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異界の魔神 【改訂版】  作者: 飛狼
1章 魔神誕生
3/51

3.廃墟の塔と黒い番犬(1)

短いですが……。


 スキル【異界門】をくぐると、そこは暗闇の中だった。上から差し込む僅かな明かりに、石畳の床の一部が浮かび上がって見える。頭上へと視線を巡らせると、石板を組んで作られたと思われる天井の半分以上が崩れ落ち、夜空が大きく広がっていた。

 瞬く無数の星々。その中で、一際ひときわ大きく輝く真っ赤な月が、柔らかな光を降り注いでいた。


「夜……なのか……」


 元いた世界、日本では見たことも無いほどの夜空。その壮麗さに圧倒され言葉を失っていた。日本でなら例え田舎に行ったとしても、もう味わえないような感動的な景色。澄んだ夜空に鮮やかに浮かぶ星々と真っ赤な月。それらが、例えようのない美麗さを競ってるかのようだった。この光景だけでも元の世界とは違う世界、異世界にやって来たのだと納得してしまう。しばらく夜空を眺めていたが、「ほぉ」と小さく息を吐き出し改めてぐるりと周りを眺めた。

 見渡す範囲は暗闇に包まれ、周囲ははっきりとしない。が、どうやら此処は廃墟となった建物の中のようだった。しんと静まり返った静寂の中で時折、蛙とも何とも判断の付かない生き物の不気味な鳴き声が聞こえてくるだけ。


 近くに池でも有るのかも知れないな。

 そんな事を考えていると、カサリと奥から物音が聞こえて来た。


「えっ、何?」


 その物音にびくりと体を震わせ、慌てて物音のした方に目をらす。と、奥の暗闇が一層濃くなった場所に、ポッと赤い光点が二つ灯った。

 そして何だろうと思った瞬間、その光点が流れる閃光となり此方に迫って来る。


「えっ……あ、があぁぁぁぁ……!」


 それは本当に瞬く間だった。赤い光点を認めた瞬間には、首筋に灼熱の痛みを感じたのだ。まるで、真っ赤に熱した火箸を突き刺し掻き回したかのような激痛。俺は呻き声を上げ続けるしかなかった。そして、俺の意識はぷつんと途切れた。


     ◆


「い、痛あぁぁぁぁぁい!」


 絶叫と共に気付くと、そこは元の空間。俺が産み出した世界の中で、膝を抱えて寝転がっていた。


「えぇと……あれ?」


 先ほど感じた激痛は無くなり、首筋に手をやっても何ともなかった。


 ――いったい何が……。


 訳が分からず慌てて起き上がろうとするが、たちまち背中が天井に当たる。


 ――なっ、っ! 腰が……。


 ここが狭い事を忘れていた。

 だから勢いよく立ち上がろうとして、背中が空間の上辺につかえてしまったのだ。予想外の姿勢で止まったため、腰の筋を少し痛めてしまったようだ。


「はぁ、情けない。これでも、一応は魔神なんだけどなぁ」


 屈んだまま腰をさすり、ため息混じりにぼやく。

 世界と呼ぶには小さすぎる空間。体を伸ばすこともできない狭さは、本当に嫌になる。

 俺は苦笑いを浮かべ、ゆっくりと腰を下ろした。 


「それにしても、さっきのは何だったのだろう?」


『マスターノ体ハ一度消滅シマシタ。今ノ体ハ再構築サレタモノデス』


 ――へっ、何それ。


 即座に解答をくれたのは【叡智の指輪】。やっぱり頼りになるね。

 で、【叡智の指輪】が言うには、俺はここから出て直ぐに消滅(殺された?)したらしい。その後に、ここでまた復活したらしいのだ。


 ――ん、どういうこと?


 詳しく話を聞いてみると――驚いた事に、どうやら俺は不死身? のようなのだ。要は、この産み出した世界そのものが俺の本体であり、今の俺の姿は仮初めの現身うつしみ。だから、413番の世界で消滅しても、何度でも復活できるらしいのだが……。


「それならそうと早く言ってよ!」


 頼りになるのか、ならないのか良く分からん指輪だな。ま、俺がきちんと話を聞いていなかったのが悪いのだろうが。それにしても、これが俺の本体だったとは……。


 手を伸ばすと、ぽよんと指先が柔らかく押し返された。


 まぁ、俺も魔神となっているからには一応は神様? のひとりなのだろうけど、世界が本体とか有りなのか? 

 いや、神様なら当然なのか? 

 人外に転生して、それは世界そのものでしたって喜んで良いのか悲しんだ方が良いのか、ちょぴり複雑。


「しかし、これで不安は無くなったかな」


 と、喜んでいた俺に【叡智の指輪】が釘を刺してくる。


『デスガ、度重ナル再構築ハ魂ノ消耗二繋ガリマス』


「魂の消耗とか怖いこと言うなよ……」


 詳しく話を聞くと、やはり復活にも限度があるようだ。何度目なのか正確な数字は分からないが、回数を重ねれば何時かは再構築が出来無くなるとの話だった。それでも完全に消滅する訳でなく、また何十年も掛けて神力を集め再構築しないといけないらしい。

 俺は別世界、或いは世界の狭間からやって来た存在。なので、413番の世界のことわりから外れた異界の神でもあるとのこと。だから413番の世界に産まれた存在が、俺を害して完全に消滅させる事などあり得ないと【叡智の指輪】が教えてくれた。


 そうかぁ。最悪の状況になっても、また何十年か待ってれば復活できるのか。

 俺は何度でも蘇れる、何とも安心安全設計の神様なのだ。と、そこでふと疑問に思った。

 しかし、あれだな。どうして俺なんかが選ばれたんだ?


「邪神……いや、今は魔神か? それでも一応は神様なのだろう。どうして、他の者でなく俺だったのだ。何か理由でも?」


『…………』


 何時もは即座に答えを返してくれていた【叡智の指輪】が、何故か沈黙した。


「おぉい!」


『…………』


 人指し指にはまる【叡智の指輪】に視線を向けるが、やはり返事は無い。

 まぁ……良いか。【叡智の指輪】といっても、万能では無いという事だよな。分からなければ返事のしようもないかぁ。

 俺はその疑問に蓋をして、【異界門】へと目を向けた。

 さてと……まとめると、出て直ぐに何者かに襲われたという事だな。そして、確かに何度でも復活はできるが、ある程度の制限もあるので、そうそう好き勝手に使えるものでもないと。それに、あの死にそうな……いや、一度は死んで復活したのか。とにかく、あの激痛だけは、もう味わいたくないな。


 ――うぅん、どうするかな。


 何が居たのか知らないが、時間が経てば何処かに行くかもしれない。

 と、そんな楽観的な考えしか思い付かず、しばらく待ってから出る事にした。とはいっても、何もやることは無い。暇を持て余し、手持ち無沙汰に思い付いた事を口にする。


「そういえばさぁ、俺って食事とかはどうなるの?」


『マスターニハ、ソノ必要ハアリマセン。NO.413ノ世界カラ流レ出ルエネルギーヲかてトシテ存在ヲ維持シテイマス』


 そういや、さっきそんな事を聞いたな。でも、異世界ならではの美味しい物も食べたい訳で。その辺りを聞いてみると。


『経口摂取ニテ体内二エネルギー源ヲ取リ込ムノ二何モ支障ハアリマセン』


 とのこと。要は必要もないが、別に食べても問題はないよということだった。それに、心配した味覚や食感もあるらしい。しかも排泄の必要はないとの話だった。

 そうだよな。漏れそうになり、トイレに駆け込む神様とか想像できないよな。その後も、益体やくたいもない想像を思い浮かべ、にやにやと笑いながら時を過ごした。

 そして、ある程度の時が経ち、もうそろそろ頃合いかとまた【異界門】から外へ、そっと這い出る。


 【異界門】をくぐると、そこはさっきと同じ場所。どこかの廃墟となった建物の中に出た。一瞬、どこか別の場所に繋がっていないかなぁと、少し安直な思いが頭をよぎるも、そんな事はなく、やはり同じ廃墟の暗闇の中だった。

 前回は夜空に見惚みとれて、注意力が散漫になっていた。だから、今度は油断がないように辺りを注意深く窺う。


 確か、さっきはあの辺りに居たようだが……。


 ここから見て奥の壁際、闇が濃くなる箇所に目を向けていると――その時、頭上から「はっ、はっ」と短く繰り返す息遣いが聞こえてきた。それと同時に、ぴちゃりと落ちて来た水滴が頬を濡らす。


「ん?」


 慌てて頭上を見上げると、崩れて天井に開いた穴の縁から見下ろす真っ赤な一対の瞳が見えた。


「……犬?」


 上階に陣取り、睥睨へいげいするが如く俺を見下ろすのは、大きな犬だった。穴の縁に隠れ、その全身までは分からないが、見えている上半身だけでも俺と同じぐらいの大きさ。真っ白な体毛が、月の光を浴びてきらきらと輝いていた。鼻筋にしわを寄せ上唇が捲り上がり、覗いた鋭い牙の間からポタリポタリと涎が溢れ落ちる。真っ赤な瞳は凶悪な光を放ち、俺を射竦めた。

 その獰猛そうな雰囲気に、思わず後ずさる。


 ――こ、腰が抜けそう……って、早く逃げなきゃ!


 逃げようと、その犬から視線を外した瞬間――。


「うがあぁっ! いてえぇぇぇ……!」


 また灼熱の激痛が首筋を襲う。

 ふわりと音も立てずに上階から飛び降りた犬が、俺の首筋に鋭い牙を突き立てたのだ。

 そしてまたしても、俺の意識がプツリと途切れた。


次回は明日の夜に……。

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