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異界の魔神 【改訂版】  作者: 飛狼
2章 世界樹との邂逅……そして
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5.木精と森の民(5)

今回は、また銀狼巫女アリスの視点です。


 生い茂る樹葉に遮られ陽射しも届かぬ森の中。吹き抜ける風もなく、どんよりと濁った空気が滞留する。

 周囲の鬱々とした景色が、四人の心の中にも暗い影を投げ掛け、じめついたカビ臭いえた匂いが、私たち獣人の鼻を刺す。


 この森に分け入ってから、私たちは不運の連続だった。帝国の兵士に追われ、あわやの危機を脱するも邪神の手中へと落ちたのだ。

 が、それも、隙を見て、その邪神の手からも逃げ出せた。しかし、またしても……。


「ちぃぃ、もう避けては通れんぞ!」


 剣を抜き放ち、ツバイが叫んでいる。その横にいるトーゴも、表情は強張り厳しい眼差しを周囲に向けていた。ザンジに至っては、「だから、直ぐにも森から脱出しようって言ったのに」と、周りを見渡し嘆く。

 そして、私も……。


「皆、気を付けて! こいつらの爪には毒が有るわよ!」


 懐から呪符を取り出し、我が身に降りかかる、度重なる不運を嘆いていた。


 ――そう、またしても危難に出会っていたのだ。


 私たちを囲むのは森の屍肉漁りと呼ばれる小鬼、ディアブルの群れ。体長は半トロン(50センチ)ほどの小さな身体。2本の腕に2本の足で立つその姿は、人の姿に似ているが人ではない。

 空気の澱む場所に産まれると言われる、邪悪で残忍な妖精種。

 頭の先から爪先まで全てに体毛はなく、ぬめりとした暗緑の皮膚に覆われた小さな身体。その見た目と同じく力も非力だ。しかし、侮ることはできない。

 何故か?

 それは群れるからだ。しかも半端ない数で。


「無理だ、俺たちだけでこれだけの数を!」


 私の後ろでザンジがまた、嘆き喚く。

 彼が喚くのも、もっともだ。私たちを囲む群れの数、ざっと見ただけでも軽く50を越える。木々に見え隠れする全てを入れれば、その倍以上はいるだろう。

 熟れた果実が潰れたような醜悪な顔で、牙を剥き出し私たちを威嚇する。時には背後から、長く伸びた爪を振りかざし牽制してくる。

 あの爪は要注意、瘴気を纏っているのだ。即効性は無いが、掠り傷でも毒気に当てられ徐々に体力を奪われる。後は、群れでなぶり殺しにされてしまう。


「こいつらきっと、あの魔人が差し向けた追手だろ。だから、俺は――」


「ザンジ! お前は、ちょっと黙ってろ!」


 また、喚き出したザンジをツバイが一喝した。


「で、どうする、アリス」


 ツバイが顔をしかめたまま、私に視線を投げ掛けて来る。

 でも、どうすると言われても――周りに目を向けると、私たちは完全に囲まれていた。


 昨日から、ディアブルの群れには気付いていた。例え、どのような相手でも、我ら獣人の鼻を欺く事は出来ないからだ。だから、できるだけ出くわさないように、時には大回りしてでも避け続けていた。しかし、執拗に追い続けられ、遂にディアブルの群れに囲まれてしまったのだ。

 通常、ディアブルは食すためだけに血肉を求める訳でない。その残忍な嗜好を満足させるために、他の生き物を襲う事の方が多い。しかし、その妖精種のさが故か、非常に飽きやすいのだ。だから、私たちを一昼夜も追い続けるなどないはず。それなのに、このディアブルの群れは……。

 やはり、今のこの森はおかしい。


 ――あの邪神の影響なのだろうか?


 思い悩む私に、今度はトーゴが横から声を投げ掛けてくる。


「ザンジが言うあの魔人……アリスは邪神と呼ぶが、俺にはそうは見えないし、こいつらを寄越したとも思えない。まぁ、どっちにしろ、今の危機は変わらないがな」


 そう言うと、周りを警戒したまま肩を竦めた。


 3日前、邪神の元から逃げ出した時、今後の行動について私たちは話し合い少し揉めた。その時も、トーゴは似たような事を言っていた。


 ――3日前、私たちは……。


 ツバイは「任務を優先させる」と、森人族の元へ行こうと促し、ザンジはとにかく森から脱出するのが先だと反論した。

 堅物のツバイらしく任務を優先し、ザンジも「魔人の事を早く皆に知らせよう」と言うが、本当は早く森から逃げたいとの気持ちが容易に想像でき、こちらも直ぐに逃げ腰になるザンジらしかった。

 結局は、私が森人族の元へと断を下した。


 ――森人族への密使。


 でも、私の場合は、その任務を優先させたのではない。帝国と獣人連合とのいくさにおいて、今回の密使の任務はかなめとなる。それを忘れた訳でも無いが、それ以上にあの邪神が気になってしまう。

 帝国や獣人連合など、そんな事すら吹き飛ぶような、この世界の根幹に関わる出来事が、現在、進行してるのではと思えるのだ。

 これは、リュミエールの名前を受け継ぐ、銀狼の巫女としての勘。

 だから、私は森人族の元へと向かう。森で起きている事を、彼らが知らないはずはないのだから。


 そんな事を考えていた私に、その時もトーゴは言ったのだ。「俺には、それほど邪悪な者には思えない」と。


 何を馬鹿な事をと反論すると、


「俺は聞いたような気がする。あのとき、あの白光に包まれた時に……平和を望む声を、争いを忌避する声を……」


 最後には、「まぁ、実際には聞いた訳でなく、そう感じただけだ」と、苦笑いを浮かべていた。


 それこそあり得ない。トーゴはあの時、大半の時間を気を失っていた。だから、あの邪神も、魔人たちと帝国兵の戦いもまともに見ていないのだ。

 確かに、あの不思議な癒しの白光は聖なる光のようにも見えた。だけど、あれには何か絡繰りがあるはず。

 そう思えるほど、邪神から放射された気配、あれは……とても、とても、言葉で言い表せないほどの邪悪な気配。だから断言できる。


 ――あれは邪神だと。


 死の間際に、人は夢を見ると言う。それは、心に安らぎをもたらし、神の国へと導くための癒しの夢。

 多分、トーゴもその類いの夢を見たのだろう。

 その時に、私はそう判断したのだ。


 トーゴに顔を向けると、3日前と同じように苦笑いを浮かべ、また肩を竦めた。



「それで、どうするんだ、アリス!」


 ツバイがまた声をかけてくる。今度は焦れた様子で、苛立ち混じりの刺の含んだ声で。


「……そうだな、突破しよう」


 私の言葉に、満足そうにニヤリと笑うツバイ。

 彼にも、もはや強引に道を切り開くしか無い事は分かっているはず。ただ単に、私の賛同が欲しかっただけなのだ。


「トーゴは右を、ザンジは左を、俺が中央を受け持つ! アリスは皆の援護を!」


「待って!」


「アリス、なんだ?」


「私が切っ掛けを作る!」


 私は数枚の呪符を取り出す。それは、獣人巫女に伝わる『符術』。本来は回復や解呪が主で、それも相手に呪符が接していなければ発動しない。だけど、そんな『符術』の中にも、数は少ないが攻撃系の呪符も有るのだ。獣人の中には知らない者も多い秘術。普段は使う事を禁じられた『符術』。使える巫女は、私を含め数人しかいない。


「ん……出来るのか?」



 眉を潜めるツバイに、私は笑いかける。


「この程度の魔獣になら十分。見てなさい!」


 三枚の呪符を宙に放り投げ胸の前で印を結ぶと、口中で禁呪を転がす。


「いでよ、雷獣! 目の前の敵を討ち滅ぼせ!」


 私の声に反応して、宙に漂う呪符が、ボッと音を鳴らして炎を発して燃え上がる。それと同時に呪符の中から、唸りを上げて四足の獣の姿を模したいかずちが飛び出し、周りのディアブルの群れを切り裂いた。


「今よ!」

「よし、行くぞ!」

「離れるな、固まれ!」


 私たち四人は声を掛け合い、ディアブルの群れへと突撃した。



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