29.銀狼の巫女と戦乱の予感(9)
魔神に生まれ変わったといっても、元はへたれな俺だ。大挙して現れた兵隊たち――ちょっとした揉め事の積りが、話が大袈裟になりマッチョな海兵隊に囲まれたような感じだった。剥き出しの敵意、殺意を向けられ、完全にびびっていたのだ。
いくらユキたちが強かろうが俺が不死身でも、怖いものは恐いわけで。いくら見た目が変わろうと、中身の俺は何も変わっていないのだ。
ユキやキングは不満そうにしてたが――お前らはどんだけ暴れん坊なんだよ。
「沼まで撤退しろ! こ、これも作戦だ!」
しかし、作戦なんてものはない。ただ、沼まで行けば河童たちもいる。此方もそれなりの人数になれば、普人族の兵隊も手を出すのを控えるだろうとの単純な思い付きからだった。
キングは職業が管理人なだけあって、「ギチギチ」と不満げな様子だが、
「ここで争えば、スイカの樹が傷むぞ」
と、強引に沼まで撤退させる。
しかしそれも――
果樹園から抜け出し沼の前にある広場まで戻ると、獣人の周りに数人を残し河童たちの大半は沼から顔だけ出した状態で「ケロケロ」と大騒ぎしていた。
最初は果樹園の騒動に不安がってるのかと思ったのだが……。
ヒュンヒュンヒュン!
風切り音を鳴らして無数の矢が飛来する。
――ここにも普人族の兵士が!
それは、果樹園から俺たちを追い掛けてきた兵士たちではなかった。新たな普人族の兵隊。むしろ果樹園を避け、広場の両端に広がる森から姿を現したのだ。
嘘だろ。どれだけの人数がいるんだ。何でだよ。俺たちは何もしてないのに……。
人同士の大規模な戦闘 など経験した事のない俺は、完全に混乱していた。だから――
「て、手を出すな!」
ユキやキングたちが攻撃するのを止めてしまう。そう、まだ甘い考えを捨てきれずにいたのだ。騒ぎを上手く収拾して、話し合いさえ出来れば分かってもらえると。
ユキの時もそうだった。最初こそは争ったものの、今は家族になっているのだ。この世界の人たちとも話し合えればと――だがそれは甘い考えだったのだ。
野性の獣はある意味、純粋な感情の世界で生きている。しかし人は……。
それを俺は知らなかった、いや、忘れていたのだ。
「やめろぉ!」
普人族の兵隊に向かって叫ぶが、降り注ぐ矢が爆裂音を響かせ地を抉る。
ユキやキング、それにカブトや河童たちも、今は俺の言い付けを守り、手を出さず飛んで来る矢を躱すだけにとどめている。しかしそれも、いつまでも続けられる訳でもない。
――くそ、何か争いを止める方法は……。
その時、広場の隅で傷付き踞る獣人たちの姿が視界に入った。
こいつらを引き渡せば――一瞬、そんな考えが頭を過る。だが、詳しい事情も知らないのだ。だから、躊躇してしまう。
でも、この獣人たちが何か行動を起こせば、争いを止める切っ掛けになるかも。そんな安直な考えでユキを促し、不用意に近付いてしまった。
それが不味かった。
普人族の兵隊は獣人たちを狙っているのか、その周囲に飛んで来る矢の数が一番多かった。それらの矢を、河童たちが水の弾幕で撃ち落としていたのだ。
その落ちて来た矢が俺とユキの近くで炸裂し、その衝撃で、俺はユキの上から転がり落ちてしまう。そして――
「あっ……しまった!」
それは偶然か、はたまた俺を狙っての事だったのか。新たな矢が、俺の目前に迫っていた。
「ユキ! 絶対に殺すなよ!」
それだけ叫ぶのが精一杯だった。
次の瞬間には、飛んで来た矢が俺の体を貫く。そして爆散し、俺はまたしても消滅(死亡)してしまったのだ。
目を覚ますと、そこはいつもの俺たちの世界。
「ま、不味いぞ!」
慌てて飛び起きた。
それは俺がいなくなった事で、怒り狂ったユキが普人族の兵士を蹂躙してる姿が容易に想像出来たからだ。
まずいまずい、絶対に不味いぞ。
一応は殺すなと声は掛けたが、俺が居なくなった今はそれが守れるかどうか……。
いや、それはユキだけじゃない。キングや他の皆も――ん? そういえばゲロゲーロやギョーは?
で、その答えは直ぐに分かった。塔から大慌てで飛び出し、対岸に向かって走ると前方に……。
――遅っ!
ウチのお笑い凸凹コンビはまだ、対岸に延びる道の中途をヨタヨタと走っていた。
何やってんだよ、こいつらは……。
狭い道を大きな体の二人が並んでいるため、走り抜ける隙間がない。
「お前ら邪魔だ、どけぇ!」
後ろから怒鳴ると、二人が驚いて振り返った。
「ゲロ何故、陛下が後ろからゲーロ」
「ギョギョ?」
「だから邪魔なんだよ! でかい図体で道を塞ぐな!」
驚き沼に飛び込み、首を傾げるゲロゲーロとギョー。その間を駆け抜ける。
「お前らも早く来い! 今、向こうは大変なんだぞ!」
怒鳴りながら振り返ると、二人は何故かまた道に這い上がりヨタヨタと後を追い掛けて来る。
だから……なんでお前らは走ろうとするんだよ。沼を泳いで来いよ、この馬鹿二人は。
えぇい、今はこいつらに付き合ってる暇はない。
二人の事を頭から追い出し、対岸に向かって力の限り駆ける。
しばらくすると、前方の広場の状況が見えてきた。
案の定――
河童たちの弾幕が普人族に容赦なく撃ち出され、その間隙をついてキングとカブトたちが襲い掛かっていた。
そしてユキは予想通り怒り狂い、ちょうど普人族の男――遠目から見ても金髪の若い派手な男の腕を食いちぎる所だった。
「ユキ、ストップ! それ以上は止めろ!」
俺は叫びながら、対岸に向かって駆け続けるしかなかった。




