プロローグ
魔法使いが、一人いた。彼の名前はテーチ。
テーチは偉大な魔法使いだったが、変人だった。だから、歴史の表舞台には顔を出さない。
テーチは晩年に弟子を一人取った。
しかし、その弟子もやはり普通ではない。それは、魔法が一切使えない、若くして完全に人生に絶望したような眼をした少年だったのだ。
周囲はテーチに口を揃えて、「やめようあの子は」と言う。しかし、テーチは頑として譲らなかった。
「いやいや、あいつは面白い男だ」
そしてテーチと少年は、世界中を旅して回った。
それは歪ながらも心躍る冒険記だったが、最後まで弟子の少年は、魔法の才に目覚めることも、絶望に霞んだ眼がイキイキと輝くことも、なかったのだという。
そして、数年の時が流れた――。
陰気で暗い洞窟の奥深く。
少女が、青年を説得していた。
「一緒に、お外の世界へ出ようよ! お外に行けば、色んな魔法が学べるよ!」
しかし、青年は気怠そうに返事をする。
「俺、魔法が使えないんだよ」
少女は一瞬だけポカンとしたが、説得を止めない。
「じゃあ、妖精とか龍とか、面白い生き物をたくさん見ようよ!」
「興味ねぇ」
少女は「え」、と声を漏らした。
「いいから、お外に出よう!」
「行ってきな」
「一緒に行こう!」
「お外の方から来てもらえ」
少女は、とうとう怒った。青年は、少女に顔を引っ掻かれてしまう。
「いてェ!」
「つまんない! もう、誘わない!」
そうして、捨て台詞と共に、少女は洞窟の奥へと消えていった。
青年はその姿を見送った後、一人、グチをこぼす。
「外の世界は、もう充分に見てきたんだよ」
彼は、魔法の火一つ灯せない、自分の手のひらを見つめ続けていた。元来の、絶望に満ちたような、その眼で。