2話 花火大会
翌日、12時。
僕は駅前の集合場所で待っていた。
近くの自動販売機で買った飲み物を飲んでいると、遠くから天野さんがやって来た。
「お、おはようございます」
天野さんは白い服にピンクのスカート姿だった。
「……あっ おはよう」
天野さんについ見とれてしまった。
「どうかしました?」
「べ、別になんでもないよ。行きたい場所とかある?」
「お任せします」
「そうだな……じゃぁゲーセンなんてどう?」
「ゲーセンですか?」
「ゲームセンターの略だ。いろいろなゲームが置いてある建物だよ」
「わぁー、それは楽しみです!」
「決定だな。じゃぁ行こうか」
空き缶をゴミ箱に捨て、ゲームセンターに向かい歩いた。
駅前の信号を渡り、そこのスーパー裏にあるゲームセンターが見えてきた。
ゲームセンター入るとクレーンゲームを一人黙々とやっている涼の姿が見えた。
「よっ」
「おぉ翼じゃん、奇遇だな。それに天野だっけ? なんで一緒に居るんだ?」
「えっと、さっきそこで偶然会って話していたら天野さんとは小さい頃出会っていたみたいなんだ。それで今こうしてこの町を案内してるところ」
「ふーん、そうなのか」
涼はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認した。
「おっと、俺そろそろ行くわ」
「どこかに行くのか?」
「ちょっと青葉に呼び出されてな」
「大変だな。じゃっまた今度」
「おぅ! じゃぁな!」
涼は店を出ると入り口前にある駐輪場から自転車を出して乗って行った。
「忙しい奴だな。あっそうだ天野さん、なんかやりたいのある?」
振り向くと天野さんはクレーンゲームの中の商品を見ていた。
中には可愛い動物のぬいぐるみがあった。
「これ欲しいの?」
「はい、どうすればこれ取れるんですか?」
「これはね……」
天野さんに一通りクレーンゲームの基本操作とコツを説明した。
はずだったんだが……
「やったー! また取れました~」
喜んでる天野さんの足元には景品が入った紙袋の山があった。
「そ、そうだね……」
天野さんはプロ並みのテクニックで次々と景品を手に入れていった。
いつの間にか見物客が居た。
「(そろそろ止めないと商品が全滅してしまう……)」
「天野さん、そろそろ次のところ行かない?」
「次はどこにしますか?」
天野さんは最後に取った大きな犬のぬいぐるみを抱いていた。
「えーっと……お昼でも食べながら決めよう。ハンバーガーでいい?」
「いいですよ」
僕と天野さんはゲームセンター近くにあるファーストフード店に向かった。
「これ、美味しいです~」
天野さんはフライドポテトを食べながら嬉しそうに言った。
「ここのポテトは旨いんだよな」
「それで次はどうしますか?」
「そうだな……じゃぁ青葉さんの家はどう? 涼も居るみたいだし。あと天野さんを紹介したいからさ。どうかな?」
「さっそく行きましょう」
天野さんは目を輝かせ席を立った。
行く気満々らしい。
店を出た僕達は歩いて10分くらいで青葉さんの家に着いた。
青葉さんの家は涼の家のすぐ隣だ。
“ピンポーン”
インターホンを鳴らすと扉の向こうから足音が聞こえてきた。
「はーい!」
ドアが開きそこから小さな女の子が顔を出した。
この子の名前は水島楓、小学生。青葉さんの妹である。
髪は左側だけ結んでいて楽な格好をしていた。
手にはアイスを持ってる。
察するにこれはガリ○リ君だな。
「楓ちゃんこんにちは。青葉さんいるかな?」
「おねぇちゃんなら2階にいるよ。呼んでくるね」
「よろしく」
楓ちゃんはペタペタと足音をたてながら階段を上って行く。
また足音を鳴らしながら下りて来た。
「部屋に来てだって」
「分かった。おじゃまします」
「おじゃまします」
靴を脱ぎ、家に上がり階段を上がった。
部屋からは涼の声が聞こえてきた。
ドアを開けるとテーブルにノートを広げている涼と水島さん、ベッドの上で寝ながら漫画を読んでいるしのぶちゃんが居た。
「こんにちはー」
「いらっしゃい。その荷物は?」
「まぁいろいろあって……青葉さんこそ何しているの?」
「今この2人の課題を手伝っているところなの。こうでもしないとやらないからね。そこに居るのは天野さん?」
俺の後ろに居た天野さんが顔を出した。
「こ、こんにちは」
天野さんは軽く頭を下げた。
とても緊張しているようだった。
僕と天野さんは床に座った。
「自己紹介がまだだったね。私は水島青葉、ベッドの上に居るのは植田しのぶ」
「よろしくね美羽。私の事はしのぶちゃんって呼んでね」
しのぶちゃんはベッドの上から手を振った。
「よろしくです」
天野さんは微笑んだ。
「それで何であんた達一緒居るの?」
「こいつら小さい頃会ったことあるんだってさ」
涼が宿題をやりながら答えた。
「ふーん、そうなんだ……ところでなんで涼はこのこと知っているの?」
「そりゃぁここに来るときゲーセンで会ってだな……あっ」
「確か用事があるから遅くなるって言っていたわよね……」
青葉さんはすごいオーラを出しているように見えた。
「それはその……」
涼はシャープペンを机に落として焦っていた。
「このバカ涼!!」
涼は伏せ状態で倒れた。
「ご、ごめんなさい……」
しのぶちゃんがベッドの上から倒れている涼を突いた。
「あっそうだ。今日って蓮華寺池で花火大会だよね?」
しのぶちゃんはベッドから降りてテーブルの前に座った。
「そういえば今日だったな」
「みんなで行こうよ! 浴衣着てさ」
しのぶちゃんは張り切っていた。
「それ良いわね。天野さんも浴衣着て行く?」
青葉さんが聞くと天野さんは両手を胸のあたりで小さく振り
「私、浴衣持ってないです……」
と答えた。
「じゃぁ今からみんなで新しい浴衣買いに行かない? 私の浴衣も、もう小さいと思うしさ」
「私も買いに行く!」
しのぶちゃんは手を上げ、返事をした。
「天野さんはどうする?」
「じゃぁ私も」
「決定ね。今から駅前のショッピングセンターに行きましょ。翼君と涼もね」
「僕は行っても良いけど」
「俺は行かないぜ。なんで行かなくちゃいけないんだよ」
涼はやっと起きあがり、胡坐を掻いで座った。
「行かないの?」
「あぁ、もちろん」
と言い腕を組んだ。
「課題の続きする?」
「えっ……?」
その言葉に反応した。
どれだけ勉強が嫌いなんだか……
「買い物行かないなら課題やりましょう」
青葉さんはニコリと微笑んだ。
その笑顔に何故だか恐怖しか見えない。
「ついて行きます。行かせてください」
と言い即行で土下座をした。
結局涼も行くことになり、僕達は青葉さんの家を出て駅前のデパートへと向かった。
この建物はいろんな店が入っている所だ。中には美容室、飲食店、本屋、映画館などが入っている。
僕達は1階にある服屋に居た。
「じゃぁ涼。買い物終わったらメールするから」
「うーっす」
「翼君、また後で」
「また後でな」
青葉さんが天野さんとしのぶちゃんを連れて服屋に入って行った。
ここで男女のグループに別れた。
それまで暇になった僕と涼は2階に向かった。
その頃女子達は一階にある服屋の浴衣コーナーに向かった。
そこにはいろんな柄の浴衣がある。
「うわー。どれも可愛いですねー」
天野は一通り浴衣を見ている。
「私たちのサイズだとここからここまでね」
水島は天野に合ったサイズの場所を教えてくれた。
「あの水島さん」
「私の事は青葉でいいよ。私も美羽って呼ぶからさ」
「はい。青葉さんはどれにしますか?」
「私はこの紫陽花柄にしようかな? 美羽はどれにするの?」
水島は紫陽花柄の浴衣を手に取った。
「私はこの桜柄にします。桜好きですし」
桜柄の浴衣を手に取った。
「私たちは決まりね」
「そういえばしのぶちゃんは……?」
天野はあたりを見渡すが植田の姿は無い。
「しのぶはこっち」
水島が向かう方に付いて行くとそこには天野、水島が選んだ浴衣より小さいサイズがあった。
「ここって……」
「そう。ここは少し小さいサイズの所」
そこには浴衣を選んでいる植田の姿があった。
「あっ! 青葉ー、美羽ー!」
こっちに気が付いた植田は浴衣を持って天野、水島の方へ駆け寄ってきた。
「決まった? 私はこれに決めた」
「私はこれです」
水島と天野は植田に選んだ浴衣を見た。
「私はこれにする」
植田は水色の水玉模様の浴衣を手に取って見せた。
「じゃぁ次は下駄ね」
水島を先頭に天野、植田は下駄を見に行った。
女子グループと別れた僕達は2階の本屋で雑誌を立ち読みしていた。
立ち読みから何分経ったのだろう?
すでに1冊の雑誌を読み終えて2冊を読み始めたていた。
「なぁ翼」
「ん?」
「俺達は何で連れて来られたんだ?」
「普通に考えれば荷物持ち」
「だよな……。なぁ、4階のゲームコーナー行こうぜ」
「いいけど」
雑誌を置いて本屋を出た僕達はエスカレーターで4階に向かった。
4階にはゲームセンターと映画館がある。
夏休みのため映画館には子供連れの親子や学生などが大勢居た。
もちろん隣のゲームコーナーにも子供が大勢居る。
そこで涼がクレーンゲームをやり始めた。
「これ狙うぞ」
お菓子のビッグサイズを狙っているみたいだ。
どう見ても持ち上げれる大きさじゃなんだが……
アームが景品を掴む……が落ちた。
「くそっ! 取れなかった」
「掴んだのにな」
「もう1回だ」
再び機械に百円を入れた。
「クレーンゲームって絶対取れないと思う」
と言いつつ桜木はクレーン操作している。
「そんなことはないだろ。今日僕が持っていた荷物あれ全部天野さんがクレーンゲームで取ったやつだから」
「マジかよ! 天野に弟子入りでもするかな……っと……また落ちた」
「もう無理じゃね?」
「ラスト!」
「まだやるのか」
再び百円を入れようとポケットから財布を出そうとしたとき涼の携帯が鳴った。
「おっと、メールだ。えーっと……青葉達買い物終わったみたいだ」
「じゃぁ行くか」
今度はエレベーターで1階の服屋に向かった。
僕達は服屋の前で待っている女子グループと合流した。
「さっそく家に帰って花火大会に行く準備しましょう。涼はこれ持ってね」
「私のもね」
青葉さんとしのぶちゃんは涼に荷物を持たせた。
「やっぱな……」
涼は両手に紙袋を持たされた。
「天野さん、それ持つよ」
僕は手を差し出した。
「ありがとうございます。お願いしますね」
紙袋を受け取った。
それほど重くはなかった。
僕達は青葉さんの家に向かった。
「疲れたー」
青葉さんの部屋に荷物を置きその場に座り込んだ。
部屋は冷房の残りで少し涼しかった。
「ご苦労様。はいこれ」
水島さんから麦茶を受け取ると一気に飲み干した。
「ぷはー、生き返るぜー!」
「最高ー!」
「私達着替えるから二人ともちょっと廊下に出ていて。冷蔵庫に麦茶あるから飲んで良いよ。楓にも言ってあるし」
女子は部屋に残り、僕達は空のコップを持って廊下に出た。
廊下は部屋より暑く、窓開けても風が吹いてなかった。
そのため軽くサウナ状態だった。
「暑い……」
「麦茶でも飲むか?」
「飲む。暑くて動けないからここまで持ってきてくれ……」
「分かったよ」
2つのコップを持ち階段を下り麦茶を取りに行った。
僕達が廊下で待っているとき部屋の中では天野が浴衣に着替えていた。
水島は手早く着替えて天野の着付けをやってくれていた。
「美羽って浴衣着たこと無いの?」
「はい、着たこと無いので。それに私、花火大会に行ったこと無いので」
「行ったこと無いのね……っと」
水島が帯をきつく締めると
「く、苦しいです」
と言って天野は目をギュッと閉じた。
「きつくしないと緩んじゃうからね。出来たよ」
そっと目を開けと鏡に天野自身の姿が映った。
「わ~」
その浴衣が綺麗で見とれてしまったみたいだ。
「美羽は可愛いから浴衣が似合うね」
「可愛いなんてそんな……」
天野は頬を赤らめた。
「自分に自信持ちなって。しのぶは出来た?」
水島が植田の方を見るとすでに着終わっていた。
「準備出来たよー」
「バッチリね。2人ともー入っていいわよー」
僕達が廊下に座っていると部屋のドアが開いた。
「やっとか……」
部屋に入ると中は冷房が効いていて涼しかった。
そこには浴衣を着た天野さんが居た。
「どうですか?」
「似合ってるよ」
「ありがとうございます」
「ねぇー、早く行こうよ」
しのぶちゃんがすでに部屋の外に居た。
「じゃぁ行きましょう」
全員は家を出て駅に向かって歩き出した。
「なぁ青葉、会場まで何で行くんだ?」
「バスで近くまで行こうかなって」
「バス混むだろ」
「確かに混むかもね」
「しかも今から行くは早くねぇか? まだ明るいぜ」
「早く行って場所取りしないとでしょ。あと出店もあるからね」
「出店か~。それは楽しみだな」
「でもバスが混んでいたら大変ね……」
「じゃぁさ私のお兄ちゃんの車で行く?」
しのぶちゃんには大学に通う兄が居る。
名前は植田隆幸、通称タカさん。
時々一緒に遊んだりしている。
「良いの?」
「電話して聞いてみるね」
しのぶちゃんは携帯を取り出して電話し始めた。
「兄妹っていいですね」
「天野さんって一人っ子か?」
「はい、お兄さん居たらいいなって」
「僕も一人っ子だけどたまに兄弟いると良いなって思うよ」
「お兄さんやお姉さんいるといろいろ教えて貰えますしね」
「そうだね」
電話をしているしのぶちゃんは兄との話し合いが終わりを迎えていた。
「うん……わかった、よろしく~」
電話を切って携帯電話をポーチにしまった。
「送るの良いってさ。すぐ行くから駅の北口に来てだって」
「お兄さんに会うのも久しぶりね」
駅の北口に出るとそこにしのぶちゃんのお兄さんの姿が見えた。
するとしのぶちゃんは走り出し、それを青葉さんが追いかけ、涼も走って行った。
「あいつら元気だな」
「そうですね……あの清水君」
「どうした?」
「あの……清水君の事、下の名前で呼んでいいですか?」
「いいけど、どうして急に?」
「えっと、まぁいろいろありまして。私の事は美羽って呼んでくださいね」
美羽は頬を赤らめニコリと微笑んだ。
「二人とも何してるの? 早く乗るよ」
青葉さんは車に乗ろうとしていた。
「行こう、美羽」
僕は手を差し出した。
「はい、翼君」
車に乗り、駅を出た。
車内は3列で僕達の席順は助手席に涼、2列目にはしのぶちゃんと青葉さん、3列目には僕と美羽。
車内では既に涼としのぶちゃんのテンションが上がっていた。
「私花火大会初めて行きます」
「初めてなの?」
「本とかでしか見たこと無いので」
「本やテレビで見るより迫力あるし綺麗だよ」
「それは楽しみです」
会場に近付くたびに道路は混み、浴衣姿の人が多くなってきた。
「人多いなよな」
「この辺りでは大きな花火大会だからね」
「ここから歩いて行った方がいいな」
タカさんは会場近くの駐車場に車を止め、僕達は車を降りた。
『ありがとうございました』
「それじゃしのぶ、終わったら連絡な」
「わかったー」
「じゃぁ行きましょ。はぐれないでね」
青葉さんはしのぶちゃんと手を繋いだ。
花火大会会場に向かうほど人の数は増していた。
会場入り口では数人の警察官が道路交通整理をしていた。
会場前の道路には焼きそば屋、お面屋、金魚すくいなどの出店が並んでいた。
「まだ時間あるなら出店行こうよー」
「俺も行きたい」
この2人の目的は出店だろうな。
確かにまだ打ち上げまで時間があるな。
「まったく……。じゃぁ2グループに分かれて行動しましょう。ジャンケンに勝った2人と負けた3人で」
『ジャンケンポン!』
ジャンケンの結果、僕と美羽がペアになった。
「花火開始が7時からだから。美羽は翼君から離れないようにね」
「分かりました」
「で、どこに集合するんだ?」
「何か目印ある場所が良いんだけど」
「はいはーい!私、いい場所知っているよ」
「どこ?」
「この池を右回りすると木造の店があるからそこはどうかな?」
「良いわね。じゃっ10分前頃そこに集合ね」
「分かった」
「じゃぁ翼、また後でな」
「おう」
涼、青葉さん、しのぶちゃんと別れた。
「それじゃ行こうか」
「はい」
なるべく人混みが少ない方へと向かった。
美羽と出店周りが始まった。
僕と美羽は人混みを避けながら歩いていた。
「人が大勢いますね」
美羽は僕の腕に掴まった。
「市内ではそこそこ有名だからね。何か欲しいのある? 奢るよ」
「ありがとうございます。じゃぁ……あれが気になります」
美羽が指した方には氷の文字が書いてある旗があった。
「かき氷かー。最近食べてないな。よし行くか」
旗が見える方向に歩いて行った。
店は丁度空いていてすぐに順番が来た。
「いらっしゃい! どの味にする?」
かき氷屋のお兄さんが氷を削っていた。
「美羽はどの味にする?」
「えーっと……」
美羽はメニューの写真を見て
「私はいちごにします」
と言って写真を指した。
「じゃぁいちご味2つで」
「はいよ! 少し待ってね」
店のお兄さんはかき氷にシロップを掛け、スプーンの形をしたストローを刺した。
「お待たせ。いちご味2つ」
「どうも」
かき氷を2つ受け取った。
「近くに座って食べようか?」
「そうですね」
僕達は人通りが少ない場所でコンクリートブロックに座り、かき氷を食べた。
「ん~、冷たいです」
美羽はその冷たさに目を瞑った。
「ゆっくり食べないと頭痛くなるよな」
かき氷を食べ終わった時、前を子供が綿菓子を食べながら通った。
「翼君!」
「な、なに!?」
「あのふわふわしたのが食べたいです」
美羽は子供が持っている綿菓子を指した。
「綿菓子? 別にいいよ。えっと綿菓子屋は……」
立ってあたりを見渡すと綿菓子屋が見えた。
「あった。美羽、行こ」
はぐれないように美羽の手を引っ張って行った。
綿菓子屋に着くと店前には行列が出来ていた。
そこに僕達も並んだ。
「これ買ったら早めに集合場所行こう」
「分かりました」
「そういえば美羽はいつまでこっちの世界に居るんだ?」
「えっ?」
「別に美羽がこっちに居るのが嫌ってわけじゃないけど……」
「まだ帰らないから安心してください。戻ると言っても一度戻るだけですから」
「またこっちに戻ってくるか?」
「数日で戻ってきますよ」
「よかった~。あっちに戻るときは声かけてくれよ。見送りするから」
「ありがとうございます。私があっちの世界に戻っても忘れないでくださいね」
「数日居ないだけで忘れるはずないだろ」
「そ、そうですね。順番来ましたよ」
「おっと、本当だ」
「いらっしゃい。どちらにしますか?」
店前には袋に入ったピンクと白の綿菓子が吊るしてあった。
「美羽はどっちにする?」
「私はピンクで」
「じゃぁピンクと白を一つずつで」
「少々お待ちください」
おじさんは吊るしてある袋を取った。
「はい、まいど」
「ありがとうございます」
綿菓子を買った僕達は早めに集合場所に向かうことにした。
花火が始まる前に行かないと道が混むからさ。
美羽はさっそく袋から綿菓子を出して食べていた。
「ん~、甘いです。でも口に入れたら消えちゃいました」
「この綿は細かく溶かした砂糖だからね」
「あれ? あそこに見えるのは……?」
集合場所に行くと青葉さんが1人でいるのが見えた。
「おーい、青葉さん!」
少し遠くから呼ぶと青葉さんはこっちに気付き歩いてきた。
「もう来たの?」
「青葉さんこそまだ時間じゃないのにどうして?」
「私は人混みが苦手でね」
「涼としのぶちゃんは?」
「あの2人はまだ出店回りよ」
「翼君」
美羽は僕の袖を引っ張り遠くを指した。
その先を見るとそこには何やら色々な物を持っている涼としのぶちゃんの姿が見えた。
涼としのぶちゃんはこっちに気付き手を振っている。
どんだけ買ったんだよ……
「なんだお前らもう来てたのか」
「私達が最後だね」
集合場所に着くと2人は荷物を木のベンチに置いた。
「あんた達よくそんなに買うわね」
「祭りなんだから当然だろ」
「そうだ、そうだ」
「まったくあんた達は……」
「どこで花火見ますか?」
「そうね~……」
「じゃぁ向こうで花火見よ」
向かった先には立ち入り禁止の文字があり50歳くらいの男性警察官が見張っていた。
「無理じゃね?」
「無理だな」
「そうね」
「そうですね」
「じゃぁ行ってくる」
『えっ……』
しのぶちゃんが走って行き警官と話したと思うとすぐに戻って来た。
「こっちこっち~」
「あれ以上先は立ち入り禁止じゃないの?」
「そこの階段は許可を貰ったから大丈夫だよ」
さすがとしか言えなかった。
立ち入り禁止の看板がある階段に座らせてもらった。
『これより花火を打ち上げます』
会場に設置されているスピーカーから放送が流れ、拍手が起こった。
「いよいよですね」
「そうだな」
夜空を見ていると
“ひゅ~……ドーン!
と大きな花火が打ち上げられた。
「わー、綺麗ですね」
「こんなに近くで見るのは久々だな」
楽しんでいる美羽の目には花火が映っていた。
カラフルで大きな花火や連続花火、キャラクター花火が上げられ夜空を彩った。
あれ? こんな事前にもあったような……
なんだか懐かしい気分だ。
そうだ。
去年もこうして花火を見たはずだ。
でも何かが足りない気がした。
確か去年はここまでバスで来て、出店周りすることになって……
誰と一緒になったんだ?
思い出せない……
「翼君。花火綺麗ですね」
「あ、うん。本当に綺麗だな」
去年の事だし今は今を楽しむとするかな。
花火を見ているとあっという間に時が過ぎて行った。
『これにて花火は終了です』
アナウンスが流れると見物客も帰りの支度を始めた。
僕達も警官にお礼を言ってその場を後にした。
「美羽、花火どうだった?」
「とても大きく綺麗でした。またみんなで見たいです」
美羽は夜空を見上げた。
「また皆で来るさ」
帰り道は花火を見た観客などで混んでいた。
タカさんは近くの駐車場に来ていた。
僕達は車に乗り駅に向かった。
「ねぇねぇ、今度みんなでキャンプ行こうよ」
「お、いいね~。行こうぜ!」
「宿泊っていいのか?」
「二十歳以上の人が同伴が条件ね」
「別に俺は行ってもいいぜ」
運転しながらタカさんは答えた。
「じゃぁ予約取れたら前日に買い物行こうよ」
「おー!」
しのぶちゃんと涼のテンションは上がっていた。
キャンプなんて小学校の時行ったのが最後だった。
場所は県内のキャンプ場。
そこはしのぶちゃん一家がよく行く所らしい。
「キャンプ楽しみですね」
「美羽はキャンプ行ったことないの?」
「はい、一度は行ってみたいなと思っていたんです」
「丁度だな」
「そうですね」
キャンプの話しをしているうちに駅の北口に着いた。
僕、美羽、青葉さん、涼は車から降りた。
「また明日ねー」
しのぶちゃんはそのまま車に乗って家へ帰った。
「美羽、家まで送ろうか?」
「お願いしますね」
「じゃぁ俺達は帰るぜ」
「また明日ね」
「またな」
「お休みなさいです」
涼と青葉さんは駅の階段を上がって行った。
「そういえば家はどこ?」
「丘の上にあるマンションです。交差点に交番がある所の」
「あそこか~。じゃぁバスだな。浴衣だし」
「そうですね」
僕達はバスに乗って丘の上にあるマンションに向かった。
祭りの後なのに車内には数人しか居なかった。
「そういえばキャンプ行くのに親の許可とか取ったのか?」
「親はあっちの世界に居るのでこっちに来たのは私だけです」
「平気なのか?」
「正直最初はとても不安でした。でも今は翼君達が居るので平気です」
「何かあったら言えよ」
「はい」
「それにしてもキャンプは久しぶりだな。確か小学校の合宿以来だ」
「その話し詳しく聞きたいです」
「良いよ。確かあれは5年生だったな。皆でカレー作ったりしてさ。他の班のカレーはスープみたいになっていたな」
「翼君の班はどうでした?」
「僕の班は成功だったよ。まぁ先生が居たからな。そんで寝るとき先生が怖い話しをしていたな~」
「皆で泊まるのって楽しそうですね」
気が付くとバスは美羽のマンション近くに来ていた。
「もうそろそろだな」
僕は《降ります》と書かれたボタンを押した。
バスは停まり僕と美羽は降りてマンションに向かった。
「本当に今日はありがとうございました」
「気にするなって。早くレポート出来ればいいな」
「そうですね。さっそく帰ったら書きます」
「頑張れよ」
「はい、頑張ります。あっ、ここまでで大丈夫ですよ」
「分かった。また明日な」
「お休みなさい」
「お休み」
今さっき来た道を戻ろうとした時
「あのっ!」
美羽が何か言いたそうだった。
「なに?」
「えっと、連絡先交換しませんか?」
「そういえばまだだったな」
携帯電話同士を近づけて赤外線でメールアドレスと電話番号を交換した。
「これでよしっと」
「ありがとうございます」
「じゃぁまた」
「はい、ではまた明日」
僕は再び来た道を歩き始めた。
夏なのにその日の夜は少し涼しかったから家まで歩いて帰ることにした。