4.木精と森の民(4)
本日二話目
旅立つにあたって、ゲロゲーロやギョーから色々と、詳細な情報を聞き取っていた。
それによると、木精は世界樹の近くに数多く棲息しているとの事。そして、世界樹は、塔からちょうど真北に上がった場所に鎮座しているらしい。
そして、木精についても聞くが、あまり知らないとの話だった。彼らはあくまでも、水の精霊から派生した妖精種。だから、木精とは交流が無いらしいのだ。
未だに、ゲロゲーロが水の妖精だったとは信じられないが。
ゲロゲーロたちも、あのグロガエルだったからなぁ。
以前の姿を思い浮かべ、顔をしかめる。
今度の木精も、もしかして……いやいや、そんな事はない。枝や蔦などをウネウネと動かす不気味な姿を思い浮かべかけて、慌ててそれを打ち消す。代わりに、前世の雑誌で見たセクシーなグラビアアイドルを思い浮かべる。
――そうだ、きっとそうだ。
今度こそは……俺も。自然と「ムフフ」と顔が綻んでくる。
「ガウ!」
「えっ、なにユキ? お、俺は何もやましい事は考えてないぞ……」
俺は今、ユキに跨がっているのだが、そのユキが背中越しにこちらを振り返り、不機嫌そうな顔を見せていた。
「ほら、ユキさん、脇見運転は事故の元だからね。ちゃんと前を向いてないと危ないよ」
ユキの背中を宥めるように、ぽんぽんと軽く叩く。前を向くのを確認して、今度は俺が後ろを振り返っていた。
――もう塔も見えないか。
沼を出発してから、既に数時間は過ぎている。しばらくは、樹葉の隙間から顔を覗かせていた塔の姿も、今はもう見えない。
結局、今回の木精を探し出す旅は、俺とユキの二人で行く事にした。まさか、全員で行くわけにもいかず、誰かは沼や『アルカディア』の留守番をしないといけない。
で、ゲロゲーロとギョーの二人や河童たちは留守番。キングもカブトたちも、果樹園の手入れがあるから留守番だ。
ゲロゲーロは、「ゲロ陛下のお世話をゲーロ」等と言って、一緒に来たそうにしてたけど、俺のストレスが溜まりそうだから強引に留守番にした。
キングも自分が言い出した責任もあってか、一緒に来ると強硬に主張してたが、こちらも強引に留守番にした。
だって、あの二人が一緒に来たら、行く先々でややこしい事になりそうだから。それに、二人の方が身軽だし、いざとなれば俺は復活して塔に戻れる。ユキも背中にいる俺さえ気にしなかったら、直ぐにも塔へ戻れるはずだ。
そんな事を考えながら、今度は前を向き前方に目を凝らす。
聞いた話だと、沼から人の足で1週間ほど歩いた場所の辺りが、『世界樹の森』と呼ばれてる森らしく、更にそこから1日か2日も歩けば、世界樹に辿り着くはずらしいのだが……。
――やっぱり見えないなぁ。
話では、世界樹は雲を突き抜けるほどに巨大なものらしいが、樹葉の隙間から透かして眺めても全く見えない。
そういえば、そんなに巨大なら見えても良さそうなのに、塔からも見えてなかった。
――本当に有るのかねぇ。
世界樹には興味を引かれるが、今回の旅ではそこまで行くつもりはない。『世界樹の森』は、森人族と呼ばれる人族の領域らしく、普段はかなり排他的だと聞いた。だから、あまり刺激したくないのだ。
今回は、『世界樹の森』の近くまで行って木精をスカウトしたら、さっと引き上げる積もり。なんだかんだいって、やっぱり沼も気になるから出来るだけ早く帰る積もりなのだ。
沼から1週間程度の距離。人の歩く速度を時速4キロと計算して――これは、前世での不動産屋なんかの換算方法だ。○○駅から徒歩○分とかのあれだ。
森での困難さを考慮しても、約200キロ位かな? ユキなら普通に走っても、1日や2日で行って帰れるんじゃないの?
一応はゲロゲーロに、誰か来ても、沼か『アルカディア』に隠れてろと釘を刺してるし、それぐらいの日数なら大丈夫だろうと思っての旅だった。
まぁ、向こうで木精を探して交渉する時間を入れても、3日も掛からないだろう。
そんな訳で……。
「よし、じゃあ、さっさと木精を探して早く帰ろうか」
つい、気軽に声をかけてしまった。言った後に、「あっ、しまった」と思ったけど、あとの祭り。
「バウバウ!」
元気良く返事を寄越すユキ。久しぶりに二人きりになれたのが、よほど嬉しいのか、いつも以上に張り切り猛然と速度を上げた。
「あ、待って、今のは嘘だぁかぁらあぁぁ……」
俺の虚しい叫びが、森の中に尾を引き谺する。
もうこうなったら、ユキは何があっても止まらない。ユキの暴走が始まったのだ。俺は涙目で必死にしがみつくしかない。
立ち塞がる大岩は躊躇なく粉砕し、時には大樹の幹を足場に宙を駆ける。
「ユキ、ユキ、ユキさん、ひえぇぇぇ……!」
「バウバウ!」
更に速度を上げるユキ。もう完全に宙を飛んでる状態だ。
ユキさん間違えないでね。俺は決して喜んでないから。
でも、この調子なら今日中に行って帰って来れるのでは? いや、その前に、俺が消滅(死亡)して先に塔に帰ってそう。
しばらく、ユキの首筋にしがみつき走っていたが、突然ユキの耳がピクピクと動く。そして、ゆっくりと走る速度を落とした。
――ようやく俺の声が届いた?
ほっと安堵の吐息を吐き出した。
だけど、それは違った。
ユキは何かに気付いたように耳をピクピク動かし、右にと注意を向けていた。
――ん、何か有るのか?
「どうした、ユキ」
「ガウ!」
ユキが返事をすると同時に走り出す。しかも、ドンっと音が鳴りそうなほど、太い前肢で地を削り急加速する。
「うおっ!」
あっ、危なあぁ……。ユキが急に右方向に体を転換させて走り出したから、危うく振り落とされるところだった。
それにしても、ユキは何を見付けたんだろ。
木精って……訳でもないよな。ユキの興奮した様子から、とてもそう見えない。
どちらにせよ、この先には何かがあるはずで、少し不安を覚える俺だった。




