12.呪いの沼とカエルの合唱団(4)
場所を塔の2階に移し、この世界で妖精と呼ばれる者達と俺は会談を行っていた………はず?
というのも、俺が座っている前で、妖精の代表ゲロゲーロ氏(俺が勝手に命名)とユキが何やらやり取りをしているのだが、俺にはさっぱりで完全に蚊帳の外だからだ。
ユキが「バウバウ」と吠えると、ゲロゲーロ氏が身振り手振りを交えて「ゲロ、ゲロゲーロ」と…………あれ!
――ちょっと、待て。
お前ら何気に会話が成立していないか。
おかしいだろ。もしかして、俺だけ分かんないとか……嘘おぉぉぉ!
と、こんな感じで、俺をそっち退けにして2匹で会話をしているのだ。何やら話も弾んでいるようで、まるで近所に住むおばちゃんの井戸端会議のようだ。
俺には2匹が話す内容が分からず、さっきから手持ち無沙汰で眺めるしか出来ない。
だから、
「……暇だ…………ふあぁ」
いつしか眠りこけていたのだが…………ん、ちくちくと背中が痛い。
そして、今度はユッサユッサと体を揺すられる。
――むぅ、何だよ。
気持ちよく寝ているのに。
誰かが俺を起こそうとしていた。重たい瞼を、ちょっとだけ開ける。
「…………うおっ!」
目の前に迫るのは、真っ黒な捻れた角。驚ろき慌てて飛び起きた。でもそれは、ユキの額から伸びる角だった。
――今、絶対に、俺をブスリと刺そうとしていたよね。
幾ら俺が不死身でも、痛いものは痛い訳で。
本当に止めて下さい、ユキさん。そんな危ない起こし方は。
欠伸をひとつ噛み殺した後、周りを見渡しギョっと驚く。グロガエル達が、俺を中心に取り囲み此方をじっと注目していた。
そうそう、こいつらの事をすっかり忘れてたよ。
――ん、数が増えてる?
2階の広間は、詰めかけたグロガエルたちによって、びっしりと隙間なく占拠されていた。
――ちょっと怖いかも。
そして、俺が発した驚きの声に反応して、グロガエルたちが一斉に鳴き始めた。
「ケロッケロケロゲロゲーロケロケロゲロケロ……」
「うおっ、何これ」
誰かが指揮をしてるかと疑うほど、ぴったりと声を揃えた鳴き声。まさにカエルの大合唱だ。
でも、広間の壁に反響して…………かなり煩いです。しかも、あの「ゲロ」の濁声も相変わらず――さっきまでよりも音量が増し増しで、イラつき度も増し増し。
ユキの横では、得意気な様子のゲロゲーロ氏が、濁声を奏でていた。
――だから、お前は止めろって!
で、そのユキなのだが、胸を反らし睥睨するかの如く首を巡らし、合唱するグロガエルたちを眺めまわしていた。
そして、
「バウバウ!」
ユキの声に、鎮まるグロガエルたち。その後、俺向かって一斉に頭を垂れた。
俺が居眠りしてる間に、ユキが指揮官に昇格していました。って、何をやったの、ユキ。全くもって意味が分かりません。
「……で、この状況を説明してもらえるかな?」
尋ねる俺に、ユキが小首をコテンと傾ける。
駄目ですよ。今回は可愛い仕草をしても、きちんと説明してもらいます。
ユキに近付き、お互いの角を重ね合わせる。会話は出来ないが、こうしてイメージを送ってもらえると、ある程度の状況が理解できると思ったからだ。
――しかぁし…………全然、意味不明。
ユキがイメージした映像はこうだ。
光輝く巨人な俺の前でひれ伏すグロガエルたち。
……ま、これは分からないでもない。ユキには俺がこう見えているのか、かなり強調されてデフォルメされているのだろう。正直、俺も何となく嬉しい。
が、次の瞬間にはいきなり場面が変わり、お花畑で「ウッフキャキャ」している俺たち。で、また場面が変わって、ワニダコに襲われてるグロガエルたち。そして、今度は沼の周りでデッドコースターな俺たち。何故か、俺はユキの背中に股がり大喜びしている…………そこは間違えないでね。俺は決して喜んでなんかいないから。ま、それは今は置いといて。
その後は、光輝く塔を見上げるグロガエルたち。そしてまた、お花畑で………………。
と、こんな感じでスライドのような映像が続くのだ。合間、合間に入る変な映像が、俺の頭を混乱させる。
真面目にやろうねユキさん。変なのが混じってるよ。
これで分かったのは、ユキには子供並の集中力しかないということ。良く言えば、朗らかな天然魔犬。悪く言えば、飽きっぽい馬鹿魔犬。それが、はっきりとした。
……俺たちの将来に不安を覚えるのは何故だろう。
でも、大まかな内容は理解できた。
グロガエルたちは、あのワニダコに襲われて困っていた。そこに、沼にある塔が光輝き、その中から現れたのが俺とユキ。何だか凄そうだから助けてもらおう。
と、多分こんな感じだろう。
塔が輝いた云々は、ユキに祝福を与えた時の事だと思う。この1週間、徐々に騒がしくなっていたのも、こいつらグロガエルたちが、それだけ追い詰められてたのかもな。
まぁ、同じ相手を敵にしているのだから、俺としても共闘するのは吝かではない。ユキもそう思ったから、こうまで積極的なのだろうし。この沼の情報を一切持たない俺には、逆にありがたいぐらいだ。
俺はそんな事を考えていたのだが――ふと、ユキを見ると、グロガエルたちに対して「バウバウ」と演説ぽい事していた。
何を言ってるのやら。なんだか洗脳してそうで、怖いんですけど。
グロガエルたちは――ゲロゲーロ氏は別にして。俺とユキがイメージのやり取りをしてる間も、今、ユキが何やら「バウバウ」と言ってる間も、ずっと身動きせず物音ひとつ立てず、俺達を見つめ続けていた。俺がちょっと動くと、グロガエルたちの視線だけが釣られて動く。
試しに体を左右にずらしても、体や顔を動かさず、視線だけが追い掛けて来る。それは、この階を埋め尽くす全てのグロガエルがだ。
何これ……不気味で怖ぇよ。ファンタジーな異世界じゃなく、ホラーな異世界に迷い込んだ気分だよ。
しばらくすると、ユキの演説? も終わり、どこか期待混じりの眼差しを向けて来る。それは、この階にいるゲロゲーロ氏を始めとした妖精たち、全てが同じだった。
「…………まさか、俺に何か言えとでも?」
「バウ!」
どうやら、そのまさかのようだ。
俺って、一応は魔神をやってるけど、中身はただの引っ込み思案の青年だから。大勢の前で意見を言うのは、苦手なんだよね。やっぱり、言わないと駄目かな。
どうしようかともじもじする俺に、ユキの期待のこもった視線が突き刺さる。
うぅ……仕方ない。適当に何か……。
俺は【神オーラ】を全開にして背負う。そして、徐に右手を天に向け高々と差し上げて、ゆっくりと周りを見渡した。
皆の視線が痛い。だが、ここは我慢。ゴクリと喉を鳴らし、厳かな調子で皆に語りかける。
「我は、異界の魔神也。汝らの願い聞き届けて、我は汝らに力を貸すとする。我が力を貸すからには、既に勝利は確実と知れ。決戦は2日後。心して懸かれ!」
言葉の意味が伝わったかどうか分からないけど、神様ぽく格好良さげに言ってみたが……。
一瞬、痛いほどの静寂が訪れた後、広間は爆発したかのような大歓声に、いや違った。大合唱に包まれたのだ。
やはり、【神オーラ】が効いたみたい。
その後、今日の所はユキに号令してもらい、グロガエルたちにはお引き取り願った。夜も遅くなったので、明日もう一度、代表者を交えてどうするか相談することにしたのだ。
そのグロガエルたちが帰る時の事だが、
「ガウ!」
ユキがひと声鳴くと、グロガエルたちは一列になり、沼に向かってきびきびと帰って行く。どこの軍隊ですかと、尋ねたくなるほどの規律正しさだった。
ユキは何を言ったのやら。ユキの目指す方向を問い質したい。まさか、魔王とか?
有りそうで怖いから止めて下さい!
グロガエルたちが帰り、ようやく塔にも何時もの平和な時間が戻ってきた。
「……今日は久々に疲れたなぁ」
俺は塔の2階でゴロリと横になり、「ほっ」と安堵のため息を吐き出した。今日起きた出来事は、完全に俺の許容量をオーバーしていた。
引っ込み思案で優柔不断な俺にしては、良くできた方だと思う。自分で自分を誉めたいぐらいだ。
「なぁ、ユキもそう思うだろ。俺は良くやったと……あれ?」
ユキの返事が無い。何時もは俺に引っ付いて離れないユキの気配も感じない。
「えぇと、どこ行った?」
心配になり、ユキを探すと直ぐに見付かった。塔から外に出たすぐ近く、入り口横でぼんやりと佇んでいたのだ。
「どうしたユキ、心配……」
言葉が途中で途切れた。何故なら、ユキが佇む場所は、ユキの母親を埋めた墓前だったからだ。
「…………ユキ」
悄然と佇むユキに、言葉を失ってしまったのだ。さっきまでの元気の良いユキは、かなり無理をしていたのだろうと思う。俺に心配を掛けたくなかったのかもな……。
俺はユキのそんな気持ちにも思い至らず、自分の事だけで完全に舞い上がっていたのだ。悄然としたユキを眺め、冷や水を浴びせられた気分だった。
映画やドラマなら、ここで気の効いた言葉を掛ける場面なのだろうが…………現実の俺にはとても無理な相談だ。だけど――ユキに歩み寄ると、その体をポンポンと軽く叩く。ユキがゆっくりと俺の方を振り返る。
「……頑張って、俺たちで仇を取ろう」
俺が言えたのはそれだけだった。
ユキが僅かに頷く。
それからしばらく、俺とユキは並んで墓前に佇んでいた。




