4.廃墟の塔と黒い番犬(2)
「い、痛あぁぁぁぁぁい!」
またしても、絶叫と共に目を覚ます。周囲の景色は真っ白に変わり――俺はというと、またもや膝を抱えて転がっていた。そう、俺は二度目となる消滅(死亡)を味わったのだ。
――マジかよ。参ったな……。
俺って魔神だよね。それなのに犬ころ一匹に瞬殺されるとは……本当に情けない。まぁ、中身は以前と変わらない、張りぼての魔神だから仕方ないかぁ……。
俺は「はぁ」と大きなため息を溢した。
にしても、あの犬は馬鹿でかかったな。はっきりとは確かめられなかったけど、牛ぐらいの大きさはあった気がする。今の貧弱な俺では、とても太刀打ちできそうにないよ。
もしかすると、あの廃墟が住処なのか。しかしそうなると、いつまでたっても俺はここから出ていけそうにないぞ。何か、手立てを考えないと……。
そう思って周りを見渡すが――そうだよな。ここには何も無い。
後は……使えるもうひとつのスキル【神オーラ】だけかぁ。これは正直あまり期待できない。なんといっても、俺はレベル0の最弱魔神だから。それに、あまり使いたくないその理由。
――必要 P 秒/1。
詳細に載っていたこの一文だ。これって一秒で一ポイントの意味だと思う。という事は、一分で六十ポイント。三十分で、えぇと……千と八百か。俺の残ポイントは二千だから、一時間もたない。
この先どうなるか分からない。どうやったら増えるかもよく分かっていないのだ。だから、できるだけ残しておきたかったのだが……そうも言ってられないか。
俺はステータスを呼び出し、何時でも使えるように準備だけしておく。今から使うと勿体ないから。
しかし、あれだよ。【神オーラ】ってダサダサなネーミングだよな。もっとこう、【神気】とか【神霊気】とか洗練されたスキル名にして欲しかった。そうしたら俺も、【神気を纏いし男】とか言って格好良く登場できるのにね。あのグランドマスターのセンスを疑ってしまうよ。
などと失礼な事を思いつつ、またこの空間から這い出る。
今度で三度目、気を引き締め周りを見渡す。前回までと同じく周囲は――ん、若干明るくなってるか?
見上げると、夜空が左の方から少し白み始めていた。
――朝なのか。
異世界にも朝が来ることに、妙な感心を覚えてしまう。そして、あの犬はというと最初と同じ、奥の暗闇の中にいた。
真っ赤に輝く一対の光が、炎のようにゆらゆらと揺れている。
おっと、また殺られる前に――俺は【神オーラ】のスキルを発動させた。
「我を纏え! 【神オーラ】!」
別に念じるだけで発動しそうだったが、何となく叫んでみた。
途端に溢れ出す光、光、光。建物内に漂う闇を追い払い、きらきらと輝く光が埋め尽くす。
――あぁ、これって後光なのか?
光は、俺の背後から溢れ出ているのだ。
どういった効能があるのか分からないが、取りあえずライトの変わりにはなりそうだ。暢気にもそんな事を考えながら、周りを見渡した。
だって俺、不死身だから。
俺の後光のお陰で、周りがはっきりと分かるようになった。
ここは、奥行き30メートル程の円形になった大広間。装飾などもなく、ブロック状に切り出された石材を積み上げただけの無骨な建物に見える。ただ、廃墟になってから既にかなりの年数が経っているのだろう。天井の半分は崩壊し、周りの壁の一部も崩れかけている。床に敷き詰められた石畳も、所々が捲れていた。
右側の少し離れた所には、上階に登る階段と下へと降りる階段があった。背後に目を向けると、ちょっとした段差があり祭壇のようにも見える。ちょうどそこが、【異界門】の入口となっていたのだ。
そして、俺に襲い掛かって来ていたあの犬はというと、「うぅぅ」と警戒の唸り声を上げていた。
やっぱり、でかいな。ライオンや虎よりもでかいか?
日本では、そうそう野性の動物を見る機会は無い。人に飼われている犬や猫以外では、動物園で見るぐらいしかないのだ。だから、濃密な野性の獣臭を放つ異世界の犬らしき動物に、興味を覚えてしまう。
前回ちらりと見た時は、真っ白な毛並みが月明かりに輝いて見えたが……こうして明るい中で改めて見ると、やはり薄汚れて見えるな。
獰猛な姿に恐怖を覚えるのは確か。でも、明るい中だと、不思議にその恐怖も薄らぐ。それに、復活できる事が、俺にある種の余裕を与えてもいた。
一歩踏み出すと、白犬がびくりと体を震わせ後ずさった。
――おや、びびったのか?
そりゃそうか。俺が行き成り光出したからな。それに、前回と今回と二度も復活して現れたら、俺でも吃驚するか。
よく見ると、白犬の側には毛布のような、ぼろ切れが転がっている。
やっぱりな。この廃墟は、こいつの住処なのだろう。考えてみると、自分の家で寝てる時に他人が突然押し入って来たら驚くわな。しかもそれが夜中なら、吃驚して撃退しようとしてもおかしくない。
俺でも、逃げるか抵抗するかどっちかだ。俺が恐怖を感じてたように、こいつも恐怖を感じてたのかも知れないな。
しかし……こっちも、俺の産み出した空間が此処と繋がってるからなぁ。今さら移設するポイントも、もう無いし。移設できるかどうかも分からん。
「あぁ、できればお互い不干渉で共存の方向は駄目かな?」
一応は優しく声を掛けてみるものの、分かったのか分かってないのか、「うぅ、うぅ」と唸ってるだけ。やはり言葉は通じないようだ。ま、当たり前か。今の俺には追い払うだけの力も無いし、こいつが警戒してる間に外に出ることにしよう。
階段へと向かう途中、崩れ掛けた壁の隙間から外を眺める。隙間から覗く景色は、鬱蒼と生い茂る森と澱んだ沼。森や沼からは、不気味な鳴き声も聞こえてきた。
――大丈夫かな?
不安を感じつつ、俺は階段を下へと降りるのだった。