20.カエル男とナマズ男(2)
で、結局その後は、器用に体を折り曲げ、頭を下げる魚人に話を聞く事になった。
もっとも、魚人とは直接会話が出来ないので、ゲロゲーロを介してなのだが……まぁ、ユキに通訳を頼んだ時よりは大分に楽だけど。
そのユキは退屈したのか、俺の横で拗ねて居眠りしていた。後で大変なことになりそうだ。
俺も少し右手を挙げ、軽く挨拶して質問が始まった。
「この沼と周辺の事を教えて欲しい」
「ギョギョギョオォォォ!」
「ゲロこの辺りは南の森と――」
とまぁ、こんな感じで通訳を交えて話してるのだが……相変わらずゲロゲーロの話し方はウザいし、それ以上に気になる事があって、まともに話を聞くことができない。
何故か?
鯰に似た魚人の口の周りには、くるくると巻かれた髭がある。それが、声を出す度に、ぴゅるぴゅる伸び縮みして動くのだ。伸びきった時には1メートル程もあり、どうしてもその髭に目を奪われ気になってしまう。まるで、パーティーグッズとしてもお馴染みの、吹けばぴーひょろろって感じで伸び縮みするピロピロ笛。ある意味、ゲロゲーロと同等か、それ以上にこの魚人もウザい。
それでも、どうにか話を聞いていると、いくつか分かった事があった。
この世界はナルリーンと呼ばれ、その中心に広大な大陸が存在してるらしい。その陸地の周りを、大小様々島々と海が囲んでるとの事だった。そして、大陸の中央には巨大な世界樹が起立し、その周囲を、大陸の半分近くを占める雄大な森が囲んでいるらしいのだ。
俺たちがいるこの沼の周辺は、『世界樹の森』と呼ばれる広大な森の中の、かなり南に位置する場所のようだった。
森の周辺はどうなっているのか聞いてみると。
森の北は山地に覆われ、東は海に面し、西の森の先は荒地となってるらしい。この沼のある南の森は大陸の平野部と面しており、世界樹の森への玄関口となっていると教えてくれた。
世界樹とはまた、異世界ファンタジーぽいものが出てきたなと驚くが――天にも届きそうな、巨大な樹木を想像してしまう。一度見てみたいと興味を覚えるが、それ以上に興味をそそられる話もあった。それが――
「ゲロゲーロこの世界には数多の神々が御座しておりましてゲロこの世界の何処かには神々のおわす土地があるとも申しますゲーロ」
……此処には神様が現実として存在しているのか……神話みたいな世界なのかなぁ。
日本神話みたいに八百万の神々が居たりして……。
まぁ、俺達も此処にすでに4柱の神様がいる訳で、それほど不思議でもないか。
などと、暢気な事を考えてしまう。
次に俺が一番気にしている、この世界に住む人々――ここでも人間と呼ばれるのかどうか分からないが、知性ある種族、生き物について尋ねてみると。
「ゲロゲーロ分かる範囲で申しますと、世界樹の周辺には樹人と呼ばれる森人族がゲロ東西南北の森には魔獣と妖精種がゲロ森の外は様々な種族が居りますが……」
そこで、少し言い淀むゲロゲーロ。
「どうした何かあるのか?」
「……ゲロゲーロいえ、これは失礼を致しましたゲロ森の外では普人族が幅を利かせておりましてゲロ我等はあまり良い感情をもっておりませんゲーロ」
……その普人族と何かあったのかもな。
「……まぁ、良い。それにしても、沼で暮らしてた割にはよく知ってるな」
「ゲロそれは……話すと長くなりますがゲロよろしいですかなゲーロ」
横で鼻フウセンを膨らますユキを眺め、俺は軽く頷き、話の続きを促した。
「それではゲロゲーロ……50年前まで此の地は世界樹にも近い故かゲロ魔素が溢れだし特に塔が建っている辺りはゲロ大量の魔素が溢れる珍しい場所でございましたゲーロ」
「ギョギョ!」
ゲロゲーロの横で、魚人が髭をピュルピュル動かし相槌を打つ。
俺の目の前を、髭が行ったり来たり伸び縮みする。
……あぁもう、鬱陶しいぞ!
こいつら2匹が揃うとかなりきつい。のっぽと太っちょ。絵に描いたような凸凹コンビ。お前らは、どこのお笑いコンビだ!
そんなに俺を笑わせたいのか。
「ゲロゲーロその為か50年前にはゲロ普人族の邪神を崇拝する者達にゲロこの沼周辺は占拠され本拠地となっておりましたゲーロ」
おっと、そのヒゲ邪魔。
しかし、50年前に邪神を崇拝する者達か……まさかな。
「ゲロゲーロ我等は魔素を魔力に変換し増幅する技に長けておりましたのでゲロ各地より集められゲロ実験に使われていたのでございますゲーロ」
そうか、それで普人族とやらにあまり良い感情を持ってないのか。差し詰めこの沼は、実験場といった所か。
「ゲロゲーロそして邪神に捧げる為にと称してゲロ近くの普人族の集落から婦女子をさらって来るとゲロ生け贄に捧げていましたゲーロ」
……邪神って、まさかのまさかだよね。
「ゲロゲーロ今より50年前とうとう近くの集落の普人族はそれに気付きゲロ大いに怒り協力して攻めてまいりましたゲロ邪神を崇拝する者達はこれに対抗するためゲロ各地より信者を集め大戦となったのでございますゲーロ」
ゲロゲーロの横では、魚人が興奮したように相槌を打つ。
「ギョ、ギョギョオォォォ!」
お前ら調子に乗ってるだろ。噺家か講談師でも目指すつもりか。意外と、着物姿に扇子とか持ってたら似合いそうかも。
「ゲロゲーロ10日余り続いた戦は信者側が劣勢となりゲロとうとう信者側は自らの拠り所とする邪神をゲロ召喚しようとしたのでございますゲーロ」
「ギョギョギョ!」
おいおい、50年前に邪神を召喚って……それってもしかして……。
あっ、ユキ。今大事な話してるからね。もう少し大人しく寝てて下さいね。
ほら、そこの魚人! お前が煩くするからユキが起きただろ。
「ゲロゲーロ信者共は我等を沼の各所に配しゲロ沼を魔方陣に見立て戦で流れた血を贄にするとゲロ塔に流れ込む魔素を魔力に変えゲロ大規模な召喚を行ったのでございますゲーロ」
話の盛り上げ方が上手い。合間の「ゲロ」の濁声さえなかったら、本当に講談で食ってけるぞ。
「ゲロゲーロ空が真っ赤に染まり禍々しき黒き球体がゲロ渦巻きながら天空より舞い降り塔にゆっくりとゆっくりと近づくゲーロ戦いし者共も手を止め唖然と黒き球体を見上げゲロこれは召喚が成功したと皆が思った正にその時に〜ゲーロ」
「ギョ! ギョ! ギョオォ!」
お前ら絶対、ふざけてるだろ。調子に乗りすぎだぁ。
「ゲロゲーロ塔に黒き球体が触れた瞬間ゲロ周囲は眩い白き光に満たされてゲーロ皆が目を閉じ開けた時にはゲロ塔の大部分と球体は消えていたのでございますゲーロ」
……時期も合うな。記憶には無いが……確か、俺がこの世界に引き寄せらたのは、50年前だと【叡智の指輪】が言っていた。それに、俺は元々は邪神だったはず。今は何故か、魔神になってるけど……。
やはり、俺がこの世界に居るのは、その召喚が原因だろうと思う。
けど、召喚されて50年後に登場ってどうなのよって感じだが……しかし、考えてみると良かったかも知れない。戦闘の最中に登場してたらどうなってた事やら、考えるだけで恐ろしくてゾッとする
それに、今はこの沼の魔素が微少になってるらしいが、それも俺の世界が寄生しているからかも知れないな……。
あ、ユキ。後ろから覆い被さるのは止めて下さい。ユキの体は大きいから、俺はペチャンコですよ。あとちょっとで終わるから、もう少し我慢しててね。
「ゲロゲーロそんな訳でしてゲロ我らも他の種族や周辺の事には多少は詳しいのですゲロ普人族の中には妖精種と言葉を交わせる者も居りましたからゲーロ」
考えてみると、こいつらも苦労してるな。50年前には実験動物みたいに扱われ、その後にワニダコの騒ぎ。大昔には数千もいたらしいのが、今は2百ちょっとまで数を減らしたのも……しかし、今はもう俺の家族。楽しく幸せに暮らせるようにしないとなぁ。
と、そこで新たに家族になった仲間たちを思い出した。
「そういえば、キング達は今どうしてる?」
「ゲロゲーロキングと申しますのは?ゲーロ」
そうか、こいつらにはキングと言っても分からないか。
俺はキングの事を説明するが、ゲロゲーロと魚人が顔を見合わせ怪訝そうにしている。
なんでも本来は昆虫系の魔虫には、知性もなく感情もなく本能で行動しているらしい。だから、戦いの時に彼等がなぜ協力したのか、不思議がっていた。
陛下の威徳のお陰だと、ゲロゲーロも頻りに言っているが、俺も不思議だよ。勝手に名前を付けたりした所為なのかね。
その後は、ナマズ男にも名前を付ける事にした。さすがに、一応は下級神らしいので、名無しのままではまずいだろう。
名付けるのが苦手なのと面倒臭いので、安直に『ギョー』と名付けた。
何時も「ギョーギョー」と言ってるから……まぁ、喜んでるし良いよね。
取りあえず、あらかたの話は聞いたので、ゲロゲーロに皆を塔に集めるように指示を出す。皆を、俺達の世界に連れて行こうと思ったからだ。多分、大きく変化するはず。
で、俺とユキは皆が集まって来る間、果樹園に向かう事にする。さっきからユキが「ガウガウ」と、我慢の限界を越えそうに見えるから。また暴走が始まったら大変だ。が――俺とユキが塔から出ていこうとすると、1匹の河童がケロケロ言いながら慌てて駆け込んで来た。
「ゲロゲーロ陛下、侵入者のようでございますぞゲーロ」
えっ、侵入者!?
話を聞くと、どうやら果樹園で何か有ったらしい。
慌てて、塔から飛び出すと、果樹園で火の手が上がるのが見えた。
「嘘おぉ! 俺のスイカがあぁぁ!」
俺の命綱のスイカが……少しでも傷付いたら許さん。許さんぞおぉぉ!
無くなったら、これからどうやってユキを宥めるんだよ。
俺はユキに飛び乗り、急いで駆け出す。
「ガァウ、ガアァウ!」
ユキもかなり怒っていた。それはもう、ワニダコの時よりも大激怒だ。
それもどうかと思うけど。とにかく、どこの誰かは知らないけど、ウチのユキさんを怒らしたら恐いよ。もう知らんからね。
俺とユキは、対岸に延びる小道の上を疾走して、果樹園に向かうのだった。




