31.銀狼の巫女と戦乱の予感(11)
短いですが……。
広場での混乱が、まるで嘘のように収まっていく。正直、ここまで劇的に静まるとは、俺も思っていなかった――。
大急ぎで広場へと駆け付けてみれば、予想通り……いや、それ以上の酷い有り様になっていた。怒り狂ったユキやキングは勿論、カブトや河童たちまで兵隊さん相手に大暴れしていたのだ。ユキに至っては、若い兵士の腕を噛みちぎらんばかりの勢いだった。だから、大慌てで【神オーラ】のスキルを全力で発動させたのだけど……。
――うおっ! ま、眩しい! め、目がぁ……。
目がチカチカして、瞼を開けていられない。レベルが上がったためか、【神オーラ】の及ぼす範囲は広がり、光量も増していたのだ。
それにしても、自分のスキルでダメージを負うとかどうなの?
アンバランスな能力が、恨めしい。それもこれも封印されてるからだろうけどさ。ホントに嫌になるよ。て、そんな事を考えてる場合じゃない。
さすがに、このままでは何も見えないので、【神オーラ】を止めたのだけど――今度は、発動中のスキルを瞬時に中断したため、光の残滓がキラキラと細かい粒子となり、辺りに降り注いでいた。でも、それが功を奏したのか、広場の騒乱は急速に収まったのだ。
思っていた以上に、【神オーラ】の視覚効果は抜群だった。元は、光溢れる文明社会で暮らしていた俺が驚くぐらいなのだから、この世界の住人の驚きは、推して知るべしだろう。
今の俺ではレベルが低いので、使い物にならないと思っていたが、【神オーラ】のスキルは意外と使えるかも知れない。
――もっと早く、使っておけば良かったよ。
それが、今の正直な感想だった。
広場へと目を向けると、コボルト達、ハスキー犬ぽい人たちは、隅っこで茫然として座り込んでいる。普人族と呼ばれる、元の世界の人間に似た人たちも唖然とした様子――中には涙を流している人もいる。広場の至る所で、へたり込んでいた。
取りあえず、広場の中央へと進んで行くと、
「バウバウ!」
ユキが真っ先に駆け付けて来る。尻尾を大きく振り振り、「キュンキュン」と鼻面を押し付けてくるのだが……。
「うげっ、ユキ……」
ユキの口には、噛みちぎられた人の腕が咥えられていた。褒めて褒めてと頭を差し出して来るけど、これには流石に腰が引ける。
「ユキ、ばっちいから、ぺっしなさい!」
そんな事を言う俺も、どうかしてると思うけど、気が動転してるので仕方がない。
「クゥン?」
可愛らしく首を傾げるユキ。見た目が凶悪なだけに、噛みちぎった腕を咥える姿は恐ろしげだ。
――やり過ぎだよユキ。
完全に腰が引けて、涙目で後ずさる俺がいた。
そうこうしてる間に、カブトたちを引き連れたキングも、河童たちも集まって来た。
ユキの後ろで膝を突き、畏まるキングの姿は何処か古武士然としている。なんか、「拙者」とか言いそう。ま、実際は「ギチギチ」と身体を震わせ、音を鳴らしてるだけだけど。俺には、そう見えたのだ。
それに引き換え、河童たちは俺たちの周りで小躍りして、「ケロケロ」と大騒ぎだ。勝利を祝ってか、大合唱を始める始末。
と、そこへ――
「ゲロゲーロ陛下、お待たせ致しました。後は我らにお任せをゲーロ」
振り返ると、ゲロロゲーロとギョーがヨタヨタと歩いて来るところ……。
いやいや、もしもし。今ごろ到着とか、遅すぎなんだよ、お前らは!
ホント、お前らお笑いコンビだけは……。
と、そこで、ようやく到着した二人が、ここぞとばかりに雄叫びを上げる。
「ゲロゲーロ!」
「ギョギョ、ギョー!」
そして、口中から奔流となって飛び出す、水のブレスを吐き出したのだ。
いやいや、もう終わってるからね。
怒濤となって押し寄せる水流が、広場の全てを押し流す。
――おいおい、何をやってんだよ、お前らは!
皆さんすいません。ウチの凸凹コンビが御迷惑をおかけしてます。
ユキにしがみつき、なんとか難を逃れるが、お陰でずぶ濡れだ。
キングたちは空を飛べるから良いが、呆然としていた異世界人たちは水流に転がされ、広場は水浸し。散々な有り様となった。
「はぁ……」
本当にもう、ため息しか出てこないよ。
しかし、この世界の住人との初遭遇。偶然とはいえ、争い事から始まってしまった。後々、面倒な事になりそうだなと、 暗澹としたやるせない気分に包まれる俺だった。




