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その6 魔法陣

 テオルが、オークション会場のようなその空間を見渡し、はっとする。


「まずい」


 そう呟くと、前でアニが振り返った。


「何だ?」


「この場所に、あいつは仕掛けを――」


 その直後、テオルたちに向けて、魔法で発生した太い水のドリルが四方八方から襲ってきた。

 空気を裂くような、水が旋回する唸りに似た音。


「躱せ!」


「きゃッ!」


 アニは咄嗟にリコへ飛びついて、テオルも前方へ跳んで、三人は攻撃を何とか回避した。

 空振りした水のドリルは弾けて消え、水しぶきが飛び散る。


「どこから攻撃してきている!?」


 アニがテオルへ叫ぶ。

 またしても水のドリルが、今度は真上から落下してくるかのように伸びてくる。三人はもう一度、間一髪でそれを躱す。


「あいつ、至る所に魔法陣を描いてやがる!」


 テオルがアニへ答えを返した。


「魔法陣?」


「魔法を補助する模様だ! 床や壁、天井にまで、この場所は魔法陣だらけだ! そこから攻撃されてる!」


「なるほどな」


 アニがネロの方へ向き、口をがばっと開けた。


「ガァッ!」


 そして、強力な龍の火炎を吐く。


 紅の閃光が迸り、火炎が着弾した客席の一部が、どろどろと赤く融解した。だが、肝心のネロは光魔法で、離れた魔法陣の所まで瞬間移動している。


「無駄だよ半龍」


「ふん。便利な魔法だが、いずれは貴様の魔力も尽きるだろう」


 アニがまた火炎を吐く。ネロはステージの上、テオルやアニたちのすぐ近くまで瞬間移動してきた。


「半龍、やせ我慢はやめなよ。私には君の魔力が見えている。魔法陣の補助がある私より、君の方が魔力が底を突くのは早い」


 その時、不意にリコがその両手を地面へ着いた。ネロの足元から、土魔法による岩の棘が隆起してくるが、バックステップで難なく避けられる。


「私もいるんだよ、バーカ!」


 舌を出して、顔の横で指をうにうにさせているリコの挑発に、ネロは涼しい顔で笑いを返す。


「君なんて戦力に入らないよ」


「なにー!?」


 ネロは、視界の端に動く影を捉えた。客席の通路を、テオルが走っていたのだ。

 ネロは杖の先をテオルに向け、そこから水魔法の散弾を放った。テオルは客席の後ろへ隠れて、攻撃をやり過ごす。


「ま、君はもっと戦力にならないけどね、魔法が使えない男。一人逃げるつもりだった? 別にいいよ、半龍さえ捕らえられればそれでね」


 テオルの足元に、魔法陣があった。指でなぞると、少量の白い粉が指に付着する。


「やっぱりな」


 テオルはそう呟き、ギロリと、客席の隙間からネロを睨んだ。


「さて、大人しくしてくれれば、こちらから危害は加えないのだが。おっと」


 再びアニの火炎がネロを襲い、光魔法でネロは移動した。

 テオルが、アニとリコの方へ駆け寄る。


「おい、あいつを倒すぞ」


「そうしたいが、やつの言う通り、私の魔力にも限度がある」


 アニがテオルの言葉に反論すると、テオルはアニとリコの腕を掴んで、自分の近くへ引き寄せた。


「作戦がある。俺の言うように動いてくれ。いいか――」


 テオルが何かを伝えた後、アニは頷いて、ネロへと視線を向けた。そして口を開いて、火炎を放出する


「――無駄だって言ってるだろう?」


 幾つもの水のドリルが、真っ直ぐに三人へ向けて突っ込んでくる。アニはリコとテオルを引っ張って、攻撃を躱させた。間髪を入れず、また火炎を吐く。

 今度は息継ぎをせず、瞬間移動したネロの方へ顔を振って火炎を吐き続けて、攻撃を継続させていた。


「やけになったかな?」


 逆方向へ瞬間移動したネロへ、今度はリコが火炎を放った。アニ程ではないが、充分強力な火力だ。

 次第に、オークション会場のようなその場所に、熱気が溜まり始める。

 ネロが、最初と同じように客席の背もたれの上に立ち、ため息を零した。


「全く、大したものだね。本来は、私たち『ギリカ兄妹』にたてついた連中は罰されると、この国の法で定められているんだけどね」


 アニとリコは、火炎での攻撃を緩めない。ネロは呆れたように言霊を口にし、瞬間移動でそれを躱す。


「大したもんなのは、この国とその法の方だろ。だから、高飛車女がつけあがる」


 テオルの言葉を聞いて、ネロが彼に視線を向ける。


「つけあがっているのは、君だ。何の力も持たないくせに。今も、私に何の手出しも出来ないじゃないか――」


「そう言うお前も攻撃の手が止まってるぜ。躱すことで精一杯か」


「いいや、必要がないんだ。私が手を下さなくても、もう少しで半龍たちの魔力は枯れてしまうからね」


 違う方向から、ネロの声が聞こえてきた。アニがまたそちらを振り向いて、火炎を浴びせる。ネロは光魔法でそれを躱す。ずっとこれの繰り返しだ。ただ、ネロの言うように、アニとリコの魔力はどんどんと限界に近づいていっていた。

 

「もう少しか」


 テオルの呟きと同時に、アニとリコの吐く炎の火力が上がった。炎は白く輝き、空気を焦がす。だが、ネロを捉えることは敵わない。

 とうとう、アニとリコの持つ魔力がほとんど尽きてしまった。


「げほっ!」


 アニが、咳とともに血を吐いた。


「あーあ。魔力を使い過ぎだよ」


 ネロはそれを見て、高飛車に笑う。そして、テオルたち三人に、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「お、お兄ちゃん」


 リコの不安そうな目を見た後、テオルは周囲を見渡した。


「大丈夫だ」


 そう、リコに返す。

 直後、ネロへ向け、またしてもリコの口から火炎が放たれる。それが、最後の一吹きだ。

 当たり前のように、ネロが瞬間移動の光魔法を発動させようとする。――だが。


「えっ」


 魔法が、発動していない。瞬間移動は出来ず、ネロの体はそこに残ったままだ。リコの炎が目の前にまで迫る。

 ネロは寸前で横へ転がって、炎を避けた。


「普通に、避けた?」


「やった。作戦通りだ」


 テオルがリコと、うずくまっているアニの肩に手を置いた。


「何だ、どういうことだ今のは――」


 魔法を、確かに発動させたはずなのに。焦るネロは、テオルを睨んだ。


「もう魔法陣は使えねぇ」


「――何故だ!?」


 今度は水魔法を発動させようと試みるも、先ほどまでのように水のドリルは生まれず、どの魔法陣も沈黙している。


「これで最後だ」


 そんなネロを、顔を上げたアニの視線が射抜いた。

 アニの体が、変化する。黒い鱗で全身を覆い、太い尻尾と大きな翼を生やす。そうして、小さな「黒い龍」と化したアニが、四本の力強い足で地面を蹴って、唸りながらネロへ向けて加速する。


「発動、しない――くそッ!」


 またも瞬間移動に失敗したネロは、顔を歪めて、杖の先を突進してくるアニへ向けた。


「遅い!」


 攻撃魔法の発動よりも速く、黒い龍と化したアニの片腕がネロを掴む。そして、ネロに一切の抵抗を許さず、アニはそのままネロの体を地面へと叩きつけた。

 ずん、と重い音が響き渡る。


「かっ、はっ」


 生身の人間には、充分過ぎるほどのダメージだ。勝負は、ついた。

 アニはネロの体を離し、するすると体を縮ませ、元の人間の姿へと戻った。


「どうだ。魔力は尽きたが、私たちの勝ちだ」


「半、龍。いったい、どんな、小細工、を」


 ネロが辛うじて、言葉を繋げる。

 テオルとリコも、倒れているネロの側へ近寄ってきた。


「お前が魔法陣を描くために使った素材は、元は『紫草原しそうげん』って名前の粉だ」


 テオルはネロのすぐ隣に立って、説明をし始めた。


「それが、何、だ?」


「魔法陣を描くために使われる素材は三種類あるが、お前が使ったこの『紫草原』は、水には強いが、熱に弱い」


 ネロの目が見開かれる。


「龍の、炎、で」


「ああ。アニとリコがずっと吐いていた炎は、躱されはしていたが、この空間に熱を溜めてた。魔法陣を溶かす程のな。もうどの魔法陣も溶けて形を崩してる。魔法なんて発動しっこねぇ」


 最初からテオルはこの状況を狙っていた。だから、アニとリコにずっと火炎での攻撃をさせていたのだ。躱されると分かっていながらも。


「く、ふふ。私の、負けか」


 ネロが喉の奥から絞り出すようにして、笑った。

 そのとき。大きな破壊音をたて、建物の入り口に近い方の観音開きの扉が壊された。全員の視線が、そちらに集まる。

 扉の先から、一体のトロールが、オークション会場のようなこの空間へとのっそりと入ってきた。


「トロール」


 テオルは目を細める。


「私やリコに、もう抵抗する力は殆ど残っていない。やり過ごすぞ」


 アニの言ったことは最もだ。

 トロールはすぐにテオルたちに気づき、ゆっくりと近づいてきた。その体重で、足をかけられた客席が次々に潰れていく。

 テオルたち三人は、トロールを避けるように客席を迂回して、出口の扉へ歩いていった。トロールは一瞬だけテオルたちに顔を向けたが、すぐにまた視線を正面に向き直した。その先には、倒れているネロがいた。


「助けないぜ」


 テオルがネロに語りかける。それを聞いて、ネロはやはり笑った。


「必要、ないよ」


 ずしり、ずしりと、トロールがネロへと迫る。野太い唸り声が聞こえる。


「リコ、行くよ」


 複雑な表情を浮かべているリコの背中を押して、アニがリコと共にその空間の外へと出た。だが、テオルは扉の前まで来ると、もう一度ネロと、トロールの方を振り返る。


「洞窟の皆を、殺しただろ」


 誰にも聞こえないような声量で、呟く。


「仕方ねぇ。その報いだ」


 そして、ネロから視線を外し、テオルも外へと去っていった。


 残されたネロは、熱気で歪むトロールの姿が近づいてくるのを、じっと見ていた。もう、魔法を使う力は残っていない。

 やがて、トロールがネロのすぐ側まで来て、足を止める。


「オォウゥウ」


 トロールの二本の腕が、振り上げられる。

 ――ネロは、ずっと笑みを浮かべたままだ。


「ごめんね、お兄様」


 掠れた声。


 コンマ数秒後。振り下ろされたトロールの腕が、鈍い音を轟かせた。

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