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異界の魔神 【改訂版】  作者: 飛狼
2章 世界樹との邂逅……そして
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8.木精と森の民(8)

また、アリス視点です。


「目を合わせるな! また呪われるぞ!」


 私の叫び声に、ツバイたちが慌てて顔を伏せた。

 爆裂音を響かせ現れたのは――。


「まさか、追い掛けて来た……」


 ――その手中から逃げ出したはずの邪神だった。


 乱入して来たのは、魔獣に股がる邪神。この場に吹き荒れるのは暴虐の嵐。

 ディアブルの群れは吹き飛ばされ、あのグレーターマンティスの一撃も――森人族以上に伝説の民と呼ばれる岳人族が鍛えた、金剛石の鎧すら傷付けると言われる斬撃も易々と跳ね返し、あっさりと討ち取ったのだ。その後に放たれた灼熱の劫火が、残りのマンティスを、周囲の全てを灰に変える。

 そして、極めつけは、森の主とも思えるレッドオルソス。その強力ごうりきも、鋼の如き剛毛も、その下にある金剛石並みの硬い筋肉も、何も役に立たない。まるで、地を這う蛆を踏み付けるかのように圧し潰したのだ。

 そこに有るのは、ただただ圧倒的に振るわれる凶悪な力そのもの。

 虐殺の間、常に奇声を上げる邪神。その姿は、ディアブルの血にまみれ、己れの残虐な行為に酔い痴れるかに見えた。

 最後には、もいだマンティスの腕を戦利品かのように振り回し雄叫びを上げて、逃げるディアブルを追い掛けて行った。


 その間、私たちは逃げる事も叶わず恐怖に震え……いえ、それすら通り越して、ただ唖然と眺めるしかなかったのだ。


 私たち四人は邪神の姿が見えなくなっても、しばらくは、声を発する事も出来なかった。


 最初に口を開いたのは、やはり、豪胆なツバイだった。


「……また、助かったようだな」


 しかし、その声はどこか掠れていた。


「……」


 私は、そうだなと返事をした積もりだった。が、それは声にはならず、ただ「ひゅぅひゅぅ」と空気が漏れるだけ。からからに喉が干上がり、声にならなかったのだ。

 その事にすら、私は気付けていなかった。


 横を見ると、トーゴは眉を寄せて、何か考え込んでいる。その向こうでは、ザンジが口をぱくぱく動かしていた。

 ザンジも、私と同じく声にならないようだ。喚き散らす声を聞かずに済むと、少しほっとする。

 それが、私に落ち着きを取り戻させた。

 腰にぶら下げる水の入った皮袋で、少し喉を湿らせると、ようやくひと息つけた。


「ふぅ……トーゴ、何を考えている」


 皮袋の口を、トーゴに向けて差し出し尋ねる。それを、手を上げ断りながらトーゴは答える。


「……やっぱり、あの魔人は、俺たちを助けに来たのじゃないか?」


「……まさか。トーゴも、今度はあの邪神の禍々しさを肌で感じただろ」


「しかし、俺たちは今回も無傷だぞ」


「たまたま……いえ、何か目的が有るのかも……私たちを生かしておく」


 私はそう言うと、邪神が去って行った森の奥へと視線を向けた。今は、その姿も形もない。


 邪神の目的。何故、私たちは生かされ、何故、ここに現れたのだろう。そこで、ハッと、ひとつの事に思い当たる。


 ――まさか、世界樹!


 邪神の狙いは世界樹。そして、私たちが生かされていたのは、その道案内のためでは。ここからだと、世界樹まではもう目と鼻の先。

 でも、そう考えると、もう用無しとなった私たちを、ここで始末しないのは不思議だ。ただの気紛れ……いえ、違うわね。

 私には、もうひとつ引っ掛かる事があった。それは、邪神が使役している魔獣。一見、凶悪な魔狼に見えるが、あれを最初に見た時には心が震えた。それは、悪い意味でなく、善い意味でだ。

 突飛な考えかも知れないが、あの魔狼はもしかして神獣ではないのか?

 その思いが、どうしても離れないのだ。

 私は銀狼の巫女。その巫女の直感が囁くのだ。あの魔狼は神獣だと。本来は、私たち銀狼族、或いは獣人族全体を守護するはずの神獣。

 そう考えると、私が今まで獣人の神の声が聞こえないのも頷ける。きっと、あの邪神が邪魔をしていたのだ。神獣も無理矢理に使役されているのに違いない。

 そこまで考えると、私たちが生かされているのも、なんとなく分かってくる。

 私たち獣人族は、神獣と共に、邪神の軍勢、その尖兵にと画策している?

 そうよ。きっと、そうに間違いない。となると、銀狼の巫女としてやる事はひとつ。

 あの神獣を邪神の手から救いだし――そこで、私の背筋にぞわりと寒気が走る。


 ――私に出来るの?


 邪神と対峙する事が……いえ、しないと駄目なのよ。


 ――世界を救うために!


 そのためには、皆の協力が必要。

 キッとまなじりを吊り上げ皆を見回すと、トーゴやザンジがギョッと驚いていた。しかし、ツバイがいつの間にかいない。すると、


「おい、アリス! こっちに来てみろ!」


 ツバイが少し離れた所――レッドオルソスの死骸の傍に立ち、手招きして私たちを呼んでいた。


「見てみろ、こいつを」


 近付く私たちに、剣先に突き刺した何か小さな物を見せる。それは、親指ほどの小さな虫。色は黒く、芋虫のような姿。


「これは?」


「俺も前に一度見ただけだが、こいつは『闇憑虫』に間違いない」


「『闇憑虫』だと!」


 ツバイの言葉に、トーゴもザンジも驚きの声を上げる。二人が驚くのも、最もだ。


 闇憑虫は人や獣、魔獣にまで取り付く厄介な寄生虫。最後には、頭の中に潜り込み宿主を狂わすと言われている。だから、見掛けたら村総出で退治する危険な寄生虫なのだ。ここ数年は、噂も聞いた事なかったが……。


 ――何故、『闇憑虫』がここに?


「アリス、あの話を聞いた事ないか?」


 ツバイが眉根を寄せて尋ねてくる。


「あの話?」


「『闇憑虫』は、闇魔法の外法魔術の媒介に使われるって話を」


「……それはもう、失伝されたと聞いてるけど……あっ!」


「アリス、お前も気付いたか」


 五十年前まで、あの呪われた沼には、邪神を崇める教団『真なる冥闇めいあん』の本拠地があった。そこには、マスタークラスの闇魔法士が、数多くいたのだ。

 私は、その事を思い出した。


「まさか、まだ『真なる冥闇めいあん』が活動してるとでも?」


「いや、それは分からんが、今はあの魔人共が巣くってるんだ。何か関係が有ると考えた方が良いんじゃないか」


「……そうだな」


 もしかすると、ディアブルやマンティスなど他種の邪精や魔獣が協力してたように見えたのも、この『闇憑虫』のせいなのか。

 しかし、そうなると、また分からなくなって来る。邪神は、ここにいたディアブルや魔獣を殲滅した。


 ――何故だ?


 その答えも、きっとこの先にある。

 私は、もう一度、邪神が姿を消した森の奥へと視線を向けた。

 とにかく今は、邪神を追いかけるしかない。


 と、その時、上空からぽつりぽつりと水滴が落ちて来る。頭上を見上げると、いつの間にか、雨雲が覆っていた。

 それはまるで、私たちの前途を示す暗雲のようだった。


思い込みの激しいポンコツ巫女のアリスでした(笑)

いつになったら、タクミの本当の姿に気付くのでしょうね。


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