第7話 あの日の悲劇を
……あれ、雲行きが……? こんなに暗い話だったっけ!?
作者もびっくりの展開とは!?
三つある部屋のうち、シルは一番左の部屋、私は一番右の部屋へと入った。いよいよテストである。
部屋のドアをくぐると、華奢な女性と、やる気の無さそうなおじさんが正面の椅子に腰掛けていた。
私はドアを丁寧に閉め、ゆっくりと礼をする。顔を上げると、女性は驚いたような顔をしていた。おじさんの方はと言うと、そんなものはどうでもいいからさっさと始めろという視線を女性に送っている。
「では、リリスさんですね。初めは、弓と剣、つまり、遠距離攻撃と近距離攻撃のテストを行います。使用する武器に規定はありません」
うん、説明されていた通りの内容である。
「次に、今回の試験では合格人数が多いため、それに対する対策として、例年より少々試験内容を変更させていただきました」
……ほう?
「このテストでは点数に最低ラインが定められています。それをクリアすれば、次の試験に進む事が可能です。また、弓と剣の試験終了後、直ちに対人戦闘試験が行われます。たいせんあいては、私の隣に座っている彼です」
ふむ。レベルは87と、なかなか高めである。もしかすると、昔この試験で受かった人が対人戦闘の試験官を担当するのかもしれない。
……って、待て。レベル高くない?
ぶっちゃけ、最前線でバリバリ活躍できているようなハンターは、わざわざ試験官なんてしない。それより前線にいるほうが断然儲かるからだ。
つまり、ここにいる試験官はへっぽこ……じゃない、下っ端なんだ。下っ端でレベル87は、脅威だぞ。
受付嬢を彷彿とさせる女性の方も、レベルは50ジャスト。これは、普通のハンターとしても通用するレベルだ。
……え。
――ナニココこわーい。
「先ずは、私が放つ水の玉に、その位置から動かず攻撃を当ててください。これが弓試験となります。このテストは100点が満点です。採点基準としては、1分以内に水の玉に25回以上の攻撃を当てる事が最低ライン。次に、玉を消滅させれば、その数に応じて加点となります。本来ならもう少し時間が取れるのですが……」
あぁ、人が多い事の弊害って、こういう事か。それに応じて撃ち落とす玉の量を変えればいいような気もするが……。
――なるほど。そういう事か。
「よろしいですか?」
「はい」
分かったぞ、満点の取り方。
私はこの試験を初めて受けるのだし、どのくらいの得点で合格なのかも、感覚ではイマイチ分からない。なので、今回の作戦は至極簡単に、満点を叩き出す。
「では、始めます」
場の空気が澄む。と同時に、凛とした声が響いた。魔力を帯びた声だ。
「水、ウォーターボール」
属性、レベル、名前。本来なら「水属性初級魔法、ウォーターボール」となるはずなのだが、短縮まで出来るほどの魔法使いとは、恐れ入った。場合によっては初めに型も付くのだが、それはまだいいだろう。
そして、計10個ほどの水の玉が浮かび上がる。
デスゲーム中、プレイヤーの中に、魔法使いは少なかった。
火力十分、スキルによっては、技を発動した後の硬直時間も消せるし、クールタイムと呼ばれる再発動までの時間も短縮できる。少し努力すれば、最高の戦術が確保できると言ってもいいほどの完成度とレパートリーの多彩さは、デスゲーム開始以前まで、とても人気だった。
故に、課金組が上位に食い込んでいたのはいつもの事だ。
このゲームには、ジョブスキルは存在しない。だが、ジョブ自体は存在する。尤も、ジョブは簡単に変更できるし、形だけの物だった。
だが、デスゲーム開始後、ジョブチェンジが不可能となった。
しかも、ジョブスキルが存在しないという事は、それに対する補正もないという事。
剣士や弓使い等は、見よう見まねでなんとかなったり、ターゲット補正スキルが独自に存在していた。それを確保できれば、例えステータスに見合った個人の技術を持っていなかったとしても、そっくりそのまま、ゲームと同じようにプレイできた。
だが、魔法使い――マジシャンだけが、違った。
優秀過ぎる時点で、気付くべきだったのだろう、本当は。
落とし穴は、二つあった。
うち一つは、気付けたかもしれなかったもの、もう一つは――不条理。
まず、一つ目。
ジョブは形だけだと思われていた。だが、実際には、若干だが違いがあった。
ジョブスキルがないのであれば、後はごく普通に、一般スキルを取得していくのみである。NPCに話しかけたり、図書館に行って資料を読んだり、実際にその行動を何度か繰り返してみたり。取得方法は様々だった。
そのスキルの中には、「水魔法初級」やら、「火魔法初級」やら、魔法関係やそれ以外も全て含めて、初級スキルが手に入る仕組みになっていた。あとは、何度も戦闘などで同じ行動を繰り返す事で、そのスキルレベルを上げていく。
スキルレベルが上がれば、それに準じた効果が与えられた。
癒し系の魔法なら回復量増加、攻撃系なら攻撃力増加、防御系なら防御力増加。任意で発動できるスキルもあった。
他には、スキルツリーと呼ばれていたものがある。
これは正確には、どのスキルがどのレベルまで達成されると、どんな効果が得られるのかを記したものだが、多くの人はこれを、「ユニークスキル」の意味で使っていた。
ある程度のレベルまで達成されたスキルは、新たなる技を作り出す事がある。これを多くは「進化」と呼び、これを乗り越えると、今までとは比べ物にならない程の強大な力を得るとされていた。これは実際にそうだったのだ。
ここで、ようやくジョブに戻ってくる。
スキルにもレベルがあるという事は、もちろん、経験値が必要だという事だ。これはゲーム内では数値で表される。個人の才能も何も関係なしに、ただただ、多く数をこなしたものが上手くなれる。
故に課金組が存在したのだし、その課金組はいつだって、経験値を金で買っていた。
だが、貰える経験値が、ジョブによって違っていたら?
結果として、前衛職が多く、前衛スキルの多かったこのゲームでは、マジシャンは消えていった。
簡単に説明すると、同じスキルでも、前衛職の剣士と後衛職の魔法師では、貰える経験値の量が大きく違っていた、という事。これは、種族の違いには当てはまらなかったが、ジョブにのみ、当てはまった。
例を挙げるとするならば、「蹴り」スキルを剣士と魔法師が10回使用した場合。
剣士は20の経験値が貰え、すでにレベルが2に上がっている。故に、攻撃力も一段と高くなった。
だが魔法師は10の経験値しかもらえず、まだレベルは上がらない。
「蹴り」は前衛スキルに分類される。よって、前衛職である剣士が優遇される訳だ。
もちろん後衛職にもこれは当てはまり、後衛スキルならば剣士よりも早くレベルアップできる。だが、前衛スキルと後衛スキルでその量が違いすぎたがために、後衛職は獲得できる、もしくは、獲得した後に活用できる段階まで育てる事が可能なスキルのレパートリーが少なくなってしまった。
ーーまぁ、だからこそ、私のようなイレギュラーが出てくる訳だが。
不遇を嘆きながらも、ただ寝る間も惜しんで飲まず食わずで死にながらスキルを使い続けたその結果、私はシステム外スキルを手に入れ、一気にトッププレイヤーへの道を駆け上がったのだ。
そして、二つ目の罠。
これは予測不可能で間違い無いと思う。運営の悪意しか感じられない設定だった。
曰く。
この世界はゲームではなく、現実の世界である。故に、この世界の一般的魔法使いと同様、プレイヤー達は、自身の体内に流れる魔力の流れを意識する必要がある。
この世界のマジシャンというのは、体内に流れる魔力を敏感に感じ取り、それを練り、形を作り、体外へと放出する。その放出された魔力が魔法となり、世界になんらかの影響力を持つようになるのだ。
つまり、マジシャンはまず、魔力のなんたるやを探るところ始める羽目になったのだ。
魔法は、魔力を感知し、それに属性を与え、量を定め、種類を指定し、放出する事で初めて完成する。高い知能値ーーINTと呼ばれるステータスが必要になる。
魔力を感知するスキルは存在せず、あるのはただ、属性を指定するスキルのみ。それを極めた私は例外として、「一般的なマジシャン」と同程度の魔法なら、例の壊れスキル「魔法の極意」で真似できる。
基本的に魔法とは、無詠唱で行うものだ。ただ、INTの低さを補うために、「呪文」と呼ばれる言葉ーースペルがあるだけなのだ。
剣士はどこまでいっても剣士である。例え剣豪と呼ばれようと、剣士である。だが、マジシャンは違う。
どの職業よりも過酷、そして、自らの手にそれをねじ伏せたものは、真の意味で最強となる。魔法を極めた、マジシャンの域を超えた者は魔導師--ウィザード――と呼ばれ、それを超えた者は……。
私の知る限り、そんな人はいない。
だが、「神」に最も近いのは、よく、私だと言われていた。
私はいつか、神を滅ぼす、と――……。
「――複合型水魔法初級、ウォーターウォール」
もともとウォーターウォールは、水属性初級魔法に分類される。私はそれを「複合」し、後の「鍵」を用意する事で、本来の「防御」という用途とは、外れた使い方をする。
たいていの技――例えば剣士の剣の構えだとか、そんなものは剣豪になろうが変わらない。が、マジシャンは変わる。マジシャンとウィザードは、そもそも別の職業なのだ。
かつて脳内に響いた声に、私は、ここを「ゲーム」ではなく、「世界」と呼ぶようになった。
♦︎ ♦︎ ♦︎
システム外スキル「魔法の極意」を獲得しました。
これにより、ユニークジョブ「魔導師/ウィザード」を生成します。
なお、このジョブは、プレイヤー名ミアのみに扱えるジョブであり、譲渡は不可能です。
なお、このジョブは、バッククエスト「神へ至る道」への参加権でもあります。
バッククエストの報酬として、ゲームメインサーバーをハッキングした結果見つかった、他ゲーム含む全ゲームで初めてフレンド登録した人物を、プレイヤー名ミアの「付き人」として認定します。
なお、付き人のジョブはプレイヤー名ミアと同じものとなります事、ご了承下さい。
これにより、エングレイブ・オンライン最終グランドクエストを解放します。
♦︎ ♦︎ ♦︎
ユニークジョブは、初めからあったのではなかった。
私の行動に合わせて、自動的に生成された。
こんなの、まるで、現実世界と同じじゃ無いか。
滝よ、と、そう心の中で呟けば、ウォーターウォールだったはずのそれは、「オリジナルの魔法」となる。
ウィザードとは。
この世に一つしか存在しない職業であり。
この世に存在してはいけなかった職業。
激流はまるで初めから存在しなかったかのように、試験官に到達する前に消えていく。辺りには何事も無かったかのような静けさが鎮座し、ただそれでも、先程の出来事は夢では無いと信じさせるものがそこにある。
「……それは、一体ーー何……?」
「何ってーー」
そんなもの、一つに決まっている。
ウィザードの本来の力は「創造」ではなく、「想像」だ。「想像」を現実に「創造」してしまうからこその脅威であり、マジシャンとの決定的な相違点。
それでも神に至れないのは、これがまだ飽くまで、「魔法」の域を出ないから。
これがもし、「奇跡」になり得るのだとしたら。
「過ち」を無かった事に出来るのならば。
「オリジナルの魔法ですよ」
あの日脳内に響いた音声に、私は初めて殺意を知った。
――現在ログアウト中のプレイヤー/ホノカを、エングレイブ・オンラインに召喚します。
――ようこそ、ホノカさん。
【ようこそ、デスゲームへ】
この日私は、私の中の心のガラスが、割れる音を静かに聞いた。
明日も投稿できたらしたいな。
ぎりぎり明日まであとーー7分!