13.呪いの沼とカエルの合唱団(5)
で、次の日の朝早く塔に訪れたのは、やはりこいつだった。
「ゲロゲーロ、ゲロ」
塔の階段をヒョコヒョコ飛び跳ね上がってくると、俺の前でペコリとお辞儀するゲロゲーロ氏。見た目がカエルぽい生き物なだけに、胡散臭いことこの上なく感じてしまう。昨日もこのゲロゲーロ氏が代表者だったので、当然といえば当然なのだが。何だか釈然としない。
――そういや、昨日は驚きのあまり、細部まで観察していなかったなぁ。
ゲロゲーロ氏を観察すると、昨日見た他のグロガエル(妖精)たちと違い、丸々と太って、まるで直径が五十センチぐらいの大きさをしたボールのようだ。
思わず蹴ってみたくなるが、そこは我慢しておく。
――けど、背中の鱗は甲羅のようにも見えるし、頭に皿でも乗っけたら河童のようにも見えるよなぁ。
俺がそんな事を考えてる間に、ゲロゲーロ氏はユキにもペコリとお辞儀していた。
そんな訳で、俺とユキとゲロゲーロ氏とで改めて相談を始めたのだが、やはり支障となるのは俺が会話できないことだ。
だから、直ぐに集中力の途切れるユキを介した話し合いは、かなりの困難を極めた。
ゲロゲーロ氏からユキへ、ユキから俺へと話の内容をイメージにして送ってもらうのだが、相も変わらず変な映像が間に挟まれ閉口させられてしまう。その上、途中で難しい話に飽きてしまったユキが、甘えて戯れ付いてきたりと散々だった。結局、沼の現状を把握するのに半日も掛かってしまったのだ。
――ユキさんも主役のひとりだから、真面目にやろうね。
で、分かった内容は、俺が想像していたのと大して変わらなかった。
曾ては、この沼には数千を数える水の妖精が暮らし、この世の春を謳歌してたらしい――未だに俺は、水の妖精と納得できないが。
とにかく、そこへ数年前に突如現れたのが、あのワニダコと俺が名付けたテンタクルリザー。それからはグロガエルたちは狩られ続け、今は2、3百を数えるしかいないらしいのだ。彼らも黙って狩られていただけではない。何度も戦いを挑んだようなのだが、同じ水属性であるテンタクルリザーには妖精の能力は通用せず、その都度、大きく数を減らしたらしかった。今は隠れ潜み、何とか難を逃れていたのだとの話だ。
しかし、この十日ほど前からは、何故か更に狂暴化したテンタクルリザーによって、隠れ潜んでいる仲間たちも見付け出され、次々と狩られてるとの事だった。
そこで、ゲロゲーロ氏が先頭に立ち、種族の存亡を賭けた決戦を挑もうとした矢先に、俺達が現れたという訳だ。
――だからなのだろうな。
俺は昨日のグロガエルたちの様子を思い出す。俺やユキの一挙手一投足を見逃さないと、じっと注視していた。その有り様は不気味ですらあった。それだけ必死だったのだろうなと思う。
――それにしても……十日ほど前から狂暴になったか。
俺がこの世界に現れたのは1週間ほど前。それと少し日数はずれるが、俺の影響なのかもと勘繰ってしまうのは否めない。もしそうなら、ユキの母ちゃんが襲われたのもその影響なのかも……それは考え過ぎか。
俺は自分の考えを否定するように首を左右に振っていた。
これで、この沼の現状は分かったが、問題なのはこれからだ。
俺に鼻面を押し付け甘えるユキを眺め、ワニダコとの対決を明日に設定したのは早まったかと後悔するが、もう遅い。もう少し、グロガエルたちとの連携も含め話を詰めてからとも考えたが、所詮は種族も違うしユキ無しでは会話もできないのだ。上手く連携などできるはずなど無い。
逆に勢いのある今の方が良いだろうと、対決は明日のままにしておいたのだ。
それで、俺達は作戦についても相談することにしたのだが……本当に通訳とかできないよね、ユキは。簡単な作戦を決めるだけで、夕刻まで掛かってしまったよ。
因みに、イメージのやり取りをしていて分かった事なのだが。
ゲロゲーロ氏が、ユキと言葉を交わせる事に驚いていたのだ。本来は魔獣であるユキと、妖精種であるゲロゲーロ氏とは会話など出来無いはずとのことだった。どうやらユキは、転生したお陰で知性ある妖精たちとも、意思の疎通ができるようになったみたいなのだ。実際は、お互いの言ってる言葉が分かる訳でなく、何となく分かるといった程度のものだが。
――祝福を与えた俺が会話できないのに……納得できないぞ。
それも、封印されてる所為なのだろうけど。それに、ゲロゲーロ氏とはあまり話をしようとも思わないので、これで良しとする。
とまぁ、そんな訳で、細かい打ち合わせも出来ず、連携も上手くいきそうに無いので、簡単な作戦だけを立てた。
決戦の場は、塔から延びる対岸にある廃墟となった集落。あそこには思う存分戦える広場もある。それにユキの暴走のお陰で、広場へと至る道もあったからだ。
意外とユキの暴走も役にたったなと思うが、ここでユキを誉めるとまた暴走が始まりそうなので自重する。
そして、当のワニダコだが、いつもは沼の底を棲家にしているらしい。が、朝夕には食事の為にと沼の水面近くに上がって来るらしいのだ。
俺たちが見掛けたのも、そんな時刻だったのかも知れないな。
そこで、彼らグロガエルの中から選ばれた精鋭たちが、囮となったり追い立てる等して廃村に誘い込む。残りのグロガエルたちは、沼に戻ろうとするのを牽制してもらう。俺とユキは廃村で待ち構え、後は総掛かりで仕留める。
至って簡単な作戦だが、上手く連携の取れない俺たちには、これでも上出来だろう。
そうそう、ユキの地形操作で前もって、広場の中央辺りに落とし穴を造ってもらうのも良いかも知れない。穴底には、先の尖った槍のような物を設置するのも有りだな。
俺とユキは水中では戦えないが、地上にさえ引きずり上げる事さえ出来れば――俺の【神矢】とユキの能力で、十分に仕留めれるはずだ。あのワニダコがいくら凄い怪物でもな。
しかし、これだけでの説明するのに、まる1日も掛かったよ。言葉って本当に大事だと感じた1日だった。最初に言葉を考えた人は、本当に凄いと思う。
あと、囮とか言い出したのはゲロゲーロ氏からだった。ワニダコを陸上に上げる方法はないか尋ねると、彼から囮になると言い出したのだ。精鋭を集め彼が先頭に立つそうだが……意外とグロガエルたちの中では、イケメン系なのかもな。勇気があると感心はするが、途中でその濁声に何度もイラ付いたのは内緒だ。
まぁ、今の俺たちに出来るのは、これで精一杯だろう。
それで、俺とユキは今から廃村に向かうことにした。色々と準備があるからだ。その後、そのまま待機して明日の決戦に備える事にする。
塔から外へ出ると、真っ先に向かうのは入り口横にある、ユキの母ちゃんの墓前。
――ユキの母ちゃん、ごめん。先に謝っておくよ。本当はユキを止めるべきだったかも知れないし、ユキの母ちゃんもそれを望んでたかも知れないけど……俺は協力する事にしたよ。だから、勝手なようだけど、俺たちの無事を見守っていて欲しい。
俺は墓に向かって頭を下げると、ユキを優しく撫でてやる。
「バウ!」
何を母ちゃんに言ったのか知らないが、ユキが偉く気合いの入った返事をした。
仇を絶対に取るとでも誓ってたのかもな。
俺はユキの返事に軽く頷き、ユキを促し廃村へと歩き始めた。
すると――。
「ケロケロケロッケロ――」
小道を挟む両側の水面から顔を出したグロガエルたちが、大合唱を始めたのだ。
俺達を激励している積りなのか――頼むぞとか、頑張れとか言ってるのだろう。
ユキも任せておけとでも言っているのか、「バウバウ」と元気良く答えて喜んでいた。
そうだな。これはもう、俺とユキだけの問題ではない。沼の平和を守るためでもある戦いなのだ。
俺は気持ちを新たにして、対岸へと歩み始めた。




