8、満月に奏でるピアノ
オレ達が通ってる学校は、井出中学校といい、公立中学校にしては5階建てとかなり広い。まだ、建設されてから5年なのでとても綺麗で、一つの階に10程度の部屋があり茜を探すのはかなり苦労した。
最初は、図書室。
蔵書が15万冊もあるこの図書室は、休み時間になると調べ物をする生徒で一杯になる。
しかし、放課後になると殆どいなくもちろん、茜もいなかった。
そして、一階はどの部屋を探してもいなかった。
続いて2階。
この階は、家庭科や実験室など移動教室でよく使われる。
さすがに、実験室にはいないだろうといったが、やはりいなかった…。
どれくらいの時間が経っただろうか。まだ、夏だというのに辺りは真っ暗になってきている。廊下では、もう警備員が鍵の開閉を点検しているようだ。
こんな時間まで茜は待っているのだろうか?もう帰ってしまったのではないかと同時に、早く茜を探さねばという焦りの気持ちがあった。
「落ち着け!落ち着けオレ!」
心の中でそう繰り返し、気持ちを落ち着かせていると、ある茜との対話が頭に浮かんできた。
それは、今日の英語の授業での話であった。茜が教科書を忘れたので、隣であるオレが机をつけて見せてあげたのだが…オレは茜の色んなことを知りたかったので、もちかけた話である…
『木下ってさ〜。好きなアーティストいる?』
『うん!いきものがかりが大好き!将来は、あの人達みたいになりたいって思ったもん!!でも…あたし、ピアノの方が好きで…まぁ全般に楽器は全部好きなんだけど………』
話は、そこまでしか覚えていなかった。
でも、自分にはそれで十分だった。
「音楽室だ!!」
確信したように、全力で音楽室に向かって走った。
音楽室は、5階にある。また3階分階段を上ると思うと、正直きつかったが、茜のためだと思うと疲れなんか気にせずに走ることができた。
オレは、音楽室のドアを思いっきり開けた。それと同時にバタッというもの凄い音がした。
茜って大声で呼ぼうとしたが、まだ付き合ってもいないのにそう呼ぶのは抵抗があったので、木下って呼ぼうとした時、音楽室全体にピアノの美しい音色が響き渡った。
「♪〜♪♪〜〜♪〜……」何処かで聞いた覚えがある。確か、ショパンの曲だったような気がする。月9の
「太陽と海の教室」でやってたやつ。
オレはその曲にうっとりし、つい聞きいってしまった。
真っ暗な部屋の中窓際の方で、月明かりに照らされながらピアノを弾いている茜が、とても美しかった。
声をかけたかったが、茜の真剣な姿に黙って見とれることしかできなかった。
数分後、ピアノの音色が静かに消えていった。
音楽室の中は、徐々に静寂を取り戻していった。
茜がオレの方にゆっくり向かってくる。その姿は、まるでピアニストのように堂々としていた。
「あたしの演奏どうだっ…!?」
オレは、言い終える前に茜を強く抱きしめていた…。自分でも分からないが、勝手に身体がそうしていた。
「て、てる君……?」
茜はちょっとビックリしたように言ったが、この静寂を壊さないような静かな声で言った。
次にオレは、我慢出来なくなって自分の気持ちを素直に言った。
「好きだよ……。」
とても胸が熱くなった。そう…初めて茜の手を握った時みたいに…。
「木下……っ。」
「茜でいいよ…っ。」
「茜…好きだよ。」
何回もその言葉を言う自分が無性に恥ずかしくなった。
茜は、オレの顔に頬を寄せて言った。
「で…でも、坂口さんがいるじゃん…」
最初に告白したのは、茜の方だったのに、そんなに弱気になっている茜を見て言葉に出しているのも気付かずにこう言った。
「可愛いよ……。オレの天使みたい…。」
「恥ずかしいよ…。そんなこと言って……」
オレは、更に可愛くなった茜を放っておけず、抱いていた身体を離した。
そして、頬を手で挟み、茜の唇にオレの唇を重ねあわせた。
2人とも顔が真っ赤だったが、静かに目を閉じて唇を離そうとしなかった。
「これがオレのファーストキスだから……。」
「あたしも……。」
どうやら2人共これが初キスだったらしい。
月明かりに照らされた茜は時に色っぽく見えた。
オレは、してはいけないと分かっていながらも抑えきれない衝動に負け、茜をヒンヤリと冷たい床に押し倒してしまった。
「ちょ、ちょっとてる君!?」
オレは、茜がビックリしてちょっと抵抗しているのに気付き、止めた。
異様な雰囲気が音楽室中に漂う。オレは、そんな雰囲気を消そうと茜に必死で謝った。
「ごっごめん!!押し倒したりして!もっと茜を大事にするはずだったのに!」その時、突然オレの制服のポケットから携帯がなるのが分かった。
いきものがかりの
「ブルーバード」だ。よく電話をする人は、この着信音にしている。
「あっあたしもその歌好き!」
「あっそうか!茜もいきものがかり好きだもんね!」ちょっと雰囲気が明るくなったような気がした。
そして、ポケットから携帯を取り出して電話にでた。
「もしもし〜?」
電話は、お母さんからだった。どうせ、早く帰って来いってことだと思ったが、それは当たりだった。
「何してんの!もう7時よ!いつまで学校にいるの!?」
もうそんな時間になってしまったか…。どうりで辺りが真っ暗なわけだ。
「分かったよ〜。すぐ帰る!」
そう言ってすぐ電話を切った。
オレは、座っている茜に手をさしのべて帰ろうと言った。
茜はうなずいて、一緒に音楽室を出た。
廊下は誰もいなく真っ暗で、物音一つもしない。まるで、学校の怪談みたいな景色だ。
「ねぇ〜てる君怖いよ〜。」
「大丈夫!オレがついてる!!」
っては言ってみたものの、本当は内心とても怖い。昼と夜でこんなに違うんだと思うほどだ。
2人とも手をしっかり繋いで、恐る恐る下駄箱を目指した。しかし、事件はその途中で起こった・・・。
2階まで来ると、かすかに光が見えた・・・。職員室だ。職員室では、まだ先生達が残っているらしい。オレ達は、階段ごしにそちらの方を覗いた。誰も職員室から出てこないのを確認してから、静かに下り始めた。
その時だった・・・。後ろから声がしたのは・・。
「お前ら!!何してんだ!!」
「わ〜!!!!」「きゃあー!!!!」
そのあまりにも意外な出来事にオレ達は、うっかり叫び声をあげてしまった。本当にお化けが出てしまったかと思ったからだ。
2人は、ゆっくりと後ろを見た・・。暗くてよく見えないが、確かに人影があるのはわかる。
あっちにもこちらが見えないらしく、じっくりオレ達を見ている。
しかし、その人が木刀らしき物を手に持っていることに気づいた。それならば、話は早い。
「生徒指導の森田だよ・・・。」
オレは、恐怖で硬直している茜を優しい口調で耳元に囁いた。すると、茜からはこんな返事が返ってきた。
「森田先生なら、大丈夫じゃない・・?だって、さっきも見逃してくれたから・・。」
確かにそうかもしれない。なんでまだ森田が出てくるんだって鬱陶しく思っていたが、茜の言うことは正しかったのかもしれない。
なので、オレ達は正体を先生に晒すことにした。
「先生・・。僕です・・!吉岡です・・。あと木下です・・。」
言ってしまった。でも先生は急に表情を変え、暗くてもわかるような笑顔でこう言った。
「お!またお前たちかっ〜!奇遇だなぁ〜。何!愛の告白でもしてたのか!?」
生徒指導の教師がこういう人はどうかと思ったが、オレはためらいなく答えた。
「はい、そうです!オレは木下さんが好きです!!」
先生は、そうかそうかと頷いて、オレ達を満面の笑みで笑った。
それもつかの間、騒ぎを聞きつけた先生が職員室から出てきた。オレ達は、パニックになってしまった。しかし、森田は落ち着いてこういった。
「早く行け!ここはオレがなんとかしとく!いつまでもお前たちが長続きするといいな(笑)!」
「あ、ありがとうございます!!!恩にきます!!」
2人はそう言って、その場を後にした。走って下駄箱に向う途中、オレはこんなことを思った。
「先生は、本当はもの凄くいい先生なんじゃないか!もしかしたら、中学時代先生も同じような経験をしたのかも。」
それは、茜も同じ考えだったらしい。オレ達は、走りながら笑った。上からは、先生が先生達に詰問されている。言い訳をわざわざ考えてくれていたらしい。オレ達は、それだけで森田が優しい人間だとわかった。
下駄箱ですぐに靴を履き替えると、やっと外に出た。
辺りはもう真っ暗で、1人で帰るにはちょっと怖かった。さすがにこれはお母さんに怒られると覚悟した。
「家まで送るよ!!」
茜を1人で帰らせるわけにはいかない。もし茜の身に何かあったら・・考えるだけでも胸が痛くなる。
「え!?大丈夫だよ!!1人で帰れるよ!!」
「ダメ!って言うか送らせて下さい!!!」
「うん・・お願いします・・。」
つい敬語になってしまった。それほど茜を送り届けたかったからだ。茜もオレの熱意に負けたのか、やっとokしてくれた。
手を繋ぎながら歩く暗いいつもの道。そこには、いままで歩いてきた時とは違う温かいものを感じる。オレは、いつまでもこの時間を大切にしようと思った。そして、いつまでもこんな時間が続いて欲しい、そう思った。
茜が道を案内する。しかし、時は意地悪なのか、時間を早送りしたように時は早く流れ気づいた時にはもう茜の家の目の前だった。
「ありがとう・・・。」
茜の言葉が余計に寂しくさせる。おれは、お別れの言葉と今日の行き過ぎた行為を謝った。
「どういたしまして・・。今日は押し倒してごめん!!」
「別にいいよ・・。もう終わったことだし。でも、ちょっとビックリした!」
恥ずかしがっているのか、茜は、俯いている。
「よかった!許してくれて。」
暫く沈黙の時間が流れた。オレは、恥ずかしながらこう言った。
「やだよ〜。茜ともっといたいよ〜!!!」
すると、茜は笑ってこう言った。
「また明日会えるじゃん!!」
そういえばそうだ。オレは茜が言った当たり前のことに自分が言ったことが恥ずかしくなった。オレは黙って俯いていた。
「でも・・てる君の言葉嬉しかった!!」
茜が久しぶりに喜んでくれた。オレは、茜の笑顔を見ると忽ち笑顔になった。
「ほ、本当に!?嬉しいよ!じゃあまた明日ね!!」
オレが帰ろうとしたと時、茜がなにか言ったので振り向いた。
「夜、メールしてね!!」
「もちろん!!」
そうか、茜とは家にいても会えるんじゃないか!嬉しさがこみ上げてきた。オレは、最高の笑顔で茜に手を振り、暗い夜道を1人で帰って行った。
1人で帰っている途中オレは、中3でありながらずっとこう思っていた。
「今日は、とても短い1日だった。それは、茜という存在が傍にいたからだ。オレは、これからも茜と毎日を共に過ごすこととなるだろう・・。時には、ケンカなどもすると思う。でもオレは、それもすべて受け入れて茜と過ごす時間を大切にして生きていきたい。この一生に一度しかない生涯を、茜という存在と共にどこまでも歩んでいきたい・・・」
と・・・・・。