8.廃墟の塔と黒い番犬(6)
――これ以上あれこれ考えても仕方がない。今の時点では、情報が不足して何も分からないのだから。
そんな訳で暇を持て余した俺は、まだユキが眠っている間に、自分のステータスを確認してみる事にした。
「ステータスオープン」
と唱えると、頭の中に自分の情報が浮かび上がってくる。
ステータス
名前 :タクミ・タナカ
年齢 :50
職業 :異界の魔神
称号 :恐怖の大王
level :1
HP :−/−
MP :−/−
神力P :5048
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筋力 :2
耐久力 :2
素早さ :2
知力 :2
魔力 :2
精神力 :2
器用さ :2
運 :2
----------------------
スキル
神力 神眼 魔眼
相変わらず、HPとMPの欄には数値がない。
これは、今の俺が仮の姿で、あの空間が本体だからだと思う。それが反映されての事なのだろう。俺って一応は、この世界では不死身だからだ。
それで問題のレベルなのだが、
――おっ、レベルが……って、これは喜んで良いのか微妙。
何故か、レベルが1に上がっていた。
例えひとつでも上がれば嬉しい……かな?
もしかすると、MAXで10とか……それもないか。まぁ、0から脱したから良しとしよう。
しかし、魔獣を倒した訳でもないのに不思議だ。そういえば、ステータスに経験値とかもない。あと、俺がやった事は……ユキに祝福を与えて眷属にしたぐらいか。眷属を増やせば、レベルが上がるのだろうか。
――うぅん、よく分からん。本当にヘルプ機能か、取り扱い説明書が欲しい。
それ以外に変わったとこは、
――あぁ、神力ポイントが増えてるよ。
残りポイントが、5048に増えていた。これは正直にかなり嬉しい。これでポイント貧乏から脱出できるからだ。
で、能力値だが……これも微妙だった。
確かにレベルはひとつ上がっただけだが、それでもオール2はないだろうと思う。レベルがひとつ上がっただけだから、期待する方がおかしいのか?
しかし、まだまだ俺の最弱魔神ライフは続くのかと思うと……ちょっと情けない。
次は神眼と魔眼だが、レベル1になって使えるようになった。
が、レベルに依存しているようなので、1では期待できるはずもない。
――まぁ、これは後でゆっくり確認するとして、先に神力スキルを調べてみるか。何かスキルが使えるようになってるかも知れないし。ま、あまり期待してないけど。レベル1だからな。
さっそく、神力スキルの項目を確認してみると、
「えぇと…………ひとつだけ使えるようになってるな」
<神矢>
指先より神気を飛ばす。
ポイント数により威力が変わる。
――おっしゃあ!
ようやく攻撃手段ができたか。これは、かなり嬉しいかも。でも、威力がポイント数で変わるのが少し引っ掛かるが……ま、けど、これで俺もばんばん魔獣を倒して――
「ふふふ、今この時より俺の最強伝説が始まる」
……いや、目指さないけどね。俺の性格上、他を押し退けて自分だけがとは思えない。俺は根っからの草食男子だ。
――それが何か悪いか!
どうせ、間違えてこの世界に来たんだ。高望みせず、この世界の隅っこでのんびりと暮らせれば良いさ。
それに今は可愛い相棒が――ちらりと、未だ眠り続けるユキに目を向ける。
体長は五メートル程と大きくなり、全身を覆う体毛は、艶やかな漆黒のものへと変わっていた。体毛と同じく真っ黒に染まった鉤爪は、ナイフのように鋭く尖り、触れるだけですっぱりと切れそうだ。全身を支える四本の太い脚は、力強く大地を駆け抜けそうだった。
そして見るからに凶悪な相貌には、口元から二本の牙がにゅうと伸び、額からは三十センチ程の捻れた黒い角が一本、にょっきりと生えていた。周囲に禍々しいオーラを撒き散らすその姿は、一度見たら夢で魘されそうだった。
なんだか、以前より更に怖くなってるんですけど……目覚めたら俺、喰われるんじゃねぇの。
凶暴そうな姿に変わったユキを見て思う事はひとつ。
――俺、ひっそり生きていけるかなぁ……。
ま、今はそれよりも、問題はレベルの上げかただよな。ユキに歩み寄りながら、それらレベル関係の事をズバリ、【叡智の指輪】に聞いてみる。
「レベルって、どうやって上げるのかなあ?」
《ソレハ分カリマセン》
素っ気ない答えが返ってくるだけだった。
あらぁ……ま、【叡智の指輪】も万能ではないか。分からないものは仕方がない。
「では、今回は何故上がったんだ?」
駄目もとで期待せずに聞いたのだが、今度はきちんと解答があった。
《今回ハ、レベルガ上ガッタノデハナク、封印ガ一部解除サレタタメ、レベルガ戻ッタノデス》
ん? 上がったのではなく戻った?
どういう事だ?
上げるではなく戻る……。
「そうか!」
思わず大声が出てしまう。その声に反応したのか、ユキの耳がぴくりと動いた。それを横目に見ながら考える。
中途半端にステータスなど有るから勘違いしていたのだ。このステータスは俺がゲームのようにと願ったから、俺だけに与えられた特別なもの。この世界はゲーム等では断じてない。あくまでも現実の世界なのだ。だから、魔獣や怪物と戦って倒したからといって、レベルが上がるとか有り得ない。本来はあったはずの能力が、封印された事によって消失してただけなんだ。
今回、ユキに祝福を与えた事により、その封印が少し緩んだ?
だからレベルが戻った?
そう考えたほうが、しっくりとくる。
「そうだ! そうに違いない!」
といっても、その封印をどうやって外せば良いのか分からないけど……。
また大声を出してしまったので、ユキが完全に目を覚ましムクリと起き上がってきた。
クンクンと鼻を鳴らして、俺に近付いて来る。
――俺の事、覚えてるよね。
あまりにもユキの姿が変わったので、不安を覚えてしまう。大丈夫だとは思うけど――何だか、俺とユキとは見えない糸で結ばれたような気がするからだ。それは例えるなら、魂の絆といえる物だった。
それでも――。
「えぇと、ユキさんですよね? 少し容姿が変わったようですが、大丈夫なのでしょうか?」
どうしても、恐る恐るといった様子で呼び掛けてしまう。
「バウ!」
ひと声大きく吠えると、嬉しいそうに俺の周りを、くるくると走りはじめた。
「そうか、俺の家族になれてそんなに嬉しいか。俺も嬉しいよ」
飛び跳ね回るユキを、微笑ましく眺めていたが――ユキの動きは、よほど嬉しいのか、徐々に激しいものへと変わっていく。鋭い爪に床は捲り上がり、額から伸びる角が天井を削っていくのだ。
それを見て、青褪める俺。
――どこの大怪獣だよ!
マジでやばい。戯れ付かれるだけで消滅させられそうだ。と、その前にこの塔が崩壊しそうだよ。
「ユキさん、もう少し落ち着こうね……」
ユキを宥めながらひとつ思い付く。それはステータスにあった【神眼】。さっそく、ユキに対して使ってみる。
すると、どうだろう。眷属になったお陰なのか、ユキのステータスの全て、が頭の中に浮かんできたのだ。
それが……。
ステータス
名前 :ユキ
年齢 :0
種族 :異界の魔犬
職業 :魔神の番犬
称号 :犬神
level :68
HP :12000/12000
MP :560/560
-----------------------
筋力 :820
耐久力 :1150
素早さ :1500
知力 :350
魔力 :230
精神力 :570
器用さ :690
運 :710
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スキル SP 120
火のブレス
闇のオーラ
地象操作
――えぇと…………もう、ユキが恐怖の大王で良いんじゃね。
しかも、俺より知力が高いってどうよ。これでも俺は、大学卒だぞ。三流大だけど。それでもだ。他の能力に付いても文句を言いたい。このステータスの差は酷すぎる。いくら優しい俺でも、クレーマーに大変身だ。
それに白いからユキって名付けたのに、真っ黒になってるし。
もういいや、疲れたので寝る。ふて寝する……トホホ。
いや、冗談抜きで夜も遅いから寝ようと思ったのだが、そこで問題がひとつ発生した。俺が産み出した空間に戻ろうとして、ユキをどうするか困ってしまう。あの空間は俺ひとりでも、足も伸ばせないほどの狭さだった。とても、ユキまで入りきれない。
――どうするかな。
せっかく家族になれたのに、はなればなれで眠るのもどうかと思うし。
そんな事を考え、何気なく【異界門】の向こうを覗いて驚いた。
「えっ……何これ?」
俺の産み出した空間が広がっているのだ。
一歩踏み込み、ぐるりと周りを眺め呆然となる。
空間の大きさは縦、横、高さが50メートル程にも広がっていた。
しかも、更に驚く事が――予期せぬ衝撃が、背中にドンッとぶつかる。思わずつんのめって、前へ派手に転がってしまった。
突然消えた俺に驚いたユキが、慌てて俺を追い掛けて来たのだ。どうやら眷属となったことで、ユキもこの世界へ自由に出入りできるようになったようだ。
それは良い。ユキは家族だから……驚くのはそこじゃない。
バウバウと鳴きながら駆け回るユキ。その足元から土が、大地が産まれ広がっていくのだ。
「何が、どうなってる?」
俺の疑問に答えてくれるのは、何時でも便利な【叡智の指輪】だ。
《封印ガ解ケ、コノ世界ガ成長シマシタ。後ハ、ユキサンガ、コノ世界ニ影響ヲ与エマシタ》
……俺が世界を広げユキが影響を与えた……そうか、俺の本体はこっちだったな。封印が解けレベルが上がったなら、当然こっちにも変化があるか。それが、この空間の大きさ。
「……俺の世界……俺が産み出した新しい世界か」
今までは、世界というには狭すぎた。この広さに、ようやく世界としての実感を覚える。
――それにしても、ユキが産み出す地面は何だろう。
改めて、ユキのスキルの詳細を、【神眼】で確認する。
種族
<異界の魔犬>
魔狼が異界に転移した際、位階を上げクラスチェンジした魔犬。
あれ……ユキは狼だったのか、犬だと思ってたよ。魔狼が魔犬に変わったのは、俺が原因かな?
まあ、狼も犬も同じ様なものだよね……はは、すいません、ユキの母ちゃん。
あと、俺には種族とかないのにユキにはある。何故だろう。
それに、俺の世界に転移した?
転移は転生みたいなものかな。年齢が0になってるし。
しかし年齢が0って、ユキは赤ん坊みたいなものなのか?
とてもそうは見えないけど。
職業
<魔神の番犬>
常に魔神の傍で付き従い魔神を守護する。
俺の番犬?
まあ、何となく分かるけど……ユキをチラ見して、過剰防衛にならなきゃ良いけどと、ちょっと心配。
称号
<犬神>
犬種を統べる犬族の王。
地属性の下級神。
ユキは犬族の王、いや女王か。いつの間にって感じだけど、俺の世界には犬種はユキしかいないし。ていうか、俺とユキの二人しかいないけどさ。
そして、問題は最後の一文だ。
地属性の下級神って…………何それ、もう強そうなの通り越して神ですよ。
はは、俺は神様を創っちゃったよ!?




