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その4 奴隷置き場

 エル王国、とある建物の地下室。そこは、巨大な牢獄空間となっていた。一メートル先も目を凝らさなければ見えないほど暗く、湿気に満ちたその場所には、そこに居るだけで恐怖を植え付けられる。


「さて、リコちゃん。少しの間だけ、ここで待ってておくれ」


 王国の魔法使い――ネロが、既に檻の中へと入れられたリコに、鉄格子の外から語りかける。リコは震えながら、ネロを睨む。その頬には、くっきりとした涙の跡があった。


「あの男の前では、気丈に振舞っていたのにね。まぁ、これが『黒い龍』の血を引いてしまった、君の運命さ。私を恨んでも仕方ないよ」


 ネロは下等な生物を見下すかのように、無表情だ。

 リコの両腕は、「百蔓はくつる」という植物の根で作った、特殊な手錠で縛られていた。この手錠は触れている者の魔力に反応し、縛る力を強める。魔法を使おうものなら腕を絞め潰してしまうほど、凶悪な力を持っているのだ。

 リコの魔法は封じられているも同然。ネロを睨むことしかできない。


「では、君の『買い手』が見つかった頃に、また戻ってくるよ。それまで、出来れば気をしっかり持っておいてね」


 ネロはそう言って、リコの視界から姿を消した。


(テオルお兄ちゃんは、巻き込みたくない。魔法が使えないお兄ちゃんには、ここは危なすぎる。だから――)


 リコは必死に願った。そして、まだ見たことすらない自分の姉妹に、最後の願いを込めたテレパシーを送り続ける。


(お願い、助けに来て! アニ!)




「――見えたぞ!」


 龍の姿に変化し、上空を飛行していたアニがそう叫んだ。


「あれだな!」


 その背中にしがみつきながら、テオルもそれを視認する。国、と呼ぶには小規模な建物群。一人の英雄によって興された、まだ歴史の浅い国――エル王国。


「あそこの何処かに、リコがいるんだな!?」


「そうだ、テレパシーを感じる! 周辺に降り立つぞ!」


 誰にも見られないように、王国から僅かに離れた平野に着地したアニは、テオルを降ろし、龍から人の姿へと戻った。再び魔法で作った衣服で身を包み、テオルを先導して駆け出す。


 そして二人は、道行く人々で賑わうエル王国へと足を踏み入れた。発展しているとは言えないが、活気のある国だ。民族的な服を着た住人が殆どだが、ネロのように、一目で魔法使いと分かる外見をした者もちらほらと見える。


「場所は!?」


「西に見えるあの建物の――地下だな。地下にいるようだ」


 アニは走りながら、幾つかの住宅を隔てて見える石造りの建造物を指差した。洗濯物やカラフルな旗などで生活感、風情の出た住宅街とは対照的な、無表情な冷たい建物だ。

 テオルとアニは通行人たちを強引に掻き分け、急ぎ足で建物へと向かう。


「いって!」


 その途中。テオルが少年を突き飛ばしてしまった。少年は勢いで尻餅をついてしまう。


「悪ぃ!」


 テオルは少年の手を掴んで起き上がらせた。少年はこの国では珍しく、金属の装飾を首や手に着け、派手な身なりだ。富豪の家の子だろうか。ついでだと思い、テオルはその少年に質問をした。


「お前この国の、水色ローブの女魔法使いが何処にいるか知らないか? 水魔法を使う、とんがり帽子の――」


「ああ、それネロさんでしょ。今はたぶん、『奴隷置き場』に居るかな」


 少年は答えを返してくれた。あの魔法使いは国の名を背負って出張してくるくらいだ。国民にも知れ渡る有名人なのだろうというテオルの推察は正しかった。


「『奴隷置き場』ってのは?」


「あれ。あの建物だよ」


 少年がそう言って指差したのは、今まさにテオルたちが目指していた、リコが居るという石造りの建物だった。


「あいつもあの中かよ」


「それより『奴隷置き場』とは、不穏な言葉だな」


 アニが眉をひそめ、「行くぞ」とテオルを急かした。


「助かった、じゃあな。ありがとう」


 テオルは早口で少年に礼を告げ、その場を去っていった。少年は二人の背中を、首を傾げて不思議そうに見つめていた。


「――今話していた女魔法使いとは、リコをさらった者か?」


 走りながらアニがテオルに訊く。


「そうだ。お前、知ってたっけ」


「テレパシーで本人に聞いた。大体はな。今は、『何でテオルお兄ちゃんが来てるの!?』と喚いているぞ」


「便利なもんだなテレパシーは」


 建物を目指すにつれて、周囲から徐々に人気ひとけが引いていった。

 やがて、二人は目的の「奴隷置き場」の建物の前へと辿り着いた。住宅街からほど近い場所にあるにも関わらず、随分と陰気な雰囲気の漂う場所に建てられてある。


「ふー。入るぞ」


「ああ」


 乱れた呼吸を整えて、テオルが「奴隷置き場」の扉を開けた。

 建物の中は、外観からの印象通り、薄暗く不気味だ。僅かな照明に、カウンターの奥に立つ怪しい男性の姿が浮かぶ。


「いらっしゃいませ。えーと」


 にこりと笑みを張り付かせて首を捻るその男性に、テオルは詰め寄っていく。


「ここに、長い金髪の女の子が来ただろ?」


「はい? お客様、ライセンスの提示を――」


 テオルが、カウンターの机を両手でばんと打つ。


「長い金髪の女の子だ! この建物の、どこにいるんだ!」


「お客様、落ち着いて下さいませ。ここは会員制の、ただの美術館ですよ」


「あ?」


 男は、そう言って怒りと不信感を煽るように笑うだけ。

 後ろから、アニの短いため息が聞こえてきた。


「時間の無駄だろう」


 次の瞬間。気づくとアニは、カウンターの上に乗り立っていた。そして片足を振り上げて、そのまま男のみぞおちに強烈な蹴りを入れる。


「うぁッ」


 男は途切れた悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちた。


「手荒いぞアニ」


「優しく解決できる問題ではない。時間もない」


 アニがカウンターの上からふわりと降りる。テオルがカウンターの横の通路へ目を向けた、その時。

 建物の中に、派手な音の警報が鳴り響いた。倒れていた男が、カウンターの中の何かのボタンを押したのだ。


「ちっ。急ぐぞ!」


 テオルとアニは、通路の先へと走っていく。

 警報は、すぐに鳴り止んだ。しかし、今のは建物内に異常を知らせる役割のものだろう。早くしなければ、魔法使いや人外の怪物など、厄介なものが行く手を阻んでくるかもしれない。しかもここには、洞窟の生き物たちを惨殺したあのネロもいるのだ。

 無機質な狭い通路の左右にある扉が、視界に入っては消えていく。リコは地下にいると言うが、地下へ降りる階段などは一向に見つかりそうにない。

 ふと、アニが立ち止まった。テオルも足を止める。


「どうした?」


 アニは、片手を頭上へとかざす。


「地下に居ると分かってるのだ。ただ降りるだけでいいんだ」


 テオルは、アニが何をしようとしているのかを何となく理解してしまった。


「おいコラ待て――」


 テオルの制止も聞かず、アニは振り上げた手のひらで床を叩き、強力な風魔法を発動させた。

 耳を潰すような破裂音と、周囲の全てを押しのける突風。それがその風魔法の余波のようなもので、アニは風魔法によって、床を崩壊させていた。ひび割れが広がり、轟音を伴って、床は下へと砕け落ちていく。もちろん、その上に立っていたアニとテオルを巻き込んで。


(アホか!!)


 テオルは失った足場と浮遊感とアニの判断を恨めしく思いながら、心の中で叫んだ。


 ――十数秒後。地下空間にて、瓦礫の上にテオルは横たわっていた。顔を歪めながら目を開けると、腰に手を当てたアニが、けろりとした顔でテオルを覗き込んでいる。


「しっかりしろ。数メートル落下しただけではないか」


「お前、ふざけんなよ。こちとら魔法も使えないただの人間なんだよ」


 身体のあちこちで、痛覚が悲鳴をあげている。テオルは立ち上がるのに時間を要した。

 崩壊した瓦礫による粉塵も消え、視界がクリアになると、この地下空間が広く、地上階よりさらに薄暗い場所なのだということが分かった。等間隔に見える円柱に引っ付いた魔法の光が、唯一の光源だ。


「おかしいな」


 ふと、アニが呟く。


「何が?」


「テレパシーが通じなくなっている。この建物に入ってからだ」


 アニはそう言って、片耳を手で塞ぎ、目を細めている。


「まさか、リコの身に何かあったのか?」


「いや、おそらくそうではない。テレパシー自体が、別の巨大な『何か』に押し潰されているような、そんな感覚だ」


「相手側の妨害工作か?」


「かもしれん。しかしこれでは、正確な位置が分からない。しらみつぶしに探していくしかない」


 その時。


「オォウ」


 どこかで聞いたことがあるような、不気味なうめき声が、二人の耳に入ってきた。声の方に視線を向けると、その先の暗闇に、もぞもぞと動く幾つかの大きな影が。それらが、地を揺らしながら光源の近くまで這い出てくると、全身の痛みで歪んでいる顔を、テオルはさらに歪ませる。


「トロールか。三体もいやがる。とんでもねぇ所だなここは」


 目の前には、ノロそうだが筋肉質で、潰れた顔をした三体のトロールが立ち塞がってた。


「洞窟で見た怪物ではないか」


「アニ、退けられるか?」


 アニが、トロールに向けて両手をかざす。


「取るに足りん――」


 再び破裂音と、突風が。三体のトロールは、暗闇の奥まで吹き飛んでいってしまった。巨体が転がる音が、鈍く響いてくる。


「ッ、やっぱりすげェな。……お前、こんな魔法をいつ覚えたんだ?」


 テオルが当然の疑問を口にした。


「卵の外から、リコにテレパシーで教わった。勿論、実際に撃ったのはさっきが初めてだがな」


「頼もしい限りだ」


「それより、やはり邪魔者が巡回しているようだな。急ぐぞ」


 二人は、トロールを吹き飛ばした方向とは反対側へ走り出した。薄暗闇に浮かぶ光が同じ周期で尾を引いて、響いているのは二人の足音だけ。嫌な場所だ、とテオルは心の中でグチを零した。

 めぼしい扉や階段にもたどり着けないまま、地下空間を走りしばらく時が経ったころだった。


 ぽっと小さな音がこだましたかと思うと、天井に打ち上げられた強力な光魔法によって、辺りは途端に明るくなった。

 テオルとアニは、足を止める。


「おやおや、誰かと思えば。洞窟に居た君かぁ」


 高飛車な、聞き覚えのある声。二人の前に、その声の主が立っていた。


「テメェか」


 テオルが、彼女を睨みつける。

 水色のとんがり帽子とローブに、木製の杖。洞窟で、生き物たちを魔法の水に沈め、リコをさらって行った張本人。

 魔法使い、ネロだ。


「ふふ、遥々とこんな所まで。歓迎するよ。特にそちらの、もう一人の半龍ちゃんはね」


 ネロはアニに視線を向けると、にたりと笑って杖を構えた。

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