トゥルーエンドは語らない
第6話 トゥルーエンドは語らない
「お兄ちゃん」
声が聞こえた、妹の声だ。
その慣れ親しんだ声は、なぜだかとても艶っぽく(そして哀しく)思えた。
声の主は上から、そのことで自分が仰向けで倒れていることに気付く。
「お兄ちゃん」
妹がもう一度俺を呼ぶ。俺を覗く妹の顔が見える。
その表情から表情は読み取れず、何を思っているのかは分からない。(でも泣いているように見えた)
何か言おうと口を開く。
だけど、言葉が見つからない。(言いたいことは決まっていたのに)
「私が」
握られているナイフがきらめく。
そのナイフが服を裂き、斬られている手足を露わにする。
「私が、殺してあげる」
裂いた服は、俺の斬られた手足に巻きつけられた。
出血は止まった。
だがそれでも出し過ぎたせいか、意識が朦朧とする。
そうして、意識が崩れ落ちる手前、最後に彼女の声が聞こえた。
「私が、あいつを、殺してあげる――――」
「結局、腕は軽傷で済んだのね?」
「ああ、刺さったところは皮を裂いたぐらいで、骨や筋肉までには届かなかったそうだ。生活を送る上でも問題は無い。二、三日も経たずに傷口は塞がるって医者は言ってたな」
右前腕をさすりながら、本のページをめくる。
だいたい姉さんは心配性すぎるのだ。こっちがいくら大丈夫と言っても、聞く耳持たずに病院まで無理矢理連れていくのだから。
「その割には顔色が悪そうだけど、目の下なんかクマついてるわよ?」
「いや……再三にわたって同じ内容の悪夢を見てしまってな。なんかもう、うんざりしてる。これって明晰夢なのかな?」
「意識できないのなら、違うでしょ」
「あ、そうなの?」
三日前。犯人である月海が逮捕されて、学校の方はもうパニック状態だった。当然である。生徒が殺されただけでなく、殺したのが現職の教師なのだから。こりゃあ、ほとぼりがさめるのに、七十五日どころではなく半年以上かかるのではないのだろうか。
最悪廃校というのもありえるかも。
で、そんな状況で授業なぞやってられるかー、と言うことで、ここ三日は休校が重なることになった。
そして、再び学校が開かれた本日早朝。
俺と紅野は二人だけで図書室に入り、顔を合わせながら本を読んでいた。
いつも座る、奥のテーブル。麻奈可が座っていた場所に、今は彼女がいる。
相変わらずここには誰も来ない。警察の捜査は終わったため、事件の名残は何一つない。こうして見ると、ここで人殺しなんて、そもそも無かったんじゃあないかな、なんて甘い考えが頭をよぎった。
変わったのは一つだけ。
あいつがここに来るのは、もう二度と無いと言うこと。
「ねえ、いいかしら? 私、あなたに聞きたいことがあるのだけど」
なにげない会話をするかのように、紅野は本の文字に目を走らせながら口を開いてきた。
「君もか? 実は俺もあるんだ」
「あら、奇遇ね」
「全くだ」
互いに薄く笑う。
「それじゃあ、屋上の時と同じようにしましょう。お互い一つずつ質問をする、ということで」
「了解、じゃあ俺からでいいか?」
「どうぞ。前は私からだったしね」
「まだ、事件について疑問が残っていてさ。俺たちが春宮を問い詰めた後、月海先生は春宮と二人で自首するつもりだったらしいけど……これっておかしくないか? 春宮が事件について詳しく供述してしまったら、矛盾点は必然的に見つかっちゃうよな? 月海先生はなんで自分から自首を促すようにしたんだろうか?」
「そうね……そればかりは本人が答えてくれなければ分からないでしょうけど、推察はできるわ。
おそらく、先生は車で春宮さんを送る際、春宮さんを殺すつもりじゃなかったのかしら? 傍目から見れば、自首をしに警察に行く際中、事故で生徒を死なせてしまったかのように。そうすることで、春宮さんに余計な証言をさせないまま、彼女に罪を被せようとした」
「死人に口なしってやつか。まあ、でもそう考えれば納得はいくな。俺が姉さんを呼ぼうとしたとき、あの人あからさまに反対していたし」
「もし、あのまま春宮さんを殺して自首した場合、先生が問われる罪は共犯と事故死だけになるわね。
それに、あらかじめ自首すると言っておけば、情状酌量の余地ありとして、罪が軽くなるかもしれない。三人の人間を殺害したことより、はるかに罪状は違ってくるでしょうね」
「確かに、な」
三人も殺している以上、まず極刑は免れない。
それから逃れるためなら、さらに一人手をかけても大差はなかったのだろう。
ふと、先生の言っていたことを思い出す。
自分には、罪を認めるなどと言う選択肢は無かったと―――
「………」
しかし、だ。
そんな方法が、本当にうまくいくと彼女は思ったのだろうか?
「いくらなんでも、雑すぎじゃないか?」
「雑と言うよりは、杜撰ね。もっとましな計画無かったのかしら?」
……いや、それしか無かったのだろう。
なにせとっくのとうに袋小路なのだ。これ以上落ちようが、同じようなものだとみなしたのだ。
「藍上くん? まさかとは思うけれど、先生を追い詰めたこと、後悔しているんじゃあないでしょうね?」
紅野が俺の顔を見る。
「忘れないことね、もしあなたが先生を止めていなければ、春宮さんは殺されていたのかもしれないわよ」
「……わかってるよ」
妹の言葉を思い出す。
何もしていなければ、明日のうちに春宮は死ぬと。
きっとそれは、このことを言っていたのだろう。
だから、誤ったなどと思うな。
後悔ならいくらしてもいいが、間違えたなどとは思ってはいけない。
「さて、次は私の番ね。
私の方も事件について、一つ気になったことがあるのだけど。
あなたの元顧問、浜下先生だったわよね? 春宮さんは、トラちゃんと呼んでいたけれど、何でそんな名称がついたのかしら?」
「あー……」
確かに、何も知らないやつが聞けば、変だって思うよな。
浜下戸幸なんて名前から、トラなんて単語、何処にも無い訳だし。
「これにはちょっとしたエピソードがあってな……。紅野、君は酒が飲めない人のこと、なんて呼ぶか知ってる?」
「え、呼び方? ……それって、例えば不調法とか、下戸とか……あ」
察しがついたのか、紅野は顔を上げる。
「先生のフルネーム、浜下戸幸だろ? 苗字と名前くっ付けたら下戸と読める。で、昔はゲコちゃんなどというあだ名がついてたんだよ。本人は気に入ってなかったみたいだけどね」
「……っ」紅野の口元が歪む。
「えーと、それでな。うちのバスケ部が地区大会で優勝した時だっけ? 祝杯として飲み会に行ったんだけど、その時も浜下先生ゲコちゃんってからかわれてな。で、汚名返上のつもりで酒を多量に飲んで、ぶっ倒れた。
その日を境に、もうからかうのは止めようってことで、逆に酒を多量に飲める人の名称である『大トラ』を元に、トラちゃんと言うあだ名がついたんだわ」
「ぷっ……く、くく……っ」
どうやらツボにはまったらしい。口を押えて必死に笑いを止めている。
「蛙からトラって……、何で両生類から哺乳類に……っ。せ、センスなさすぎ……」
「まあ……なんだ」
命名したのは篤字であるということは、黙っていよう。友の名誉のため。
「次の質問したいんだけど……、大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと待って……なんとか、落ち着くから」
紅野は深く呼吸を繰り返し、整える。
数十秒後、ふう、と大きく息を吐き、元の状態に戻った。
「はい、じゃあどうぞ」
「……うん。では遠慮なく。
紅野。君、俺に嘘ついただろ。事件に関することは何も見ていないっていうの、あれ嘘だよな?」
「あら」
意外そうに眼を開く。
「何でそう思うのかしら?」
「俺の家に上がった際さ、事件について何か知らないかって俺が聞いたら、その時刻には何も見ていない、けれどアリバイは無いって言ったよな」
「言ったわね」
「じゃあなんで知ってるんだ? 自分にはその時刻にはアリバイが無いってこと。俺さ、君に対して麻奈可が殺された具体的な時間は、一言も言ってないぜ。そして、クラス内の噂話でも、朝頃に事件が起こったと言われているだけで、時刻は誰も知らなかった。つまり警察の方からは、そんな話はしていないんだ。ならば君はいつ知ったのか」
「いつでしょうねぇ?」
朗らかな笑いで話を続ける。答えが出るのを待っているみたいだ。
「俺は麻奈可の死体を発見してから、警察が来るまでずっと図書室の前で待機していた。その間、俺は誰も見ていない。つまり知ることができたのは、それより前ってことになる。
君は実際に見たんだろ? あいつの、麻奈可の死体を」
「………」
「言っておくが、俺から出せる根拠はこれだけだ。あえて挙げるとするなら、君の口から発する言葉が、いかにもって雰囲気をしていたから、かな」
元から少し、微妙な違和感があった。彼女が事件について、意気揚々と調べていたその様。それはまるで、最初から事件について、なにか裏があることを知っているようで。
「うん、正解。その通りよ」
よくできました、と言わんばかりに彼女は手を合わせる。
「私が麻奈可さんの死体を見たのはね、あなたが来る少し前。読み終わった本を返そうと思い、図書室に入ったら、ね。私も結構驚いたわ。そのときにはもう、春宮さんたちは偽装を終えた後だった、ということになるわね」
「なんでこのことを言わなかったんだ?」
「警察に捕まって、いろいろと話を聞かれるのも面倒だったからね。それに、他にも理由が、ね」
「そのおかげで俺は、その時の第一発見者および容疑者になってたわけだけど。君、ひょっとして事件を混ぜっ返したかったから、黙ってたんじゃないのか?」
「否定はしないわね」
いや、否定しろよそこは。
「私の番ね。藍上くん、さっきあなたは私が嘘をついた、と言ってたけど。藍上くん、あなたも私に嘘をついたでしょ」
「嘘? どんな?」
「あなたの妹さんのこと。
彼女、誰も殺していないんでしょ?」
「………」
いや、本当に驚いた。
どうしてこの娘、俺が喋ってもいないことを、簡単に暴けるのだろうか?
「根拠は?」
「勘……と言いたいけれど、大きな理由として存在しているのは、あなたよ」
つい、と指をさされる。
「俺?」
「あなた、手足ぶった斬られて生き残ったのよね。普通ならそんな重傷負ったら、失血によるショックで数分と持たずに彼岸行きよ。それでも生きているってことは、よほど悪運が強いのか、それ相応の処置がなされたということ。ではそれを誰ができるのか?
あなたは手足を斬られ、自由がきかないから不可能。姉の方はその時刻には仕事があったので不可能。あなたの両親は言うに及ばず。じゃあ一人しかいないわよね」
「………」
自分の手をぐっと握り締める。
前腕にある手術の痕、それを見て思い出すのはやはりあの日。
俺の傷を、妹は布で縛って止血し、ご丁寧に先の手足は氷水で保存ときた。
どんな状況でも、冷静に対処できるのが妹の凄い所だろう。
「でもそれだけじゃあ足りないわよね、出血は抑えたとしても、両手両足を斬られて、足りなくなった血はどうしたのかしら?」
「もちろん輸血した」
「輸血ってどこから……。ああ、あったわね、そういえば」
「ああ」
現場にいた両親の死体。
幸い俺と血液型は二人とも一致していたので、輸血はその場で行われた。
そうやって考えると、俺は家族のおかげで、生きているようなものだ。
かろうじて繋がった自分の命。これは俺一人だけの命ではない。
だから姉さんは、俺を頑なに守り続けるのだろう。
「あなたが生き残ったのは分かったけど、妹さんが犯人ではないとなると、当然次のことが気になって来るわね。
あなたを傷つけ、あなたの両親を殺したのは一体誰か?」
「ああ、それは――――分からん」
我ながらあっけらかんと言ってしまう。仕方がないだろ、だって本当に知らないのだから。
「俺が自宅で見たのは、両親の死体だけ。で、その直後に、後ろからいきなりたたっ斬られた。俺が知ってるのは、そのすぐ後に妹が来て、俺を手当てしてくれたこと。それだけだ。それ以外は知らん」
「じゃあ、あなたの妹が消息を絶ったのは……」
「犯人を追うため」
そして、その犯人を殺すため。他ならぬ、彼女自身の手で。
止めようとは思ったが、俺には妹を止めるだけの力は無い。
妹を止めれるとしたら、それは姉さん以外にいないだろうし。
「………」
なぜ両親が殺されたのか。そして誰が殺したのか。
今の俺にはさっぱり分からない。妹あたりなら、なにか目星はついているかもしれないが。
きっといつか、分かる日がくるのだろう。
そのために、妹は家を出たのだから。
そのために、姉さんは刑事という職についたのだから。
では俺はどうだろう?
二人のことを考えると、よくこの疑問に突き当たる。
俺は二人と比べ、一体何ができるのか?
俺には、妹のように異彩を放っている訳でも、姉のように数多の知見を持っている訳でもない。
そんな俺に、なにができるのか。
「できるわよ、きっと」
「え?」
知らず知らずのうちに口からこぼれていたのか、紅野が答えてきた。
「あなたにもできることはある。いえ、あなたにしかできないことがあるわよ。藍上くん、どうもあなたは姉妹二人に強い劣等感を抱いているようだけど、劣等感と言うのは、大抵自分から産み出てくるものよ。だから、あなた自身が見ていないだけで、誰かのために成せることはある。
あなたが春宮さんを助けたように、ね」
「……そっか。うん、ありがとな」
なんとなく、嬉しい。
お世辞かもしれないけれど、なんにせよ認められるというのは、心なしか胸が軽くなるものだ。
「ほ、ほら、あなたの番よ。なにか質問はあるかしら?」
こほん、と。人を認めるのが慣れていなかったのか、顔を赤らめながら紅野は聞いてくる。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
少しばかりの感慨を味わいながら、最後の質問を口にする。
「俺からはこれで最後かな。
紅野。きみ、麻奈可の鞄をどうした?」
「……鞄? はて、なんのことやら」
「そういうボケはいらないっての。……現場には麻奈可の鞄が無くなっていた。教室にもなく、犯人が持ち去った可能性が高い……。というのが、警察の方での見解だけど。春宮たちの話を振り返ると、鞄なんて単語はどこにも無かった。念のため、あのあと春宮にも聞いてみたが、やっぱり心当たりはないそうだ。じゃあ誰が鞄を持ち去ったのか? その機会があったのは、春宮たち以外で、俺より早く現場にやってきた人物。
お前しかいないだろ? 紅野」
「………」
「なんでそんなことした? また、事件を混ぜ返すため、か?」
「それだけじゃないわよ。私自身、なぜ麻奈可さんが殺されたのか、知りたかったの。あの鞄に、何か手がかりでもあるんじゃないかって思ってね」
認めた。ずっと疑問に思っていたことが、ようやく氷解する。
「しっかしお前、その鞄っていわば遺留品だろ? そんなもの勝手に持ち去るなんて、思い切り犯罪行為じゃねえか」
「いいのよ。現場に不法侵入している時点で犯罪よ。経歴がひとつ増えようが、同じようなものでしょう」
なんだか月海先生と発想が同じになってないか?
「で、鞄から何か発見したの?」
「今まで話に出てこないことから、察してちょうだい」
有益な証拠は、無かったのか。
「……でも、ひとつだけ、大切なものがあったわね」
「大切な、もの?」
有益とか重要とかではなく?
「なんだそりゃ? 何があったんだ?」
「………」
紅野は黙った。簡単に出す気はないようだ。
「……その前に一つ、私の方から質問していいかしら? これで私も最後にするから」
「それに答えたら、教えてくれるんだな。いいぜ、なんだ?」
「藍上くん。あなた、麻奈可さんのこと好きだったの?」
「………」
それは、
その質問は、この事件の始まりとも言えるもの。今言ったって、意味のないことだけれど。
「……そう、だな」
答えを模索する。いままでのことを振り返る。
思い出すのは、彼女との最初の出会い。
俺が送るべき夏休みは、事件の怪我によって全て使われた。
完全に治癒したわけではない。この傷は、これからもずっと引いていくことになるということを、医者から説明された。ショックではあったが、ずるずると引きずるのはよろしくない。
二学期に入り、バスケ部に退部届を出した後のこと。春宮は最後まで反対していたが、俺は逃げるように部室を出ていき、図書室へと避難した。
ここを利用するのは初めてだ。噂に聞いていた通り、人はあまりいない。
スポーツばかりしていた俺には、あまり縁のない所だったからだろうか。
ともあれ、俺はこれからどのようにして、放課後の時間を過ごせばいいのか。とりあえずなんか本でも読んでみるかー。と思い、本棚を見渡す。
しかし、どの本を読めばいいのか、どの本が面白いのか、さっぱりだ。
うろうろと図書室を渡る。
探ること小一時間、そんな俺を見かねてか、彼女が話しかけてきたのだ。
「こんにちは、なにか本を探してるの?」
「……ん、まあそうだけど。何か面白そうな本ってある?」
「あはは、それは答えられないかな。実際に手に取って、読んでみなければ、分からないからさ」
「……そうなのか?」
「そうだよ。あなた、本読むのは慣れてない? うん、でしょうね。じゃあこの本なんかどうかな?」
そう言って、一冊の本を俺に差し出す。
それが俺と彼女の出会い。
新たな友人ができた、二学期初頭の日――――
「そうだな。あいつと過ごす日々は、いままでの俺には無かったものだ。だからかな、足しげくあいつのところに行ったのは」
毎日顔を合わせて、とくに益体のない話をする。
互いに何かを求めるわけでもなく、ただ共に時間が過ぎるのを味わう。
成人になっている頃には、こんなこともあったなと思う程度の、学生時代の一ページ。
でも、
「でもそれが、俺にはとても得難いものだったんだ。
だから、紅野。君への回答は、イエスだ。俺は、麻奈可のことが好きだった。あいつと一緒にいる時間が好きだった」
「でも、恋していた訳ではないのでしょう?」
ありゃ、ばれてる。
紅野は微笑んだ。名残惜しい笑顔で。
「この前、腕時計の心理テストしたでしょう? あれね、薄々分かってたのよ。あなたが今までそう言った感情とは無縁だったことをね。
残念ね。もう少し時間があったのなら、あなた達の恋のゆくえを観れたのかもしれないのに。
藍上くん。今後のあなたのために、ひとつ教えてあげる。恋とは相手を想う気持ち、愛とは互いに想いあう気持ちよ。篤字くんが春宮さんに抱く気持ちしかり、春宮さんがあなたに抱く気持ちしかり、ね。
そう言った気持ちは、大事にしていきなさい」
紅野は立ち上がり、鞄から一つの封筒を出した。それを、俺の前に差し出す。
「私に興味があるのは、そういったモノ。人間にしかない、より高度な感情。
私が憎むほど恋している、愛と言う感情よ」
「…………思ったんだけど、君って実はすごく恋愛脳?」
「失礼ね、少女趣味と言いなさい」
目の前に出された封筒をみる。差出人の名前も、宛名も書かれていないピンク色の封筒。けれど、それが麻奈可のものだとすぐに分かった。
「またいつか会いましょう、藍上くん。妹さんにもよろしく言っておいてね」
そう言って、彼女は図書室から出て行った。
そうして、俺一人だけが図書室に残る。
「いつか会いましょう……か」
できることなら二度と会いたくないが、どうしてか確信があった。また彼女と会うことになると。
願わくば、血を見ることのないシチュエーションで、再会したいものだが。
手に取った封筒を開く。
麻奈可らしい、几帳面な字がそこには並んでいた。
「………」
愛崎麻奈可。俺の親友。
春宮に気絶させられた後でも、彼女はいつものように眼鏡を掛け、本を読んで待っていた。
お人よしな少女。
話があるから、と彼女は言った。結局それは、なんだったのか。今となってはもう分からない。
だとしたらこれは、麻奈可が語る最期の言葉。
「しっかし、とんだ恋愛ものだこと」
ひでえオチだと、その滑稽さに、笑いながら泣きそうになる。
それは、俺に宛てた、麻奈可のラブレターだった。
了
藍上くんへ
突然手紙を送ったこと、まずは謝らせてください。
でも、こんな形でなければ、伝えられないことがあるんです。
直接口にすると、きっと言うことができないから。
藍上くん。
私はあなたのことが好きです。
友人としても好きですけど、それ以外でもあなたが好きです。
こんな私でよければ、付き合ってくれないでしょうか。
いきなりこんなこと言われてしまっても、混乱してしまうでしょうね。
でも、これが私の気持ちです。
あなたと初めて会ったのは、一年前の二学期でしたね。あなたは私のことを知らなかったでしょうけど、私はあなたのことを前から知っていました。
バスケ部の新星。そう言われていたあなたが何故図書室に来たのか、あの時の私には疑問に思えました。だから興味を抱いて、あなたに声をかけました。
その後、あなたが退部したという話を聞き、納得しました。
退部した理由は、私には分からないけど、あなたはきっと、これからの自分を探すためにここに来たのではないでしょうか。
最初の頃は、すぐに飽きて別のものを探しに行くと思っていましたが、ほぼ毎日あなたがここに来ることに、とても驚きました。
今も、来ることに驚いています。
同時に、あなたが来ることが楽しみになっていました。
あなたと話をするのが、楽しみになっていました。
本の話をするのが、楽しかったです。
家族の話をするのが、嬉しかったです。
学校の話をするのが、面白かったです。
次第に私は、藍上くんのことを想うようになりました。
あなたに、恋をしました。
なーんてね。
愛崎麻奈可より
あとがき
初めまして、danpan01というものです。
小説などというものは初めて書くことになるのですが、想像以上に難しいものですね。
『デッドエンドは許されない』を読んでいただき、本当にありがとうございました。
この話は、私が高校の頃にもやもやと考えていたのを、数年後の今さらになって書き下ろしたものです。少しでも面白い、と思っていただければ幸いです。
最初の頃は、主人公の桐射とその二人の姉妹が語り部となって、視点をころころ変えながら一つの事件を解決まで導いていくと言う展開にするつもりでした。
ですが、めんどくs…………もとい、構成が練りにくかったため断念しました。いつか、やってみたいものです。
ちなみに、一応ミステリものとしてこの話を上げていますが、「言っていることが滅茶苦茶だ」、「話の筋が通っていない」という部分がありましたら、伏線でもなんでもないです。ただ私の技量と知識と経験が圧倒的に不足していたというだけですので、あしからずご了承ください。
この『デッドエンドは許されない』。現在続きを考えていますので、機会があればぜひご覧になってください。
ありがとうございました!