表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夕べを送る

作者: 竹仲法順

     *

 部屋のパソコンで作業しながら、時折キッチンに入っていき、ガス台に掛けていた煮物の鍋の中の様子を見た。よく煮えている。鶏肉と切った冬野菜のごった煮に、味噌と醤油で味付けして、整えていた。

 ずっと自宅マンションで出版社から頼まれた小説の原稿を書きながら、日々を送っている。変化はない。ただ、別にそれはそれで構わなかった。在宅で出来る仕事なのだし、気に掛けてない。変化を求めるのが苦手なのも、特徴なのだけれど……。

 夕方になると、いつも食事の準備をする。三十代後半で、まだ若いのだけれど、午後三時過ぎのウオーキングから帰ってきたら、即キッチンに立つ。この季節、あまり外に出たくないのだけれど、毎日三十分程度の適度な運動は欠かせない。そう思い、行っていた。

     *

 午後四時半過ぎに、煮物を作り終えてから、冷めないように鍋に蓋をする。そして作業の続きをするため、パソコンに向かい、キーを叩いた。いつも思う。このマンションもこの時間帯以降はどこでも、夕食の匂いがすると。単に他人様の家の前を通った時、感じるだけだ。

 その日も雑誌連載の原稿を一本書き終わり、メールに添付して雑誌社に送った。そしてデータを保存し、パソコンを閉じてから、キッチンで食事を取り始める。煮物は具材こそ少ないのだけれど、別に食べられるからそれでいい。そんなことを考えながら、食事し始めた。

 ゆっくりと夕餉の時間を送る。いつも思っていた。結構孤独だと。だけど、返って紛らわしい人間関係などない方がいいのだ。地方都市に住んでいて、上京することはほとんどない。二年前に直木賞を受賞してから、ずっと単行本や文庫本が出ている。元々人付き合いが苦手なので、家で原稿を書く仕事が向いているのだ。

     *

 食事後、入浴して体の疲れを落とした。もう実家には十年以上帰ってない。父と仲が悪いからだ。あんな人間、二度と会いたくないと思っていた。酒ばかり飲んで、すっかりアル中だったのだし、暴力も一際ひどい。まさに最低最悪の人間だった。もう年も七十を超え、老人である。放っておいてよかった。経営していた会社も五年前に社員の横領が原因で倒産し、おまけに肝臓ガンを患っていて、死を待つだけなのだし……。思っていた。あんな人間が死んでも、葬式なんか行くもんかと。 

 そしてその日も眠前に二時間ほど読書してから、眠った。いつも決めているのである。眠る前は必ず本を読むと。午前零時前にベッドに入り、休む。掛かり付けの精神科でもらっていた睡眠導入剤を飲み、アラームを午前七時半にセットして、ベッドに潜り込んだ。周囲の騒音など全く関係ない。夜間は騒々しいのだけれど……。

 あっという間に一日が終わる。夕方が一番好きだ。寛げる時間として。そう思っていた。人間生きていればいろいろあるのだけれど、一々気に掛けてない。単に毎日、愚直に原稿に向かうだけだった。変化がないのがいい。あたしにとって。それに、ずっとそう思っていた。これからも作家としてずっと、この生活感のある自宅マンションで暮らすことになるだろう。常日頃からいろいろと考えながら……。

                             (了)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 通りがてら、夕食のにおいがするのは好きです。 特にこの冷風に漂う匂いはたまりません。 夕暮れ時にのんびりできる時間がほしいと今は思います。
2014/11/19 17:50 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ