頭がわるいホットケーキ
「頭がわるいホットケーキ作るわ」
は?俺は思わず火をおこしていた手を止めて、隣にいる相棒を見た。
頭がわるいホットケーキ?
「うん。」
相棒は作業する手を休めず答える。
「まあ見てなって。完成すればわかるから。」
ああそう。でも食べられないものは作んなよ。
「食べられるものを組み合わせれば、食べられないことなんてないだろ。」
・・・ふうん。そう。
まあ、俺は食べないけど。
「・・・そうだね。」
相棒の手は休まず動く。小麦粉と砂糖を混ぜて、バターをいれて、
牛乳は?
「昨日、取ってきた。」
相棒の手に握られているのは、赤ちゃん用の哺乳瓶。半分くらい中身が入っている。
ミルクには、たくさんの栄養が入っている。だから、見つけたら迷わず盗る。
「卵は無し。そんな高級なもん使えっか、コノヤロー」
卵なしのホットケーキとか・・・。
「いいの!代わりにコレ入れるから!」
相棒がポーチから取り出したのは、緑色をした液体。
ああ、なあるほど。
確かに頭がわるいわ。
「だべ?」
相棒は、つい、と口角を上げると、その液体をホットケーキの生地に流し込んだ。
と同時に、独特の匂いが鼻をつく。お世辞にも良いとは言えない匂いに、最初は俺も相棒も顔もしかめた。だが、それも毎日嗅いでいれば慣れてしまう。
慣れは逃げだよ。本当に逃げたいなら、死ぬんじゃなくて、慣れてしまいな。
師匠の言葉を、最近はよく思い出す。
相棒の手によってくるくると掻き回された生地は、最初はクリーム色をしていたものの、すぐに緑色に変わってしまう。
「・・・おえ。」
なんだよ。入れたのあんただろ。
「まあそうなんだけどさ。おえ、俺これ食える気がしない。」
食えないもの作んなって言ったじゃんか。
「大丈夫。意地でも食う食う。」
そのまま、相棒は俺がおこした火の上にフライパンを乗っけて、動物からとった油をひいて、ホットケーキの生地を流しこんだ。
「ふつふつしたら・・・ひっくり返して・・・急がないで・・・」
ぶつぶつとつぶやきながら、生地をじっと見つめたり、つついたりしている。
遠くの方で、ズウウウウウン・・・と音がしたような気がした。
ふと、空を見上げる。赤と紫が混じったような、混沌とした色。俺も相棒も、一番好きな色は青なんだけどな。
それも、すべてを飲み込んでしまうような、青。黒が混じった、青。
赤と紫の空には、今日も星が流れている。
相棒を見ると、ひっくり返すのを少し失敗したようだ。拗ねた子供のような顔になっている。
「あとちょっと・・・もう少し・・・もういいかな。」
うん、もうそろそろだと思うぞ。
「やっぱ!?おし、完成!もう完成!」
永く待つのが苦手な相棒は、そそくさと皿をとりだすと、その上にホットケーキをぽんとのせた。
「かんせーい!」
緑色をしたホットケーキは、焼いたことにより若干色がおさまったが、しかしどす黒い緑色をしていた。
「うん、これなら食べられそう。」
満足そうにフォークを取りだす。まあ、ゆげがたっておいしそうではあるんだけど。色がな、色が。
「そ、そこはノーカンで。」
準備が出来たらしく、相棒は俺と向き合う形になり、皿をおいて、フォークを持って、
「いただきます。」
めしあがれ。
ほくほくと、ホットケーキをほおばる。
おいしい?
「うん。結構イケる。砂糖結構入れたからなー、ちゃんと甘いわ。」
そっか。よかったな。
「うん。今日もご飯はおいしいな!」
な。
相棒は、師匠の言葉とは裏腹に、慣れたくないのだと言う。慣れてしまったら、終わりなのだと。
人間として、何かを失うと。それが怖いと。
その思いが、いつか彼をつぶしてしまいやしないかと。
師匠が一番恐れているのはそのことなのだと、彼はまだ知らない。
「おいしかった。ごちそうさまでした。」
はい。良かったです。
頭がわるいくらい変な色をしたホットケーキは、跡形もなくきれいさっぱり消えていた。
ホットケーキを作ろうと思って、そしたら緑の食紅が余っていたので、入れてみたらこんなお話が出来上がりました^^;
単発です!続きません。