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その3 二人目の半龍

『なぁ、テーチ』


 テオルの脳裏に、ふと蘇る。偉大な変人魔法使い、テーチと旅路で交わした、とある会話が。


『何だ?』


『お前、何で俺を連れ歩くんだ?』


 幼いテオルには、テーチの考えが何一つ理解できなかった。そして記憶の中のテーチは、そんなテオルを嘲るかのように、ずっと笑っている。


『特に理由、ないねぇ』


『なんだそれ』


 テーチは僅かに声も漏らして笑う。


『でもテオル。お前は幸せ者だよ』


『え?』


 首をひねるテオルの目を、テーチが見た。


『私が考える人の幸せの定義は、無条件に自分のために尽くしてくれる人がいるかどうか、だ。それは例えば親であったり、恋人であったりかな。で、今のお前は私という尽くしてくれる人間を得ている。だから幸せなはずだ。……あるいは私は、その幸せを知らない捻くれたガキに、それを教えてやろうとしたのかもしれないなぁ』


 テオルはそれを聞いて、沈黙した。

 テーチの言いたいことは、子供ながらにテオルにも分かっていたつもりだった。しかし、同時にテーチの考え方を押し付けられたようで、酷く不快な気分になったことを、テオルは覚えている。




「テーチ。俺はやっぱり、あんたは間違えてたと思う」


 洞窟の奥へと歩いていったテオルの前には、リコが孵化を楽しみにしていた、あの白い卵があった。テオルは何か動機がある訳でもなく、その前に力なくゆっくりと座り込んで、言葉をこぼしていた。


「あんたは、俺の全てを肯定してくれた。それに大層な意味でもあるかのように。だから俺も、誰かにそうしてやりたかったのかもしれない。ただの自己満足かもしれないけど、あいつを、リコのことを肯定してやりたかった」


 テオルは俯き、握り締めた拳で地を打った。


「テーチ、あんたには、俺を守れる力があった。だから許される行為だった。だが、俺には――」


 テオルの体は震えていた。


「今になって気づいた。自分に尽くす人間を持っている者は幸せ。あの時、尽くしていたのは俺の方。幸せだったのは、あんたの方だったんだろう。そう、尽くしていたのはリコの方。幸せ、だったのは――俺の方」


 テオルは自分の両手を見た。ネロの作った魔法の壁を無造作に殴ったせいで、血まみれだ。まるで自身の無力を象徴しているかのよう。


「結局俺は、何も――」


『やかましい』


 その時だった。テオルではない、誰かの声が響いた。驚いたテオルは顔を上げて、辺りを見回す。

 そして、テオルはようやく気付いた。目の前の、「黒い龍」の卵に、ひび割れが入っていることに。以前には無かったものだ。


「まさか」


『くだらん。ウダウダ、ウダウダと……貴様はまだ生きている。やれることはあるはずだ』


 卵の亀裂は音を立てて増え、広がっていった。その音に混じって、ため息のようなものも聞こえた。


『あぁ、五月蝿うるさい者が、もう一人。【助けて、助けて】と、テレパシーで本当にやかましい。あいつはそんなに私を働かせたいのだな。仕方ない』


 卵の殻を覆い尽くした亀裂が、動きを止めた。


『出来の悪い【姉】を助けに行かねば』


 そして、言葉と共に、卵の殻は弾け飛んだ。テオルの目に、膝を抱え丸まった髪の長い少女のシルエットが、微かに見えた。


「うっ」


 卵が弾けると同時に生じた突風に押され、テオルは後ろに倒れる。

 少女がそっと両の手のひらを合わせると、散った卵の殻は光の粒となり、少女の元へと集まっていった。


(こいつ、もう魔法を?)


 そして。光に包まれた少女が、テオルの方へと歩み寄る。


「貴様が『テオル』とやらか」


 光は一瞬でかき消え、その中から、一人の少女が現れた。


「お前、リコの妹?」


 それは、リコよりも一回りほど成長した、人形のように美しい少女だった。今しがた魔法で作った純白のワンピースを身にまとい、腰まで伸びた銀髪からは人外の雰囲気を感じ取れる。肌は真っ白だが、手足の先端は黒い鱗で覆われており、ぎょっとするほど紅いその瞳が、今テオルを捉えていた。


「ふむ。話に聞いたより、覇気のない男だ」


 少女は尻もちをついているテオルをじっと見ている


(リコよりも、龍の「色」が強い)


 リコもこの少女も同じ人間と龍のハーフだが、どうやら顔を出した遺伝子の比重に違いがあるようだ。リコは人間寄り、この少女は龍寄りの生き物として生を受けたらしい。体がリコよりも成長しているのも、その影響だろうか。


「リコの想いで目覚めたんだな」


 テオルは立ち上がって、少女と改めて対面した。少女はテオルの三分の二ほどの背丈だ。


「おや、人間に見下ろされるとは屈辱的な」


(思想まで龍寄り。いや、そんなこと、どうでもいい)


 テオルは少女の紅い瞳を真っ直ぐに見た。


「お前、名はあるか?」


「一応、あいつが付けてくれた名前がある。アニ、という」


「アニ。リコを助けられるか」


「ああ。距離が離れていては会話は不可能だが、テレパシーで場所は分かる。すでに遠くに行ってしまったが、私なら充分追える」


 テオルはそれを聞いて安堵した。そして、拳を握り締め、懇願する。


「頼む、リコを助けてくれ」


 テオルの心からの思いだった。だが。


「貴様、ふざけているのか」


「ああ?」


「もう一度言うが、貴様にはまだやれることがあるだろう。貴様も共に来るのだ」


 テオルは呆然としたが――確かに、全てを丸投げして、ここで指をくわえて待っているのは我慢ならない。

 しかし。


「足手まといになるぞ。俺は――」


「知っているさ。魔法が使えないのだろう。だが足手まといになるかどうかは、努力と態度次第だ」


「態度、とはね」


 テオルは笑って、もう一度アニの瞳をしっかりと見た。


「分かった。洞窟の出口へは案内するから、そのまま俺も連れていってくれ」


「うむ。まぁ、いざという時の非常食にもなるしな」


「笑えねぇ」


 龍の特性が強いアニならやりかねないかもしれない。


「それは冗談として、すぐに案内しろ」


「ああ。出口は――」


「いや、そこではない」


「ん?」


 先導しようと歩き出したテオルが振り返ると――アニの腹が鳴った。


「食料庫か?」


「物分かりが良くて、何よりだ」




 洞窟の一角にある食料庫にアニを案内したテオルは、胡座あぐらをかいて無差別に食料をかっ食らうアニの後ろ姿を、腕組みをしながらイライラと見ていた。


(どんだけ食うんだ!)


 アニは人間で言えば二十食分ほどの食料を一瞬で平らげ、さらに食料に伸ばすその手は全くスピードを緩めていない。


「おい、お前生まれたてだろ。加減は分かってんのか」


「んむ」


 アニの空返事にため息をこぼしていると――テオルは、微弱な振動を足元から感じ取った。


「くそっ、間の悪いやつだ」


 テオルが頭を掻きながらつぶやくと、アニはリスのように食料を口いっぱいに頬張った状態で、顔だけ振り返った。

 直後。

 テオルの後ろ辺りの洞窟の壁を、野太い「腕」が突き破り、轟音と共に崩した。壁が崩れたその先から、その腕の持ち主の気配がする。


「オォウゥ」


 やがて、人間のものとは思えない不気味なうめき声を放ちながら、背の丸まった筋肉質の巨人――トロールが、姿を現した。


「何だこいつは」


 アニはトロールの巨体を眺めながら、まだ食べることを止めていない。


「怪物、トロール。こいつが地中に掘る巣穴は、ごく稀にこうして洞窟と繋がっちまう。ボンクラ野郎め」


「オゥン?」


 ハンマーで潰されたかのような顔をテオルとアニの方に向けたトロールは、のしのしと近寄ってきた。トロールは頭は悪いが、その怪力と凶暴性がとても難儀だ。


「おい、のけ」


 ふいに、テオルの後ろからアニの声がした。


「あ?」


「貴様がそこにいると邪魔なんだ。横によけろ」


 そう言うと、アニは頬張っていたものを一気に飲み込んで、口を開いた。嫌な予感がしたテオルは、言われた通りに横へと飛び退いた。

 次の瞬間。


「ガァッ!」


 テオルの予想通り。アニはその口から、火炎を吐いた。


「オ――」


 のろいトロールにそれが避けられるはずもなく、トロールの巨体は火炎にすっぽりと覆い尽くされてしまった。


「あッち!」


 火炎を発した時間は僅かだったが、アニのそれはリコが放ったものよりも何倍も強力なものだった。テオルは目を見張る。肌を焦がす業火が消えた後には、トロールの姿はそこになかったのだ。


(一瞬で、灰にしたのか)


「何だ、全力を出し過ぎたな。手加減を覚えなければ」


「ここまでとは」


 テオルの言葉を聞いて、アニは少し笑う。


「恐れいったか? 『黒い龍』をなめるなよ」


 アニはそう言うと食料をもうひと塊り飲み込んで、立ち上がった。


「さて。もう充分に腹も膨らんだな。待たせて悪かった、我が姉妹の元に向かうとしよう」


 すると。

 アニの背中、ワンピースの隙間から、大きな黒い翼が生えてきた。かと思うと、手足の黒い鱗は全身に侵食するように広がっていき、尻の上からは長く太い尻尾も顔を出す。そして四つん這いになったアニの顔は、龍の子供と見紛うほどに変化していた。


「狭い」


 アニは低く、重くなった声でそうつぶやくと、巨大な翼を折り畳んだ。


「すげぇな」


「この姿では、人の魔法は使えない。貴様は私の背中に張り付いていろ」


 テオルは龍の姿に近づいたアニの背中に飛び乗る。


「行くぞ。徐々に加速はするが、振り落とされるなよ」


「ああ」


 アニは四本の足で地を蹴って、洞窟の斜面を駆け上がっていった。


「方向を指示しろ」


「このまま直進すれば出口に着く。結界が張ってあるが、お前なら壊せるだろ」


「無論だ」


 アニの両肩は、変化はしたもののどこかか細い。テオルはそれをしっかりと掴んだ。

 洞窟の途中には、ネロの水魔法によって変わり果てた姿になった洞窟の住人が何人も倒れていたが、テオルは目を背けなかった。


 やがて、進行方向の先に緑色の光が見えた。


「あれが出口の結界だ!」


 それを耳にしたアニの口から、うなり声と共に炎がこぼれる。アニはスピードを緩めず、結界に向かってそのまま走っていった。

 そして。アニの吐いた火炎が、結界を貫き、壊した。結界は音を立ててガラスのように飛び散り、やがて霧散していった。


 アニとテオルが、洞窟から飛び出す。その瞬間に、アニは折り畳んでいた翼を目いっぱい広げる。体躯の何倍もある、本当に大きな翼だ。

 勢いをそのままに空中に飛び出したアニは、テオルを乗せたまま翼を羽ばたかせ、天高く飛んでいった。


「リコをさらった魔法使いは、光魔法の瞬間移動を使う! もうやつの国のエル王国とやらに帰っちまってるかもしれねぇ!」


「そうだろうな、相当離れた場所にいるようだ! だが、もう移動はしていない!」


「どれ位で着ける!?」


「四十分ほどだろう! 貴様が振り落とされなければ!」


 アニの肩を掴むテオルの手に、力が入る。


(リコ、待ってろ!)


 テオルとアニは、リコと、魔法使いネロのいるエル王国を目指して、雲ひとつない青空を駆けていった。

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