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その5 衝突と救出

「抗ってみろ」


 にたりと笑うネロは、いきなり攻撃魔法を発動させた。構えた木製の杖の先から、水の散弾が撃ち放たれる。


「う、おっ」


 アニはテオルを引っ張り、人間離れした反射神経と運動能力で、横へ跳んで攻撃から逃れた。

 どうやら、テオルを狙った攻撃だったようだ。外れた散弾が当たった石柱の表面が、粉々に砕かれる。


「やつか、リコをさらった魔法使いは」


 アニが、攻撃を躱した衝撃で倒れるテオルの耳元で呟いた。


「あぁそうだ」


「お前を殺すつもりだったな、今の魔法。倫理とやらはまだ私にはよく分からんが――やつには容赦はいらないな?」


 アニの口元から、炎がこぼれる。その横顔は、変身していないにも関わらず、龍のようにも見えた。


「いらねぇよ。好きにやってくれ」


「承知した」


 その会話が聞こえたのか、ネロがふふっ、と笑う。


「言うねぇ。ちなみに君は、リコちゃんのお姉さんかな? 同じ魔力の溜め方をしているものね。リコちゃんを助けにここまで追いかけてきたのなら、とっても泣ける話だね ――」


 天井へ撃って周囲を照らしている光の球を、ネロは今度はテオルたちへ向けて撃ってきた。強力な光で、視界が封じられる。

 そしてその光の奥からは、迫る別の魔法攻撃の気配があった。テオルが危機を感じ取ったとき、またしても体が引っ張られる。アニが攻撃を回避させてくれたのだろうが、テオルを掴む腕は、先ほどよりも巨大で、力強い。

 ネロが目くらましに放った光はすぐに消え、ネロが伸ばしてきていた水の触手の存在にテオルは気づいた。そして、それを回避させてくれたアニが、一瞬で黒い龍の姿に変身していたことにも。


「何と、そんなことができるんだね!」


 ネロは龍の姿となったアニを見て、表情を輝かせている。


「すまんアニ!」


「貴様は、そこから動くな!」


 その言葉の直後。アニの口から、側のテオルでさえ熱で焦げてしまいそうなほどの、強力な火炎が吐かれた。火炎は真っ直ぐにネロへ向けて空中を飛んでいく。

 ネロは、かつて洞窟でリコの火炎を防いだ水魔法の防御膜を目の前に張った。火の攻撃魔法とは相性の良い、水の防御魔法だ。――だが。

 アニの放った火炎は、その水魔法の防御膜を、いとも容易く貫いた。


「なッ――」


 ネロが別の手を打つ暇はなく、火炎は、そのままネロの右手を呑み込んだ。水の防御膜は掻き消え、ネロは後ろへと倒れる。


「やった?」


 大きくなったアニの背中の後ろから、テオルはそれを見ていた。

 天井で周囲を照らしていたネロの光魔法が、短い音を伴って破裂し、消えた。


「うああ、あああ!!」


 再びの薄暗闇の奥から、右手を焼かれたネロの叫び声が聞こえてくる。


「死んではいないな」


 のそり、とアニが四足歩行で、ネロへと近づく。


「ああ、う、ふふ! やってくれたねェ、半龍ゥ!」


 力の篭った、ネロの声。その声のすぐ後、今度は呟くような声量で、「勝負はお預けにしよう」と、ネロが言ったのをテオルは聞いた。

 アニが声の場所へ到達したときには、ネロの姿はそこには無かった。


「逃げた――ようだ」


 テオルの方を振り返り、アニが人間の姿へと戻っていくのが、ぼんやりと見える。


「上々だよ。凄ぇな、あの魔法使い相手に一方的とは」


「いや、取り逃がすと面倒なやつだったかもしれん。先を急ごうテオル」


 二人のすぐ前には、大きな扉があった。ネロは、ここを守るように待ち構えていたのかもしれない。

 二人は、扉を開けた。


「ここは」


 相変わらず薄暗いが、扉の先には、オークション会場のような空間があった。少し低い場所にステージがあり、それを囲うように、徐々にせり上がった客席が半円状に配置されている。


「まさかこの地下、奴隷市も兼ねているのか?」


 嫌な想像が、テオルの頭をよぎる。奴隷として各地で捕らえられた生き物を、ここで競売にかけるつもりで作った空間なのではないだろうか。


「ここの用途など知ったことではない。傍に扉があるな。先へ進むぞ」


 ステージの横にあった扉を抜け、テオルたちはさらに奥へと進んでいく。少し華やかだったオークション会場らしき空間とは打って変わって、その先はびっくりするほど無機質で、陰鬱な空間だった。湿気に満ち、すぐ前もよく見えないほど暗い上に、道幅が狭い。しかも目を凝らすと、壁だと思っていたところは、檻となっていた。

 ここは、いくつもの檻が連なった牢獄空間だったのだ。しかし、どの檻の中も空っぽで、生き物の気配はまるでしない。テオルたちは早足で歩きながら、檻の中を一つ一つ調べていった。


「テレパシーが戻ったりしてないか?」


 テオルがそう訊くも、アニは首を横に振る。


「むしろ、テレパシーを妨害するような『何か』は、最初よりも強くなっている。残念だが使い物にならん」


「そっか。おい、リコ!! いるか!? いたら返事をしてくれ!!」


 テオルの叫びがこだまする。

 ――すると。


「――ゃん? ――いちゃん」


 微かな声が、通路の奥から聞こえてきたような気がした。テオルははっとする。


「おい、今」


「ああ、私にも聞こえた。呼びかけを継続しろ」


「リコ、いるのか!?」


 二人は走って、声の所へと辿り着こうとした。


「お兄ちゃん!」


 やがて、声はしっかりと聞き取れるほど近くから聞こえてきた。紛れもない、リコの声だ。


「テオルお兄ちゃん!」


 そしてとうとう、何の隔たりもない所から声が聞こえてきた。目の前の檻の中に、誰かがいる。暗くて、はっきりと見えはしないが。


「リコ! お前だな? そこにいるんだな!」


「テオル、お兄ちゃん。どうして」


「助けに来たんだよ。待ちに待ったお前の妹も一緒だ」


 アニが一歩前に出て、檻の鉄格子に手を掛ける。


「直接会えて嬉しいよ、リコ」


「アニ……」


「ここから出す。少し、離れてくれ」


 アニは檻の鍵の部分に手を当てた。ばきん、と音がして、鍵の部分は風魔法によって破壊された。檻の扉が開き、テオルとアニが中へと入る。

 リコは、何かに腕を背中で縛られ、座り込んでいた。


「リコ!」


「だめ、近寄らないで!」


 駆け寄ろうとした二人を、リコが制止する。


「どうしたんだ?」


 テオルは驚いて、理由を訊いた。


「私の腕を縛ってるものは、触れた生き物に絡みついて、そのまま縛り上げてしまうものなの! うかつに触れちゃダメ!」


 テオルはリコの後ろへ回って、腕を縛っている手錠を近くで観察する。


「なるほど、『百蔓はくつる』で作った手錠か」


 そう判断するや、テオルは何のためらいもなく、手錠に掴みかかった。


「え、お兄ちゃん! だからこれに触れたら――あ、あれ?」


 焦るリコの心配をよそに、テオルは「百蔓」の手錠の縛りを順調に解いていった。「百蔓」がテオルに絡みつく様子もなく、数秒で手錠は外され、リコは自由になる。テオルはその「百蔓」の手錠を、檻の角へと投げ捨てた。


「な、何で。聞いてた話と違う」


「こいつは、生き物の魔力に応じて動き、縛る力を強める植物だ。つまり、魔力を一切持たない俺には、何の反応もしないんだよ。悲しくもな」


 テオルはそう説明し、リコを立ち上がらせた。


「お兄ちゃん。何か凄いのか、凄くないのか」


「うるせぇな。ま、とにかくこれでお前は自由だぜ。あとは、帰るだけだな」


 そう言って、テオルがリコに笑いかける。その笑顔を間近で見て、リコの目には涙が。

 リコは、テオルのお腹辺りに顔をうずめて、泣き出してしまった。


「とりあえずは、良かったな。良かったよ」


「ぐすッ。アニ、アニぃ。助けに来てくれて、テレパシーに応えてくれてありがとうぅ」


 今度は、リコはアニにのしかかるようにして抱きついて、また泣き出した。


「問題ない。世界でたった一人の姉妹だからな」


「うえぇ、可愛い妹だぁ」


「言っておくが。私たちは人間の母親から産まれたが、最初は普通の赤ん坊と同じように腹から出てきた。その後、自分の意思で卵を作ってその中に篭るのだったな。卵から出たのはリコの方が早かったが、元々、母親から産まれたのは私の方が先だ。つまり、厳密には私の方が姉で、リコが妹ということになるよ」


「ふえぇ、そうなのぉ?」


 リコは顔を上げて、くしゃくしゃの泣き顔でアニを見ている。色々な感情が溢れている今は、そんなことを気にはしていなさそうだ。


「長話は後にするぞ。とりあえず、この陰気な場所から抜け出そう」


 三人は檻から出て、来た道を走って引き返す。


「おい、バテたのか。ノロいぞ」


「うるせぇな」


 アニが先頭を走るテオルを急かした。テオルは若干、運動不足気味のようだ。アニに言わせれば、だが。

 リコが、アニの隣でくすくすと笑う。


「アニ、初めて姿を見たけど、とっても綺麗だね。お人形さんみたい」


「リコもね。金色の髪がとても美しいよ」


 二人は肩を並べて走りながら、お互いを見て笑っている。


(切り替え早ぇ。若いんだなぁ)


 テオルが老人のようなことを考えていたとき、前方に光が見えた。

 三人は、牢獄空間を脱し、先ほどのオークション会場のような空間に戻ってきた。

 が。先頭のテオルの足が止まる。


「どうした」


 アニはテオルの横に出て、そこに待ち構えていた者と目を合わせた。


「やあ、待ってたよ」


 せり上がった客席の中断あたり、背もたれの上に立っていたのは――ネロだった。

 会場はライトアップされており、ネロの立つ場所を暗く見せている。だが、痛々しい火傷を残した彼女の右手は、はっきり分かった。


「またかよ」


 テオルが辟易へきえきしたかのようにため息を漏らす。


「もう失敗はしないさ」


 ネロが、笑みを浮かべる。彼女の体からは、空気を伝って感じ取れるほどの魔力が、溢れ出してきていた。

 アニが、一歩前に出る。


「ふん。あのままお家へ帰っていたら無事だったものを。消し炭にするぞ」


 挑発的な言葉を耳にして、ネロは笑う。


「ふふ、できるものなら、ね。ここで決着をつけよう、魔力の無い男と、忌々しき『黒い龍』の血よ」

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