11.呪いの沼とカエルの合唱団(3)
俺達は塔の2階に戻り作戦を練る事にしたのだが、ユキはどこか落ち着かないでいた。
それも仕方がないと思う。仇を目にした後では。
だから傍に付いてやり、首筋を撫で続けていたが――ユキは何時しか、こっくりこっくりと居眠りを始めた。そして遂には、俺の横でスピースピーと寝息をたて完全に眠ってしまったのだ。
えぇと、一応はユキが仇討ちの主役なんだが。ま、良いかぁ。それだけ俺を信頼し、安心して寝てるのだろう。ならば、それに答えるためにも、何か良い作戦を考えないと。よし頑張ろう。
いつの間にか陽は傾き、外が薄暗くなっていく。どうやら、もうじき夜が訪れるようだった。
そして、俺はというと――元々が、前世も含めて争い事とは無縁に生きてきた草食男子。そうそう良い考えなど思い付くはずもなく、未だにうんうん唸りながら考え続けていた。
――うぅん、何か……そうだ!
こういう時に頼りになるのが――俺は人差し指にはまる指輪に目を向ける。
そうそう、俺にはこの【叡智の指輪】がある。色々あってすっかり忘れてたよ。
で、さっそく尋ねてみるが――。
「えぇと……【叡智の指輪】さん、何か良い方法は無いですかね?」
『…………』
あれ、反応が無い。もしかして、相手をしなかったから拗ねた?
まさかな。指輪相手に俺も何を考えてんだか。
首を捻りながらも、もう一度尋ねてみる。
「おぉい、聞こえてますか? 聞こえてたら、何か良い考えをお願いします」
『…………』
それでも、また反応が無い。
何だよ。分からないなら分からないと言ってくれよ。もう、肝心な時に使えない指輪だ。
さて、そうなると困ったなぁ…………それにしても、今日は一段と外が騒がしな。
少し不審に思い、俺は外の音に耳を傾ける。
よくよく聞いてみると、地の底から響くようなくぐもる不気味な鳴き声と、蛙に似た高い音程の鳴き声との2種類あることが分かった。
中でも特に、何時も聞こえる「ケロゲロ」と響く蛙に似た鳴き声が、今日は更に大騒ぎになってるような気がした。しかも、幾分この塔に近付いて来てるような気もする。
――もしかすると、あのワニダコが何かやってるのかも知れない。これは、早いこと良い策を考えた方がよさそうだ。
まずは、考えを整理してみよう。
あのワニダコは、ユキの母ちゃんを殺した仇。その棲家は塔を囲む沼の中にあると。で、俺達は水の中では戦えない。だから「ケロッゲロ」俺たちは奴を陸上に誘き寄せ「ゲロゲーロ」戦わないと危険「ケロケロケロ」だと思う。そこで「ケロッケロケロケローゲロ」作戦なのだが「ケロゲロケロゲロゲーロケロゲロユキのケロケロゲロケロケロゲロゲーロケロケロゲロケロ」
「だあぁぁぁぁぁ……! ケロケロと、うるさあぁぁぁい!」
思わず、外に向かって大声で叫んでいた。
中でも特に苛つくのは、途中で挟まれる「ゲロ」の濁声。おちおち考えをまとめる事もできない。
俺がぶつぶつ文句を言ってると、
「バアァァウ?」
俺の叫び声に反応したのか、ユキが欠伸混じりの伸びをして起き上がった。そして、俺に近づき尻尾をふりふり首を傾げる。
狂暴な容貌も見慣れたせいか、何だか可愛く見えてくる。
「あぁ……ごめんごめん。外があまりにも煩かったからね」
すると、ユキの耳がピクピクと忙しなく動いた。まるで、何かを聞き取るかのように。その後に、こちらに顔を向けてきた。
「バウバウ」
俺に何かを伝えようとしているようだが、何を言ってるのかさっぱり分からない。
「何々?」
聞き返す俺の事をじっと見詰めるユキ。が、次の瞬間にはさっと身を翻した。そして、近くにあった階段を下に向かって駆け下りて行く。
「えっと、何が……」
そこで、ハッと脳裏に閃く事が。
――まさか、またあのワニダコの元に!
そう考えると、今のユキの様子も意味深に思えてくる。
慌てて後を追い掛ける。が、階下に下りて――。
「ユキ!…………な!?」
そこで、俺は絶句した。
一階も二階と同じく何もない、だだっ広いだけの広間だった……さっきまでは。
時刻は後少しで陽が沈む夕暮れ時。陽の差さない一階は薄闇に包まれている。しかし、その闇は小さな黄色い光点に埋め尽くされていた。
「バウ!」
驚きのあまり、石像みたいに固まる俺の前に、ユキが現れた。
「ユキ…………」
声を掛けようとして、また驚いてしまう。
ユキが、何かを口にくわえ、俺の方に転がしたからだ。
それをよく見ると…………蛙?
蛙らしき生き物が、俺の目の前でちょこんと座っていた。
体長は50センチぐらい。蛙にしては、結構大きい。緑色した皮膚の表面はぬらぬらと粘性の体液に覆われ、その瞳は黄色い怪しげな輝きを放つ。大きく横に広がる口からは、長い舌がだらりと垂れ下がる。背中には硬そうな鱗が円く密生していたが、見ようによっては甲羅のようにも見えた。
……全体的には、蛙を醜悪にした感じ。見た目は、どこから見てもグロガエルだ。
前世では、さほど苦手な生き物はなかった。皆が毛嫌いする、台所等に蔓延る黒くカサカサと動き回るあれも、それほど苦にならなかった。しかし、ぬめぬめした生き物だけは別だ。
――気持ち悪いぃぃぃ……。
そこで気付く。まさか周りの光点は全て――背筋に、ぞぞぞと寒気が走る。
ユキを見ると、何故か得意気に胸を反らしていた。
「ユキは、俺に何をさせたいのかな?」
まさか、これを食べろとか言わないよね。一瞬、そんな考えが頭の中を過り、また背筋に寒気が走った。
「バウ!」
しかし、ユキがひと声吠えると、目の前のグロガエルが綺麗にお辞儀をした。
「ゲロゲーロ」
……え、何かしゃべってる?
「ゲロゲロゲーロ、ゲロゲーロ」
……もしかして、知性がある?
さすがは異世界。しかし、その前に言いたい事がある。
――お前かぁ! さっきまで俺を苛つかせていた濁声の持ち主は!
そんな俺の心の声を知ってか知らずか、目の前のグロガエルは何度もペコペコと頭をさげる。
それが、前世での営業回りしてた頃の、辛いサラリーマン時代を嫌でも思い出させた。
――止めろぉ!
お前は、俺に恨みでもあるのか。とことん苛つくやつだな、こいつは。
しかし、このグロガエルたちは……俺は【神眼】を使って、目の前のグロガエルを確かめた。
だが、種族名しか分からない。それが、妙に悔しい。
――くっ、こいつにも、俺は能力が劣ってるとでも……。
それで、【神眼】で分かった内容なのだが。
種族
<ケロピョン>
水の精霊が受肉し、生物へと変化した妖精種。
ケロピョンって……あまりにも見た目と違う可愛らしい種族名に、目眩がしそうだ。
違うぞ、断じて違う。お前達の種族名はグロガエルに決定だ!
それに、水の精霊が変化した妖精だと。おかしいだろ。普通は手のひらサイズの羽の生えた可愛い女の子が定番だろ。
この世界は間違ってる。
「俺は絶対に認めん!」
心の声が洩れだし、急に叫んでしまった。ユキが驚いたように、俺を見詰めてくる。
「……あ、いや何でもないです。こっちの事なので……」
しかし、妙な事になってきたな。
目の前には、ペコペコ頭を下げる蛙に似た妖精。周囲にも沢山の同じ妖精たちが集まり、俺たちを見守っていた。
俺は不可解な状況に、途方に暮れるしかなかった。




