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その10 幼気な老翁は嗤う

「――どうなっている?」


 全身から得体の知れない、だがどこか幻想的な光を放つテオルに、ノートが疑問を投げかける。自身の理解を促すかのように。

 

「お兄、ちゃん?」


 ノートの足元で倒れるリコも、テオルへと目を向ける。


「それは、何だ?」


 テオルを見降しながら、もう一度、ノートが訊く。

 彼が疑問に感じていたのは、なぜいきなりテオルが力を放っているのか――ではなく、その力の原因が理解できないからだ。テオルからは、魔力が一切感じ取れない。

 つまり――あれは「魔法」ではない、のだ。

 テオルは、薄い光を迸らせる自分の手のひらを見つめる。


「さぁな」


 彼が短くそう答えた瞬間。彼の背後から、ネロが襲いかかった。杖の先に、高速回転する水を纏わせながら。テオルを引き裂かんと、その杖の先を、彼の後頭部に突き立てようとするが。

 テオルは、振り返らずにネロへ向けて手をかざした。すると――。


「え?」


 ネロが発動した水魔法が、一瞬で消えた。ただの杖での攻撃になったそれを、テオルはかざした手を使って掴み、止めた。


「何だ!? 貴様いま――」


 振り返ったテオルは、ネロの腹部にそっと手を置いた。パン!、という風船が破裂したかのような音が聞こえ、ネロは後ろへ吹き飛んだ。

 その全てを見ていたノートは目を見開いており、その口は間抜けに開いたままだった。いま何が起こったのか、全く、理解ができなかったからだ。


(魔法、じゃない――あれは、何だ!?)


 ネロを退けたテオルが、またノートとリコの方へ目をやる。

 そして今度は、テオルはそちらの方へと手をかざした。ノートがその人外となった身体を強張らせ、身構える。

 コンマ数秒後。ノートの目の前に、テオルがいた。


(なっ、一瞬で移動――光魔法の上級技か!?)


 その刹那に数多の思考が廻るが、ノートは視界の端に、先ほどまで自分が立っていた時に見ていたものと違う景色を捉えた。


(違う、こいつ移動していない! 僕が、移動させられた!?)


 気付けば、ネロと同じようにして、ノートも吹き飛んでいた。全く魔力が感知できないのに。

 力魔法によって宙に浮き、建物からの転落を阻止したノートは、まるで異星人でも見るかのような目でテオルを見た。


「そうか、俺は――」


 テオルが呟く。ノートの顔が、歪む。その裏にある感情は、憤怒か、恐怖か、嫉妬か。


「何だ、一体、何だと言うのだ!」


「俺は自分の力の使い方を、分かっちゃいなかった。他の誰かが作った『魔力』や『魔法』という型に、わざわざ落とし込まなくたって、良かったんだ。ただ、ありのままをぶつけてやれば、充分だった」


 テオルが、宙に浮くノートと目を合わせる。重い枷から解放されたかのようなテオルの迷いない瞳は、ノートを一瞬怯ませる。


「きゃ!」


 またテオルが手をかざすと、リコが彼のすぐ側に瞬間移動してきた。倒れたままの格好で、光を迸らせるテオルを見上げる。


「リコ、悪い。何度も辛い目に合わせて」


「お兄ちゃん、そんな――」


「もうちょっとだけ、そこで待っててくれ。終わらせてやる」


 ノートを見つめたまま、テオルはそう言った。その言葉に、ノートが声をあげて笑う。


「終わらせる!? 戯言を、ここをどこだと思ってる!?」


 ノートは仰々しく、両手を広げてみせた。


「お前の作った異空間、だろ」


「そうだよ、お前らは僕の意思でしか、ここから出られない! 仮に僕がお前らを殺さなくても、お前らはここで干からびて死ぬのを待つしか、選択肢がないんだよ!」


「いや――」


「あ?」


 テオルの目線が、ノートから外れる。その箇所の、空間が、蜃気楼のように僅かに捻じ曲がって見えた。


「それは、どうだろうな?」


 捻れた空間は、押し潰れるように中心へと凝縮されていき、その中から、腕が一本、伸びてきた。


「何だ、何が」


 ノートは呆然と、その現象を見ていた。つまりこれは、誰かが勝手に、ノートの異空間へとやってきた、ということだからだ。

 そこから空間は「開いて」いって、やがて一人の人間が、姿を現した。


「ふぃー、ひと苦労じゃったわ」


 その人間が、俯きながら、ため息まじりにそうぼやく。彼は、豊かな茶髭を蓄えた、老翁だった。くたびれた紺の三角帽子に、同じようなゆったりとしたローブ。いかにも、老人の魔法使いといったなりの彼からは、全く未知の異空間の中にも関わらず、余裕が感じ取れる。


「何しに来た?」


 すぐ側に出現したその老人に、目を合わせることなく、テオルが語りかける。


「んー? こわーい『黒い龍』に脅されて、娘さんを探しにきたんじゃ」


 老人は片手を添えて、こきりと首を鳴らす。そして、テオルの方を見て、にやりと怪しく笑った。


「それに――懐かしい愛弟子の顔も、拝んでやりたかったしのぉ」


「相変わらず、あんたはうざい奴だ。テーチ」


 まだ目を合わせることはせず、嫌悪に満ちた表情でテオルが呟く。

 彼の名は、テーチ。変わり者の大魔法使いであり、テオルを連れて世界を旅した、彼のかつての師匠だった。その笑顔からは、何か底知れぬものを感じさせる。

 テーチは、今のテオルの姿を改めてまじまじと見た。


「変わったのぉ、テオル」


「――この力は、あんたの予想通りか? それとも、あんたの仕業か?」


「どっちでもないわい。思ってもみんことになっとる。相変わらず、面白い男だのぉ」


「フーン。あんたも、変わったな。ずいぶんと老けた。喋り方も」


「年相応に振る舞おうと思ってな。しかしやれやれ、久々の再会だのに、冷たいとこも相変わらずじゃの」


 テーチはくくく、と笑う。


「え、な、なに? だれ?」


 いきなり現れた怪しい赤の他人に、リコが困惑の言葉を漏らす。しかも、テオルと知り合いのように話しているから、ついていけていない様子だ。

 テーチがにこりと笑い、リコに応じる。


「安心せぇ、ワシは味方じゃよ。お前さんの父親に頼まれて来たんじゃ」


「味方、ねぇ」


 テオルの目が疑り深く細まる。

 直後、閃光が迸った。ノートが放った強烈な雷魔法を、テーチが光魔法の防御壁で止める。雷鳴と衝撃音が、耳をつんざく。


「な、初級魔法如きで、僕の雷魔法を――」


「魔力を溜めているのは分かっとったぞ」


 剽軽ひょうきんな様子で、宙に浮くノートへテーチが目を向ける。


「貴様は誰だ、どうやってここへ来た!?」


 ノートは溢れ出る魔力を圧力に変え、テーチへ迫る。


「お前さんの使った禁断魔法の痕跡を探知したんじゃ。全く、寿命が縮んだぞ」


「嘘つけ、あんた今で何歳だよ」


 テオルが瞬時に、突っ込みを入れる。

 その後ろで、もう一人、魔力を溢れさせ立ち尽くす者がいる。先ほどテオルに吹き飛ばされた、ネロだ。杖を地面へ打ち付け、憤怒の視線をテオル達三人に向けている。


「で、どうするテオル。この空間からはワシが出してやる。が、ここで落とし前はつけるんじゃろ?」


「そうだな」


 ちらりと、テオルが後ろのネロを見る。


「テーチ、あんたにこれ以上頼るのは心苦しいが、それでも任せたいことがある。――リコの身の安全と、あの女魔法使いの相手を、頼めるか?」


「んー。まぁ、ええじゃろう」


 そうして、テオルはノートへ、テーチはネロへと向き直った。


「俺が片付ける、こっちはな」


「ふざけるな、魔法を使えない落ちこぼれが」


 挑発するテオルへ、ノートが人とは思えぬ形相で言葉を返す。

 テオルが再度ノートへ手をかざすと――ノートの背後から、唐突に衝撃が襲った。身体の芯を響かせる、強力なダメージ。


(どこから――)


 空中で前方へよろついたノートを、魔法での物理法則すら無視した推進力で、正面からのテオルの横蹴りが襲う。腹部に蹴りを受けたノートは、そのままテオルと共に、背後にあった窓を突き抜け摩天楼の内部へと消えていった。


「さて」


 テーチが、三角帽子を深々とかぶり直す。それとは対照的に、ネロは自分の三角帽子を掴み、ぐしゃりと握りしめ、投げ捨てた。闇に濡れたような漆黒の髪が、夜空になびく。


「私達の邪魔を、するな」


 先ほどノートが見せたものとそっくりな形相で、ネロはテーチを睨む。だが、テーチは笑みを深めるばかりだった。


「知り合いにのぉ」


「は?」


「奴隷好きのクズがいてのぉ。特に、若い女の魔法使いが好みなんじゃが」


 ネロの顔に、露骨な不快の色が混じった。


「そいつの持論だが、奴隷には『心』はいらんそうじゃ。かといって、カラクリでもダメみたいなんじゃがの」


「だから何だ?」


 テーチは、リコの前に立ち塞がる。ローブを夜風に揺らして。


「お前さんは、丁度良さそうじゃ。合格。『心』を壊させてもらおう」


 にやりと笑い、ネロを見つめる。その底に沈んでいる感情は、狂気、悪意、それともただの、遊び心か。




 ――かつて、テーチと同じような大魔法使いが、テーチのことを語った言葉が残っていた。


『あいつに狙われた者がいたとしたら、死にはしないがご愁傷様。その者は未来永劫、二度と【人】へは戻れないであろう』

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