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異界の魔神 【改訂版】  作者: 飛狼
1章 魔神誕生
16/51

16.呪いの沼とカエルの合唱団(8)

本日2話目。


 ユキが狂暴凶悪化していた。


 まぁ、母親の仇だからその気持ちも分かるけど、少し不安だ。


 ユキがワニダコに駆け寄ると、グロガエルたちも水球を放つのを止めた。岸辺にずらりと並び、何時でも水球を放てる構えを崩さず、ユキとワニダコの戦いの推移を見守るようだ。


 一気に駆け寄ったユキは、ワニダコの横をするりとすり抜ける。が、直ぐ様反転して飛び上がると、頭上からワニダコへと襲い掛かった。

 ユキの鋭く尖った爪牙が、ワニダコの首筋に迫る。

 あっさりと一撃が入るかと思うほどの、目にも止まらぬ速さと予想だにしない変則的な動き。実際、俺も目で追えなかった。ユキの動きは戦いに素人の俺が見ても、しなやかで美しいものだったのだ。


 そういや、俺がこの世界に転生した初日も、何度もユキに瞬殺されたっけ。考えてみると、不思議なものだ。そのユキを今は応援してるのだから。


 だが、その瞬速の一撃を、ワニダコが反対にあっさり躱したのだ。体の下で蠢く八本の触手がたわみ、地を蹴り瞬時に横移動したように見えた。しかもその後に、


 ドカッ!


 ワニダコのしならせた尻尾が、轟音を響かせユキを弾き飛ばす。土煙を巻き上げ地面を転がるユキ。


 ――げぇっ! マジかよ!


 しかし、それだけでワニダコの攻撃は終わらない。首筋から背筋にかけて生える突起が鋭く逆立ち、次の瞬間には30センチ程のとげとなり飛ばしたのだ。転がり逃げるユキの後を追い掛け、カッカッカッと音を鳴らして地面に突き立つ。


「嘘だろ……」


 暴走中の、ユキの無双ぶりを知っている俺には、信じられない光景だった。ユキを心配すると言っても、それはあくまでも万が一の心配。地上戦では、負けるはずなど無いと思っていたのだ。

 確かに、ワニダコは強敵だとは思っていた。しかし、これ程とは考えてもいなかった。


 焦った俺は、【神矢】を撃ち出そうと構えるが、瞬時に攻守を入れ換えるユキとワニダコの動きに眩惑させられ、手を出しかねていた。


 飛んで来るとげを、ユキは転がりながら辛うじて躱し、サッと立ち上がり得意の火炎を吐く。しかしそれも、ワニダコが水のブレスを吐き出し相殺した。その後も、ユキとワニダコの攻防は一進一退を繰り返す。

 ワニダコの八本の触手が、ユキを捕らえよう伸びる。が、そのことごとくを瞬速の動きで躱し、反対にその触手を黒爪の一撃で傷付けるといった感じにだ。


 やはり手強い。このワニダコは地上戦でもユキと五分五分――いや、もしかしたらユキが押されてるかも知れない。一見、対等に渡り合ってるように見えるが――ユキの繰り出す黒爪の一撃も、触手を傷付けてはいるが、ワニダコの本体には通用してしない。硬い鱗に阻まれ、弾かれているからだ。


 ――なんとか俺が手を出す隙を…………。


 その俺の願いが通じたのか、その瞬間ときは唐突に訪れた。


 今まで激しく争っていたユキとワニダコ。突然、お互いが相手から飛び退き距離を取ると睨み合う。

 俗に『居着く』と呼ばれる状態。昔、学生時代の剣道の授業で、顧問の先生がよく言っていた事がある。


「激しく続いた攻防の果てに、一息つき動きが止まる時がある。その時、戦うといった意識さえ途切れる瞬間、それが『居着き』だ。心体は連動している。意識の途切れは体の『居着き』を招く。そうなると、瞬時に動けず、例え高段者でもあっさりと一本を取られる。だから、それだけは避けろ。そして、逆に相手が居着いたら即座に打ち込め」


 俺は剣道部に所属してた訳でもなく、格技の授業もお座なりに受けていただけだった。でも、何故か顧問の先生が言った言葉を思い出した。

 そして、今がその状態。ユキとワニダコのお互いが居着いたと感じたのだ。


「ユキ! 転がせ!」


 俺の叫び声に、真っ先にハッと我に返り動いたのはユキ。


「ガウ!」


 ひと声返事すると、前足をドンと地面に叩きつけた。

 すると、ワニダコの真下の地面が輝き、数瞬後には足下の土が槍の形となって飛び出した。

 さすがにワニダコも、はっきりと予兆の見える土槍を躱すが、それはさっきまでの瞬時に横移動するような迅速なものではなかった。完全に虚を衝かれ一瞬立ち尽くし、横に転がり躱すのが精一杯に見えた。


 俺が狙っていたのはこの瞬間。ワニダコの体は硬い鱗に覆われ、ポイントは少ないとはいえ俺の【神矢】を弾いたのだ。しかし、最初に放った【神矢】は触手を簡単に切り裂いた。だから――


「今だ、【神矢1000】!」


 俺の手のひらから放たれた【神矢1000】が、ワニダコの蠢く八本の触手の中央、転がる時に見せた身体の裏側の中心に突き刺さる。


「どうだ、これは効いただろ!」


「ギィギイィィィ……!」


 叫び声を上げて、痛みにのた打ち回るワニダコ。直撃した傷口からは、真っ赤な血を撒き散らす。だが――


「馬鹿な……嘘だろ」


 俺が驚くも当然だった。

 何故なら――ワニダコの傷口から血流と共に、真っ黒な霧状のものが漂い出す。それが傷口に纏わり付き、損傷した身体をゆっくりとだが確実に再生させていく。


「なんて奴だ。くそ……こいつには、通常の攻撃では効かないのか。ユキ、今の間にそいつを穴に落とせ!」


「ガウ!」


 ユキは返事すると、ワニダコに突進して落とし穴へと押し込んで行く。

 後は、穴に落とし総掛かりで、グロガエルたちも含めて全員で攻撃するぐらいしか、仕留める方法が思い付かない。


 そして、ユキとワニダコの力比べが始まった。グイグイと押していくユキ。させじと、傷付いた身体に苦しみながらも耐えるワニダコ。じりじりと落とし穴へと進んで行く。


 あと3メートル。あと2メートル、あと1メートル。あと少し…………。


「あとちょっと……だあぁぁぁ!」


 あと少しのところで踏みとどまりやがった。


 ワニダコの傷口から漂い出ていた真っ黒な霧が、今度は全身から漂い出る。それが、まるでパワーアップさせたかのように、ワニダコの力が増す。あと一歩のところで、逆に押し返し始めたのだ。


「おいおい、マジかよ……」


 仕方がない。最後のとどめにと、取っていた神力ポイントを使うしかないか。


 ――その時だった。


「ギチギチギチ!」


 広場の上空に、けたたましく鳴り響く擦過さっか音。


「……何が?」


 驚き頭上を見上げると、そこにいたのはカブトの編隊。


「まさか…………キングか?」


 空からやってきた援軍は、キング率いる数十匹のカブトの編隊だった。

 

 何故キングが……いや、それは後で良い。今は――


「キング、頼む!」


 疑問は尽きないが、突然現れたカブトたちはありがたい。言葉が通じたのかは分からないが、俺の声に反応して、キングたちがワニダコに向かって行く。

 真上から次々に一気に降下し、ワニダコにぶつかる寸前でヒラリと体を躱し急上昇する。その際、口から酸のような液体を吐き出す。まるで、急降下爆撃だった。


 吐き出された酸はワニダコの眼窩に飛び込み、ジュッと煙りを出して目玉を潰す。


「ギィグギァァァ……!」


 傷みに怯んだワニダコに、今度はユキが額から伸びるつのを前に突撃した。突然現れたキング達とユキによって、今度こそ本当に落とし穴の上に押し込まれるワニダコ。が、落ちない。


 ――ちっ、今度は落とし穴の蓋が厚すぎたか?


「ユキ!」


 俺の叫びに、ユキが前足を力いっぱい地面に叩きつけた。途端に、暴れるワニダコの足下が輝き出す。数瞬後、一気にその足下の地面が崩落したのだ。上にいたワニダコ諸共に。


「やったか!」


 急いで穴の側に駆け寄り、穴底を覗き込む。設置されていた土槍は何本かは折れていたようだったが、3本はしっかりとワニダコに突き刺さっていた。しかもその中の1本は、ワニダコの真下から顎を貫通し、脳髄に達していた。


 ――さすがに、これは致命傷だろ。


 しかしそれでもまだ、立ち上がろうと足掻いていた。もっとも、既にワニダコは虫の息の状態。漂う黒い霧も、土槍が貫通する傷口を、さすがに再生出来ないようだった。


「今だ、掛かれ!」


 言葉は分からなくとも、この状況だ。俺の言いたい事は皆に伝わる。

 ゲロゲーロを始めとするグロガエルたちも、キング率いるカブトたちも、穴の傍に集まると一斉に攻撃を加えた。

 弾幕となった水球が傷口を抉り、キングたちの酸が肉を溶かす。


「ウオォォォォン……!」


 母ちゃんを思い出したのか、ユキが遠吠えした後に凄まじい火炎を吐き出した。徐々に炭化していくワニダコ。

 そして、最後は――


「これでとどめだ、【神矢2000】!」


 俺の放った光の矢が、ワニダコの口腔から内部へと入り、パァンと音を鳴らして頭部を爆散させる。そして、ユキの吐き続ける火炎が、ワニダコを炭へと変えた。


「ふう、どうにか終ったな」


 周りを見渡すと、皆が俺を注目していた。


 ――こういうのは苦手なんだが。仕方ないかぁ……。


 俺は右手の拳を天に向かって突き上げ叫ぶ。


「俺たちの勝利だあぁ!」


 途端に響き渡る大歓声。


「ケロケロケロ!」

「ゲロゲロゲロ!」

「ギチギチギチ!」

「ウオォォォン!」

「ギョギョギョ!」


 皆の歓声は大合唱へと変わり、広場に、沼中に鳴り響く。


「ふう……ようやく終わったが、今回は俺達って結構やばかったよなぁ」


 ほっと安堵のため息を吐き出し、天を仰いだ。


 ――ん、あれは?


 ワニダコの全身から漂い出ていた黒い霧状の物が、上空へとゆらゆらと昇り凝縮していた。それは丸くグネグネ動く塊に変わると、空の彼方へと飛んで行ったのだ。


「なんだ、今のは?」


 今のは何処かで見たような気がするが……。おれの記憶の奥底で何かが引っ掛かる。


『アレハ【深淵なる闇】ノ欠片。今ノマスターノ神力デハ滅スル事ガデキマセン』


 それは今まで何故か沈黙していた【叡智の指輪】の声だった。


 ――【深淵なる闇】だと……何だそれは?


 勝利にわく皆の歓声の中で、空の彼方に消えた不気味な塊に新たな不安を抱える俺だった。



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