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異界の魔神 【改訂版】  作者: 飛狼
1章 魔神誕生
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14.呪いの沼とカエルの合唱団(6)


 ユキの【地象操作】は足下の地形を変えることができる。だが、規模が大きくなるにしたがって、変化が終わるまでの時間も掛かるのだ。だから廃集落に到着してまず行うのは、戦いやすい場所の確保だった。


「ユキ、まずはこの辺りから沼まで更地にしてくれるかな」


 月明かりの下、俺は廃集落にある広場の中央に立つと、沼の方を指差しユキに指示を出していた。幸いな事に、ユキは当然の如く夜目が利く。俺も昼間ほどでは無いが、多少はレベルが上がったことによって、夜でも【神眼】と月明かりのお陰で、ある程度は見通せるようになっていた。神力ポイントを節約したかった俺には、これは非常に有り難い事でもあった。【神オーラ】を明かり代わりに使うと、頼みの綱でもある神力ポイントが激減するからだ。

 で、この広場だが――広場といっても、30メートルぐらいの大きさしかない。あのワニダコの体長は10メートル、いや、それ以上はあったかに見えた。俺は子供サイズだが、ユキも5メートルほどの体長はある。戦いで動き回るには狭く感じられ、もう少し広場を広げることにした。


「バウ!」


 ユキが可愛らしい鳴き声と同時に、前足を地面に叩きつける。と、足下が白く発光し、微かな振動と共に更地へと変わっていく。


 ――やはり、戦闘中には使えないか。


 戦いの最中に、ワニダコの真下に穴を開けてすぐに埋めてしまえばどうかとも思ったのだが、あれだけ光ってしまえば、相手も何かあると即座に覚ってしまうだろう。あまりにも、分かりやす過ぎるのだ。


 ――それに、時間も掛かるし駄目だな。


 範囲を1メートル程度に限定しても、地面が光り始めて地形が変わるまでに掛かる時間は数十秒。僅かな時間だが、戦闘中では致命的だと思う。あっさりと躱され、逆に、【地象操作】を発動させたことによって動きの鈍ったユキが狙われてしまうだろう。


 俺が考えを巡らしている間も、ユキは着々と、地面を平らな更地へと変えていた。障害となる樹木や生い茂る雑草の類いも、口腔から吐き出される【炎のブレス】で焼き尽くされ灰へと変えるのだ。


 それらの作業をを眺めながら、また考える。


 ユキの火炎は強力だ。しかし――元いた世界でも、火は全ての生き物に有効だったが、この世界ではどうだろうと。

 ここは魔法が存在するファンタジーな異世界。定番通りなら、水属性の魔獣相手に火のダメージを与え難いはず。やはり、念には念を入れて落とし穴作戦を実施すべきだだろう。


 というわけで、広場を綺麗な更地に変え、尚且つ倍ほどに広げていたユキに声を掛ける。


「ユキ、疲れてないか?」


「バウ!」


 元気よく返事するユキ。尻尾もブンブン振られ、まだまだ元気だとアピールしてくる。

 この辺りは前世の飼い犬と一緒だと思う。仕事を与えられた事が、よほど嬉しいのだろう。


「では、もうひと頑張りしてくれるかな。この辺りに大きな穴を開けて欲しいけど、いけるか?」


「バウバウ!」


 また元気よく返事するユキだが――楽しそうに前足を交互に素早く動かし、穴を掘り始めた。


「……いや、あの……【地象操作】を使って下さいね」


 ユキの天然ぶりに、がっくりと項垂れた。


 魔犬だけに、穴を掘るのが好きなんですかね。


 その後は細かく指示を出し、落とし穴を広げていく。穴底には先を尖らした杭を設置する。これは、ユキの地属性の魔法で固めたものだ。ガッチガッチに固めた杭は、表面は滑らかでまるで硬金属のようだった。

 痛そうな尖った先端を見てるだけで、お尻がきゅっと引き締まる。


「穴の大きさはこれぐらいで良いかな。後は――」


 落とし穴の幅や長さは、ワニダコがすっぽりと入るほどの大きさ。深さも10メートルを優に越える。結構巨大な落とし穴が出来上がった。

 最後は、穴の表面に薄い膜のような土板を作り蓋をする。

 作業の全てが終わった時には、既に夜もかなり遅くなっていた。


「ふぅ……ようやく終わったか」


 平らな更地となった広場に満足し、ほっと安堵の吐息を洩らす。

 と、何を思ったのか、ユキが俺をツンツンとつつく。


 ――だからぁ、本当に痛いって。つのは反則だから。


「ガウガウ!」


 何故か、ユキが心做し不機嫌そうに見えた。


 ――ん…………そうか!


「ごめんごめん、今回はユキが沢山働いたよね」


 どうやら、褒められたかったようだ。

 頑張った後はきちんと褒める。これが大事。肝心なことを忘れてた。


「そうだ! 休憩がてらにスイカでも食べに行こう」


 ユキの首筋を、わしゃわしゃと撫でながらそう言うと、途端に機嫌の良くなるユキ。


「バウバウ!」


 尻尾をパタパタ振って、早く早くと俺を引っ張る。

 

 ――単純で良かったよ。


 ユキの天然魔犬娘ぶりに呆れながら、果樹園へと向うことにした。



 果樹園に到着すると、寝転ぶユキにもたれ掛かり、一緒にスイカを食べる事にした。


「えぇと、ユキさん。さっきから、その尻尾が邪魔なんだけど……」


 俺がスイカに(かぶ)り付こうとする度に、尻尾をふりふりして邪魔をする。その都度、俺の驚く様子に「バウバウ」と喜んでいる。


 本当に何が楽しいのかね。


「ならば、反撃だ! 受けてみよ、種マシンガン! ぷぷぷ……」


 口一杯に含んだスイカの種を、口をすぼめて続けて吐き出す。たちまち顔中を種だらけにするユキ。


「ガウガウ……」


 よほど気になるのか、前足でガシガシ擦って取ろうと必死になっている。それを見て、俺は大喜びで笑い声を上げていた。


 ワニダコとの決戦を前に不謹慎だと思うが、思い詰めていても仕方がない。いや、逆に高まる緊張に心を昂らせて、妙にテンションを上げていたのかも知れない。或いは、ユキは母親の仇を討つため、俺は前世を含め初めての争いに不安だったのだと思う。だから、何時も以上に調子に乗って、俺たちは陽気に騒いでいたのかも。


 そんなバカ騒ぎをする俺たちだったが――ふと、視線を感じて頭上を見上げた。傍にある樹木の枝の上にいるのは、この果樹園を棲家にするカブトだった。「ジジジ」と鳴きながら、此方をじっと窺っていた。


「キング、お前もこっちで一緒に食べるか?」


 キングは、俺が勝手に名付けた名前。だって、カブトは昆虫の王者だから。前世の日本では男の子の憧れだった。中にはクワガタが良いって言う奴もいたが、俺は断然にカブト派だ。小学生の頃には、近くの山によく取りに行ったものだ。

 すっかり仲良くなり、お互いを認めた――俺が勝手にそう思っているだけなのだが、今では果樹園に訪れても、お互いを気にしない存在になっていた。


 食べ掛けのスイカを半分に割り、少し離れたとこに置いておく。すると、キングは此方に飛んできてスイカを食べ始めた。


 ――キングに乗って、空とか飛べたら楽しいだろうなぁ。


 もう少し仲良くなったら背中にも乗せてくれるかもと、キングの食事する姿に和みつつ思った。

 

 ――あ、そうだ、キングにも言っておかないと。


「朝になったら、沼の方で派手な戦闘があると思う。だから、どっか他所に避難をしてた方が良いと思うよ」


 言ってる事は分からないだろうけど、一応は言っとおかないと。多分、迷惑をかけると思うから。


 だがやはり、俺の言葉は分からないのだろう。キングは一切の反応を示さず、「ジジジ」と鳴きながらひたすらスイカを食べていた。


「ま、良いかぁ。ほっといても、騒ぎになればどこかに逃げるか」


 ユキも、さすがに昆虫とは会話できないみたいだった。


 その後、何時いつしか俺たちは、少し微睡まどろんでいたようだった。

 まぶたに感じる光で、ハッと目を覚ます。

 気が付くと、いつの間にかユキの毛皮に包まれていた。どうやら、眠り込んだ俺をユキが守ってくれてたみたいだ。その事に、感謝をしつつ空を見上げれば、夜もすっかりと明けて白み始めている。周りを見渡すと、キングもどこかに飛んで行ったようで、居なくなっていた。


 ――上手く避難してくれてれば良いけど。


 俺が目を覚まし少し身動ぎすると、ユキも直ぐに目を覚ました。

 何時もは起こそうとしても中々起きない、とても野性の獣だと思えないユキなのだが、この日ばかりは違った。やはり、ユキも緊張して眠りが浅かったのだろう。直ぐに起き上がると、ぶるぶると体を震わせ伸びをしていた。


「ありがとう。眠ってる間、守ってくれてたんだな」


 ユキの頭を撫でると、鼻面を押し付け甘えてくる。しばらく、そうして時間を過ごしていた。しかし、視線は沼の方向から逸らさない。

 ゲロゲーロたちからの合図を待っているのだ。

 それから30分ほど経った頃だろうか、突然、


 ――ドパアァァン!


 沼の上空に、巨大な水球が打ち上げられ、轟音を響かせ弾けた。そして、塔や沼に豪雨のような水飛沫を撒き散らす。


「あれは、水属性の魔法か?」


 それはまるで、盛大な水の花火のようだった。


 誰にでも分かる報せを送るとゲロゲーロ氏は言っていたが、何とも派手な合図にしたもんだ。

 しかし遂に決戦が始まるのだと、気持ちを切り換えるには十分なものだった。


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