25.銀狼の巫女と戦乱の予感(5)
ユキを伴い果樹園に駆け込むと――
「あっ、あれは人間?」
そこにいたのは、元いた世界と同じような姿の人たち。さっき広場で見掛けた、ハスキー犬ぽい人とは違っていた。
確か、この世界では普人族と呼ばれてたっけ……。けど、兜を被り鎧を身に付けたその姿は、どこからどう見ても兵隊さん。
しかも、妙な状況になっていた。
カブトたちの前には、傷付いた普人族が20人ほど転がり呻き声を上げている。それ以外にも果樹園の奥、森から多くの普人族が現れカブトたちと睨みあっていたのだ。
まさに一触即発、そんな感じだった。
……これって、どう見ても魔物が人を襲い、それを救出及び撃退するために軍隊が派遣された図式にしか見えない。
俺って、日本にいた時は割と映画なんかが好きで、よく映画館にも足を運んだ。好きなのはSF系のパニック映画。特に、宇宙生物に襲われ人類が、知恵と勇気を振り絞って戦うみたいな話は大好きだったりする。
目の前に繰り広げられる光景は、そんな映画のワンシーンにしか見えなかった。
カブトたちは姿こそ変わっていないが、体長が以前の倍、2メートル近くになっていた。体表にあった光沢も無くなり、今は本当に真っ黒な色に変わっている。それに、角が一本増えていた。以前からあった頭頂部から前に伸びる角の下に、俺の眷属を示す捻れた黒い角が生えていた。
身体が大きくなったのは、俺が祝福を与えたためだろうなぁ。
それに群れの中でも一際大きく目立つ一匹。体長が3メートル近くあるのがいるけど、あれがキングだと思う……ん?
待てよ。祝福を与えた時って……確か、特撮ヒーローぽい人のような姿で立ってるのを見た気がするけど……。
そんな事を考えていると――俺の思いがカブトたちに通じたのか、「ギチギチ」と一斉に鳴くはじめ、突如カブトたちが光の繭に包まれた。それは祝福を与えた時と似た感じ、だけど今度は一瞬。直ぐに光は弾け――。
「うおっ! 変身した!?」
光の中から現れたのは、小さい頃にテレビで見た特撮ヒーローもどき。黒い甲殻がゴテゴテとした鎧兜に変わり、頭には二本の角が生えている。二本の足で立ち四本の腕が……って、どちらかというと悪役側の怪人。
どこからどう見ても、ヒーローと敵対する暗黒騎士って感じだった
取りあえず、キングを【神眼】を使って確かめると。
ステータス
名前 :キング
年齢 :0
種族 :異界の甲蟲人
職業 :果樹園の管理人
称号 :蟲神
level :62
HP :8000/8000
MP :760/760
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筋力 :750
耐久力:1200
素早さ:1000
知力 :300
魔力 :350
精神力:450
器用さ:600
運 :450
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スキル SP 100
ウィンドカッター
形態変化
風象操作
……キングも職業がおかしな感じなんだが……管理人て何?
番犬に相談役、御意見番の次は……今度は果樹園の管理人かよ!
だいたい、果樹園が無くなったらどうする気だよ。ニートになる積もりか。
ウチの家族が皆、変なんですけど。考えただけで気が遠くなるよ。本当にもう……。
それと、あと気になるのが2つある。
称号
<蟲神>
虫を統べる者、昆虫の王。
風属性の下級神。
スキル
<形態変化>
人型形態態と飛行形態に変化する事ができる。
詳細を確かめると、こんな感じだった。
虫を統べる者って、全ての虫を操れるみたいな感じなのかなぁ。ある意味、最強じゃないか。ゴッキーとかが、数千匹で襲ってきたらと考えるだけで恐ろしい。
それに、キングも風属性の下級神になってるし。まぁ、そんな感じはしてたけど。あとでゲロゲーロたちと一緒に、俺の世界に連れて行くのが楽しみだ。
もうひとつ気になるスキル【形態変化】が、今やって見せた変身なのだろう。人型形態が怪人もどきで、飛行形態がカブトってとこかな。
キング以外の他のカブトたちも確かめると、河童たちと同じ神民になっていた。能力もキングの劣化版。これも、ゲロゲーロと河童たちの関係と似ていた。
そして、キングを含めカブトたちも、【神言語】のスキルを持っていなかった。
やはり、俺とまともに会話できるのはゲロゲーロただひとり。何故だ……。
しかし……こうして改めてカブトたちを眺めると、特撮ヒーロー物の敵役。世界征服を企む秘密結社の怪人と、下っ端戦闘員にしか見えないど……。
うん、これはどう見ても、俺たちが悪者だよな。
俺が跨がるユキは、目の前の光景に興奮してか、「グルグル」と唸り声を上げていた。そのユキの首筋を、ポンポンと軽く叩き宥める。
ワニダコの時とは違って、さすがに人の姿した連中に問答無用で襲い掛かるのは気が引ける。魔神とやらに転生しても、中身は平和な日本で教育を受けた文明人の積もりだ。
だから――。
「キング!」
それは仲裁とまでいかなくても、取りあえず事情を聞いて話し合いぐらいは出来るだろうと、軽い気持ちで声をかけたのだ。
しかし――カブトたちは一斉に「ギチギチ」と鳴き始め、普人族の兵隊に向かって行く。
そして普人族も、剣や槍などの武器を振りかざすと、雄叫びを上げて立ち向かう。怒号が飛び交い、魔法らしき火球も飛び出す。いきなりの乱戦が始まったのだ。
……あれ?
まさか、俺が原因?
何故か、俺のかけた声が切っ掛けになったぽい?
嘘おぉぉぉ!
俺が号令した形となり、乱戦が始まってしまったようだ。
どうする?
このままだと、せっかく異世界人と出会えたのに、最初から敵認定されてしまうよ。
相手は普人族の兵士。元いた日本で例えたら、警察? 自衛隊? みたいなものだろ。普通に考えて……警察が来ました。それを撃退しました。
うん……駄目だな、これ。犯罪者確定だ。
それに、広場にいた獣人の人たちが犯罪者で、この普人族が追いかけて来ただけかも知れないし。
目の前では、カブトたちが普人族を蹂躙していた。普人族の持つ武器、剣や槍が全く通用していないのだ。
カブトたちの鎧に変わった硬い甲殻が全ての攻撃を弾き、突き出す拳や蹴りで普人族が吹き飛んでいた。
たまに、飛んで来る魔法らしき火球だけは、カブトたちも苦手なのか避けている。それでも、カブトたちの完勝状態。
なんか、この世界の人たちって弱いね……いや、ウチのカブトたちが予想以上に強いのか?
……って、そんな事を考えてる場合じゃない。さすがに、死人が出るのはまずい。後で大変な事になりそうだし、何より日本育ちの俺には、そんな惨たらしい状況には耐えれそうにない。
けど、今の俺にはこの争いを止めるだけの力もない訳で。
今できる事は、
「おぉい、カブトたち! 殺すなよ、ちゃんと加減しろよ!」
カブトたちに声を掛けて、被害をできるだけ少なくするぐらいしか――。
「あっ!」
俺に向かって火球が飛んで来る。それと同時に、マッチョな兵士がひとり此方に向かってくるのが見えた。
他の兵士と違って、ひとりだけ銀色の鎧を身に付けた普人族の男。手に持つ剣が眩い光を放っていた。
――げっ、なんかヤバそう! 絶対にヤバイ奴だ!
なんで、俺の方に来るんだよおぉ!




