弾薬を積み込んだ二機でベルギー国境付近まで飛んで帰るという航法訓練である。実弾を積んでいるのは戦時下であり、万が一に備えてである。
基地から飛び上がり、冬に近づいた空をのんびりした気分で飛ぶ。地形とチャートを見比べて機位を把握、指定された地点を何か所か経由して目的地を目指す。天気は良好、愛機の九七戦の調子も良好である。目的のベルギー国境に近づいた時である。地上からの無線が飛び込んできたのだ。
「ドイツ軍偵察機が侵入、高度を上げてベルギー・ルクセンブルク国境を目指して飛行中!直ちに迎撃に向かえ!!」
「了解」
せっかくの訓練にお客さんが現れてしまったらしい。僚機と共に偵察機がいると思しき方位に機首を向ける。相手は低空で国境を突破。目標地点手前で高度を上げて撮影し、再び低空を飛んで基地に帰るつもりのようだ。こちらの高度は9000ft。相手の高度が不明である為、僚機には上空を、こちらは下方の見張りに専念する。
「タリホー!3時上方!!」
僚機がお客さんを見つけた。すぐに旋回、機首を向ける。機種はBf110…偵察型だろう。相手もこちらに気付いたらしく、旋回して逃げようとし始めた。そうはいかない、こちらもスピードを上げて追跡を始める。だが、相手の最高速度の方がはるかに速いので加速し終える前に追い付かねばならない。
「くそ、真っ直ぐ突っ走られると追い付けないぞ!」
「強引に旋回させるしかないな」
僚機がぼやく。
仕方がない。若干遠いが、機銃を撃つ。相手が驚いて旋回してくれるのを狙うのだ。果たしてそうなるか…Bf110のパイロットは飛んできた曳光弾に驚いたのか、軽くロールして機体を傾けて左下方へ降下する。最短の逃走ルートからそらすことには成功した。さて、ここからどうするか。水平旋回してくれればよかったのだが、現実は思い通りにはならない。更に後部銃座も撃ってきた。だが、距離は若干縮まってきた。当たることを願いながら僚機と共に撃つ。相手は避けようと旋回を繰り返す。結果としてこちらの思惑にかかったのだ。
Bf110は双発複座の戦闘機で大柄な機体である。よって、機体が重い事から一度速度を失うと加速が鈍い。相手との距離はぐんぐん縮まる、もう逃がさない。エンジンを狙って機銃を撃つ。僚機は反対側のエンジンを狙ったらしい。Bf110の両エンジンが白煙を噴いた、機銃弾が当たったのだ。敵機のプロペラが止まったのが見えた。すると敵機から黒いものが二つ飛び出した、搭乗員が脱出したのだ。もう帰還は望めないと悟ったのだろう。主を失った機体は地上に激突、爆炎を上げた。
「目標から搭乗員が脱出、撃墜を確認。パラシュート二つ降下中。地点は…」
地上に報告を終えた。青空に静寂が戻る。訓練は台無しになったが、敵機共同撃墜の戦果を上げて意気揚々と基地へと向かった。
だが、何故ベルギー国境付近を偵察したのだろう…偵察するならマジノ線から先の侵攻する方面ではないか?珍しい事もあるものだ。そう考えながら滑走路へ降り立った。
中国大陸には更なる異変、フランス戦線も奇妙な静寂が続く
という事で続きです
新年あけましておめでとうございます。昨年中に投稿したかったのですが、暮れの忙しさからだらだらと時間だけが過ぎてしまいました…
なお、この作品内ではノモンハンでのソ連との戦闘は起きてません。その為、対戦車戦闘はもっぱら中国軍のⅠ号戦車とⅡ号戦車との戦闘が主なものとなっています