17.呪いの沼とカエルの合唱団(9)
不気味な黒い塊。それが消え去った空の彼方を、俺は呆然と眺めていた。と、そんな俺の腕を誰かが引っ張る。目を向けると、ユキが袖を啣えていた。
「ん、何?」
ユキに尋ねながら、ふと周りを見渡すと、俺の元に皆が集まって来ていた。
グロガエルたちの中には怪我をしている者も沢山いるようだが、「ケロケロ」と嬉しそうだ。キングたちも、何故やって来たのか分からないが、「ジジジ」と鳴きながら俺を注目している。どこか嬉しそうに感じるのは、気のせいだろうか。
そうだな。
もう一度ちらりと空を見上げて思う。
【叡智の指輪】が言った【深淵なる闇】とかも気になるが、先の事を心配しても仕方ない。今は素直に勝利を喜ぼう。
それにしてもよく見ると、ユキも元気そうだが傷だらけだし、ゲロゲーロも怪我が酷いのか仲間に支えられている。それ以外にも、グロガエルたちの中には酷い怪我をしてるのも多そうだった。
それだけ今回の戦いは、激戦だったいう訳か。
――あ、そうだ。確か……。
「優しき光で、皆の身体を癒せ!」
俺は【神オーラ】の光を、全開で発動させた。それは、詳細を調べた時に癒しのオーラと載っていたからだ。癒しというからには、多少の助けになるだろう。皆への労いも込め、そんな思いで発動させたのだが。
俺から放射されるきらきらとした眩い光が、皆を優しく包み込む。
「バウバウ」
「ケロケロ」
「ゲロゲロ」
「ギチギチ」
「ギョギョ」
皆が驚き響めくが、その声は途中から喜びの声へと変わっていた。
驚く事に、見る間に皆の怪我が回復していくのだ。
おぉ、この【神オーラ】って治療も出来たのか。まさかと思ってたけど……明かり代わりぐらいにしか思ってなかったよ。早く分かってたら、別の戦い方もあったのに……ま、今さらだけど。今度からは気を付けよう。
そんな訳で、その後はユキに穴を埋めてもらう。ユキやグロガエルたちの敵だったが、そこは日本人らしく手を合わせる。皆も神妙な顔して――俺がそう感じただけで、単に真似をしてるだけかも知れないが。
最後は目を閉じ、冥福を祈った。
それは、例え異世界に生まれ変わろうとも、死んだ後は敵も味方も共に冥福を祈るといった、日本人らしい心情を忘れたくないとの気持ちの表れだったかも知れない。
そして、目を開けると――何故か、皆が瞳をキラキラと輝かせていた。何かを、期待するかのように。
――いやいや、もう解散で良いのでは? 戦いも終わったし、これ以上何を俺に期待する?
「バウバウ!」
疑問に思い首を傾げる俺に、ユキが楽しそうに声を掛けてくる。
ユキが、また皆に変な事を言ったのか?
「あっ! まさか……」
慌ててステータスを覗く。すると、神力スキルの項目、【祝福】が点滅していた。
ユキ、皆を洗脳したんじゃないだろうな。
「本気か……」
俺の周りにいた皆を、ぐるりと見渡す。皆の瞳が、期待に輝いていた。
「本当に、俺の祝福を受けたいのか? 俺の眷属になりたいのか?」
「バウバウ!」
「ケロケロ!」
「ゲロゲロ!」
「ギチギチ!」
「ギョギョ!」
皆が威勢よく肯定の返事をくれる。
どうやら本気のようだ……って、ユキはもう【祝福】を与えてるだろう。それに、キング達も混じってるし、何か聞き覚えの無い声も混じってるような……。
良いのかなぁ。本当に大丈夫か。
まぁ、【祝福】を与えると、ユキの時みたいにまた封印が解けるかもしれないし。何よりも、この世界に身寄りの無い俺にとって、眷属が、家族が増えるのは喜ばしい訳で……もういいや。まとめて祝福してやれ。
「我への忠誠に報いるため、汝らに魔神の祝福を与えん!」
あ、忘れてた。ポイントは足りたかなぁ……。
俺の懸念をよそに、辺り一面が光輝き、光の粒子となって皆を包み込んでいく。
どうやら、上手く発動してくれたようだった。
「ガウガウ!」
ひとりだけ光に包まれないユキが、不満を顕にして突いてくるけど。
――だから、角は反則だからね。
「えぇと、ユキは前に祝福をしたから、今回は無しです」
「ガウガウ!」
「怒っても、もう無理だから仕方ないよ。ほら、ユキは今のままで、十分に可愛いからね。後でまた、スイカでも一緒に食べに行こう」
「バウバウ!」
ようやく少し機嫌を直すユキ。
やはり、あのスイカはユキに対しての最終兵器となり得る。これを心に深く刻んでおこう。
ユキを撫でながら、そんな馬鹿な事を考えていると、光の粒子が弾けて皆が姿を現した。
おや、ユキは寝てたのに、皆は起きてるな。これだけの大人数になった所為かな。
で、姿を現した皆に、俺は言葉を無くした。
――なっ、カッパ?
河童が……何故?
グロガエルたちが、河童のような姿に変わっていたのだ。それに、カブトは特撮ヒーローもどきになっていた。
「……な、なんじゃ、こりゃあぁぁぁ!」
あと、河童達の後ろにも1匹、変なの混じってるけど。何か魚みたいな、魚人も…………。
俺が驚き固まっていると、先頭にいた太っちょの河童が一歩前に進み出た。
「ゲロゲーロ、神王陛下に、我々は絶対の忠誠をゲロ誓う事をここに約しますゲロ」
「しゃ、喋った……って、お、お前はゲロゲーロかあぁぁぁ……!」
「ケロケロ、ギチギチ、ギョギョ!」
俺の叫び声と、皆の喜びの大合唱が重なり合い、沼の周辺に谺となって響き渡っていた。




