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異界の魔神 【改訂版】  作者: 飛狼
2章 世界樹との邂逅……そして
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18.木精と森の民(18)

 思わず変な事を叫んでしまった。ユキも肩越しに振り返り、「なに馬鹿な事を言ってんのよ」と言いたげだ。というより何故か不機嫌。さっき俺に怒られてしょんぼりしてた癖に、また俺への扱いがぞんざいになってる気がするぞ、まったく……まぁ、そんな能天気な所が、ユキの良い所でも有るんだけどね。

 そして、俺が変な事を口走った訳なんだが――。


 気を取り直し、改めて周囲にひしめく大勢の人々へ目を向けると、外に向かって弓を構える者や防壁上から岩を落とそうとしている者等々が、その場で動きを止め此方を見詰めたまま固まっていた。


 たぶん、この街の守り手なのだろうけど、見渡しても見渡しても、どこまでも全員が女性。しかもかなり若く見える。

 すぐ目の前にいる二人の女性も――ひとりは意識をなくし、もうひとりの女性が抱きかかえながら、吃驚した様子で目を剥き大きく口を開けた状態で固まっている――ぱっと見は十代後半から二十代前半。日本でなら女子高生や女子大生といった年齢ぐらいだろうか。

 

 ――っていうかその女性ひとは、俺たちに驚いて意識をなくしたなんて事はないよね。


 とにかく見える限りにひしめく人々の全てが、俺よりも随分と歳下の若い女性だった。


 ま、実際にはメイクを落とせば、あら吃驚おばさんに変身なんて事も前世の日本ではあったし、その逆に色っぽい成人女性だと思ったら、実は未成年の女子高生だったなんて事もあった。

 という訳で、俺の女性を見る目もあまり当てにはできないと思う。

 それに何より、この世界の実情に詳しくない俺には、住民の女性の年齢を推し測れるはずもないのだ。でも、さすがに四十路よそじ五十路いそじはいってないとは思うが。


 しかし最も驚くべきは彼女らの若さより、その容姿の方にだった。まるで人形のような整った左右対称の顔立ちに、細く先の尖る耳。それに、アニメか漫画みたいな緑色の長い髪を後ろで束ね、細身にすらりとした手足が伸びるモデル体形。日本でならアイドルも間違いなし、いやそれ以上だ。それこそ女神様と祭り上げられ、大勢のオタクな男どもにかしずかれそうな容姿だった。

 そんな美女たちが、防壁上の通路にひしめき合っていた。


 そして俺が真っ先に想像したのは――。


 ――えっと……エルフだよな。


 またしても前世での知識をフルに総動員して脳裏に思い浮かぶのは、ファンタジーな物語によく登場するエルフと呼ばれる種族。しかも身に纏っているのは胸の辺りと腰周りを僅かに隠しているだけの、いわゆるエロ格好良いとも言われるビキニアーマー。そんなエロエロしい格好をした女性が大挙しているのだ。俺が思わず「エロフ!」と叫んだのも頷けるだろう。


 ――まぁ、兵士というよりも、女戦士アマゾネスと呼ぶ方が相応しく見えるけど。


 とはいっても、この間沼に現れたガチムキマッチョの兵士たちとは、全くと言っても良いほど違う。激しい防衛戦の最中のためか白い肌は傷付き汚れているものの、その立ち姿は背筋がぴんと伸び、あくまでも凛々しく美しい。前世での某関西有名歌劇団を思い起こさせるものだった。そして、その全ての視線が俺へと向けられている。

 前世も含めて、これだけ大勢の女性に囲まれるのは初めて。しかも、その全てが美女ともなれば、かなり居心地も悪くなり自然と男性の姿を探してしまうものだ。


 ――えぇと、男の人は……いないか。女の人に見えるだけで、本当は男の人って訳でも……ないよな。


 何か理由があるのか、何故か見える範囲にいる全員が女性。男性の姿が全くと言って良いほど見えない。

 考えられる事は二つ。

 ひとつは、この都市には初めから男性の数自体が極めて少ない。しかし、遠くからこの都市を眺めた感じでは、数十万の住民を抱えるかと思えるほどの大規模なものだった。だから、流石にそれは無いだろうと思う。

 で、二つ目だが、都市が魔物の群れに囲まれている状況から考えるに、本来都市を守るべき男性兵士を中心とした軍隊は、魔物の群れへの迎撃に向かい既に潰滅。ために、女性や子供まで武器を手に取らなければいけない状況にまで、追い詰められているのだろうと思われたのだ。


 ――かなりヤバイ状況か?


 考えてた以上に、都市内はまずい状況におかれてるようだが、それでもビキニスタイルでの戦闘って、どうなのよと疑問にも思ってしまう。

 沼で見かけた獣人は、鞣した革で編んだ丈夫そうな衣服を着ていたし、普人族の兵士たちは全身を金属製の鎧で覆っていた。それに比べて、この場にいる女戦士アマゾネスたちの装備は、かなり貧弱。

 って言うか、装備そのものが無いに等しい。

 前世での知識しかなく、この世界の常識を何も知らない俺からしたら、文化の違いと言われればそれまでなのだろうし、とやかく言うつもりもない。けど、これで大丈夫なのかと心配にもなる。それに何よりも、白い肌がまぶしくて目のやり場に困ってしまう。


 ――まぁ、そうは言っても、俺も似たようなものか。


 自分の衣服に目を向けると――未だに紺色のジャージのまま。学生時代の体操着のままなのだ。動きやすくはあるが、とても戦いに向いているとは言い難い。


「ガウガウ……」


 視線をさまよわせ、ちらちらと女戦士アマゾネスと眺めていると、ユキが不機嫌を通り越して少しお怒りモードだ。けど、さっき俺に怒られたためか、ちょっと遠慮気味ではあるが。


「べ、別にやましい事は何も考えてないから」


 と、一応はユキを宥めておく。

 いやホントに、俺は悪くないからね。いわば、水着美女に囲まれているようなもの。健康な男性なら、色々と視線がさまようのは仕方がないと思うよ。

 半ば自分に向けての言い訳でもあるが――何故か自然とにやけてしまう。


 しかし考えてみると、まともにこの世界の住人と接するのは、ある意味これが初めてと言えるかも知れない。

 この世界に転生してから今まで出会ったのは、眷属かぞくとなったユキやゲロゲーロたち。それに、数日前に心ならずもその争いに介入してしまった、見た目は犬っぽい獣人族と見るからにむさ苦しいガチムキマッチョな普人族の兵士たちだった。

 しかしユキたちは人外であり、獣人族や普人族に至っては心安く挨拶を交わす状況でもなかった。

 戦闘中とはいえ、これが最初ともとれる異世界人との交流だと思うと、緊張もひとしお。表情も強張ってくる。


 さっき彼女らを初めて目にした時、思わず「エロフー!」と叫んだのは不味かったかも。

 ま、実際には、今までの流れから考えてみても、日本語は通じないだろうし、それにこの世界でもエルフなんて呼ばれているかどうかも分からないけどさ――あ、確かゲロゲーロが、森人族とか樹人とか言ってたっけ。


 そんな事をうだうだと考えている間も、周囲の女戦士アマゾネスたちは呆気に取られた様子で動きを止めたままだった。


 ――あれ、世界樹さんは話を通しておくみたいな事を言ってたはずだけど。


 突然現れた俺たちに戸惑うのも分かるが――外は魔物の群れに囲まれ、そこに現れた俺とユキ。俺はまだしも、ユキは見るからに凶悪そうな魔獣――それでも少し驚きすぎだと思うし、それに今は、そんなに時間的な余裕もないはずなんだけど。


 遠くからは怒号や喚声も聞こえてくる。ちらりと後ろを振り返り、防壁の向こう側、眼下へと目をやると、先ほど俺たちが駆け抜けて来た空白地帯も、今はもう左右から押し寄せた魔物によって埋め尽くされていた。

 都市を防衛する戦いはまだまだ継続中。俺たちのいる防壁近辺は、大規模な魔法のお陰で多少の余裕も生じたようだが、他の場所では激戦が続いている。

 そして東へと目を向けると、黒々とした巨大な怪物が都市の外壁を突破し、ゆっくりと世界樹へと向かっているのも見えた。


 今さらやっぱり止めますとも言えないだろうし、あの怪物を退治するにしても、俺たちだけでは手にあまるかも知れない。沼でのワニダコとの戦いで、ゲロゲーロたちと協力したように、彼女らともある程度の協力は不可欠だと思う。それに俺たちだけで勝手に動いて、間違って攻撃されても堪らない。

 こうして、互いがお見合いのように見詰め合ってる時間も勿体ないはず……。


 ――俺から声をかけるべきか。


 っていうか、大勢の半裸美女に囲まれた状況では、気恥ずかしくて声が掛け辛い。ちょっと気後れ、尻込みしている俺がいる。よく海水浴場とかでビキニの女性に気安く声を掛けナンパしてる連中がいるけど、俺には信じられない思いだ。

 それに協力を要請されたのは俺の方なのだから、向こうから挨拶してくるのがしかるべき対応ではないだろうかとの思いもある。それとも、世界樹さんもあぁは言ったが、俺はあまり歓迎されていないのかも知れない。

 そう思って周囲の人たちを眺めると、顔を強張らせ嫌がってるようにも見えてくるから不思議だ。それに彼女らの間に漂う雰囲気も、不穏との言葉がぴったりなものにも思えてくる。


 ――まぁ、それも当然かもな。


 ユキは外で群れる魔物よりも凶悪な魔物に見えるし、そのユキに跨がる主の俺はまだ子供にしか見えない。追い詰められつつある都市防衛戦の最中、突然に現れた俺たちを頭から信用しろという方が無理だろう。


 で、本来は俺たちの仲介をするはずの世界樹さんだが、何故かさっきから応答はなしのつぶてだ。念話とやらで声を中継していた木精も、俺の頭にかじりついたまま、そこが以前からの住み処の如く大人しくまったりとしている。


 ――こいつ寝てんじゃないだろうな。


 指先を頭の上に伸ばし、木精をちょいちょいとつついてみる。途端にガシガシと甘噛みしてきた。


 ――痛い。


 あ、起きてたのね。

 だったら、もう少し加減をして欲しいんですけど。このままだと痛さのあまり、怪物を退治する前に塔に戻ってしまいますから。

 ってか、俺に懐くのはこんなのばっかりかよ。


 ため息と共に、視線をちらりと東へと向ける。


 あの怪物に都市内まで攻め込まれ、世界樹さんも今はもう俺と会話をしてる余裕も無いのかも知れないな。となると、やはり俺からこの女戦士アマゾネスぽい人たちに声をかけるべきか。

 

 そんな事を考え、ユキから降りようとした時だった。

 女戦士アマゾネスたちの中からひとり――それは、ぴょこりと擬音が付きそうな可愛らしい仕草で飛び出したのだ。


 見た目は幼女。周囲の女性たちより更に若く、日本でなら小学校に通っていてもおかしくないぐらい。同じく綺麗な顔立ちをしているが、まだ幼いだけあってどこか愛らしい。身に付けている着衣も他の者とは違う。ビキニアーマーではなく、真っ白なゆったりとしたローブ状の衣服。袖口や首回りに金色の刺繍が施され、ローブ自体もラメのようなものが織り込まれているのか、少しきらきらと輝いて見えた。


 ――周りの女性たちと違う、何か特別な存在?


 皆が庇うように背後に隠していたから、もしかすると、この世界の王女とかお姫様といった感じなのかも。

 そう考えると少し緊張。と同時に、少しホッする。さすがに、これだけの美女に囲まれるとね。俺はロリ好きって訳じゃないけど、子供を相手に会話する方がまだ落ちつく。


 俺たちの前まで進み出た幼女エルフが、ぺこりと可愛らしくお辞儀をした。


「≠×¢%&……」


 若干ひきつった笑顔で俺に向かって何か言ってくる。が、やはり言葉は通じない。しかし、何となく言ってる意味は理解できた。

 どうやら頭の上に居座る木精が、幼女エルフともある程度の意思の疎通が図れるようにと、また中継してくれているみたいだ。

 世界樹さんの時のような会話こそ出来ないものの、俺がユキたち眷属かぞくと何となく心を通い合わせているのと似た感覚だった。


 さっきは寝てるかもと疑ったけど、ちゃんと頑張ってくれていたんだな。


 頭の上へと手を伸ばして少し木精を撫でながら、やれば出来る子と一応はほめておく。すると、嬉しそうにぶるぶると震える感触が手のひらに伝わってきた。


 まぁ、誰であれ、懐かれるのもそれほど悪い気がしないか。逆にちょっと嬉しいかもな。


 そこで改めて幼女エルフへ視線を向けると、様々な感情が此方へと流れてくるのが分かった。

 まず最初に感じたのは緊張と恐れ。

 これは無理もないと思う。

 まだ幼いのに、知らない大人と話をするのは辛いだろう。

 そして続けて届くのは、これ以上ないほどの恐怖。

 あ、これはたぶん、ユキのせいだろうな。見るからに凶悪な怪獣だから。たまに、俺でも朝とか寝起きで見たらびびってしまう時があるほどだ。まだ子供なら、それも尚更だと思う。俺が子供の頃に、もしユキに出会っていたらマジ泣きする自信がある。

 怖がるのは当たり前。むしろ泣かないだけ、俺よりも随分と増しだと思うし、きちんと挨拶しようとするだけ偉い。

 でも同時に、幼女エルフから心よりの真摯な感謝の気持ちも伝わってきた。


 ――おっと。


 王女様かどうかは俺の勝手な想像かも知れないが、さすがにユキに跨がったまま子供相手に上から物を言うのもどうかと思う。

 挨拶は最初が肝心。例えそれが、戦闘中であってもだ。

 慌ててユキから飛び降りた俺は、幼女エルフに向かって手を差し伸ばす。


「あぁ、俺は魔神のタクミ。まだ戦いの最中だ。感謝するなら、あの怪物を退治して全ての戦闘が終わってからにしてくれ」


 子供相手だからと、少しフレンドリーな対応をしてみた。

 が、それがいけなかったのか、幼女エルフが僅かに顔を歪め、怖じ気付いた表情で少し後ずさった。

 俺の差し出した右の手のひらが、二人の間で所在なさげに揺れ動く。


 ――何だか、ちょっとショック。


 しかし困った顔をしていると、幼女エルフは恐る恐るといった様子で小さな手を伸ばし俺の右手を握った。

 その様子が――眉根を寄せ表情は強張りつつも、精いっぱい頑張って小さく微笑む姿が何とも愛くるしくて、思わずぎゅっと抱き締めたくなるほどだった。


 いや、しないけどね。それはもう犯罪者だから。それに、背後から「グルグル」と唸り声が聞こえるし、またぞろ誰かさんの大暴走が始まったら大変だ。


 そして、俺と幼女エルフが握手を交わしたのが切っ掛けとなり、周囲の全てが動き出した。


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