1話 転校生は
去年の春、僕は地元にある高校に入学した。そんなに大きい高校ではない。
そして今年の夏、二度目の夏休みを迎えようとしていた。
いつものように晴れた日、一人登校していると後ろから誰かが駆けてくる足音が徐々に近づいてきた。
「翼、おはようっ!」
そう言って僕の肩を叩いてきたのは同じクラスの桜木涼。
同じ中学出身の一人。
運動部の助っ人をやるほどのスポーツ万能。
「おはよう。今日も暑いな。こんな日は家でゆっくりしていたいよ」
「でも明日から夏休みだぜ! 楽しみだなー」
並んで歩いていると別の道から女子生徒が二人歩いてきた。
「おはよう翼君」
髪を両サイドで結んでいる髪型をしているのは水島青葉。
成績は優秀でクラスの委員長と生徒会副会長を務めていて次期会長候補である。
桜木の幼馴染で同じ中学出身。
「おはよー!」
この小さい子は植田しのぶ。
同じクラスで同じ中学出身。成績は平均に届かないくらい。
愛称はしのぶちゃん。
家が金持ちだ。羨ましい。
基本はこの同じクラスの4人のグループで高校生活を送っている。
「青葉さん、しのぶちゃんおはよう」
僕達は青葉さん、しのぶちゃんと合流して学校に向かった。
「盛り上がっていたみたいだけど何を話してたの?」
しのぶちゃんは涼を見上げながら聞いた。
この二人身長差がありすぎだ。
「明日から夏休みだなって」
上機嫌の涼に青葉さんは呆れた顔で尋ねた。
「あのさ……今日が何の日か分かってるの?」
「一学期最後登校で終業式だろ。これくらい分かるって」
自信満々の答えに青葉さんは深く溜息した。
「今日は補習者発表日よ。補習の人は夏休みに学校に来るか、課題が出るの」
それを聞いた途端、涼は真っ白になり、一人学校に向かって行った。
よほど自信が無かったみたいだ。
学校に着いた僕は教室の窓際にある自分の席に座っていた。
席に着いていると教室のドアが開き先生が入って来た。
その手には大量のプリント。
そして先生の隣には、見たことない女子生徒がいた。
確実に転校生だろう。
もちろんクラス中はざわめき始めた。
終業式に転校生って……
「みんな静かに。明日から夏休みだが転校生を紹介する」
先生は女子生徒を教壇の真ん中に立たせた。
「では君、自己紹介して」
「はい」
と言うと女子生徒はチョークを持ち、黒板の上のほうから大きく名前を書き始めた。
「えっと……初めまして。私の名前は天野美羽と言います。これからよろしくお願いします」
天野さんは一礼した。
大人しそうだ。
「本当は夏休み明けに来る予定だったが本人の希望で今日来ることになった。皆よろしく頼むぞ」
『はーい』
「君の席は後ろのほうに用意してある。夏休み明けに席替えをするから今日は我慢してくれ」
「分かりました」
天野さんは列の最後尾に用意してある席に座った。
先生はプリントの束を持ち
「それじゃぁ今から追試をやった人は一人ずつ隣の教室に来てもらう。出席番号3番植田からだ」
先生としのぶちゃんが教室を出て行った。
先生が教室を出て行った途端に教室内の生徒は席を移動したり話し始めた。
僕は後ろの席の涼に話しかけようと振り向くと、そこには机に突っ伏している涼の姿があった。
「どうした?」
「追試ダメだったから補習決定だ……さようなら俺の夏休み……」
「まだ分からないじゃん」
「はぁー……」
涼は深く溜息をした。
そこに青葉さんがやって来た。
「やっほー、って涼どうしたの?」
「こいつ追試が自信無いんだってさ」
「なるほどね。翼君は全部合格だったわよね?」
「なんとかな」
すると教室後ろのドアが開き1人の生徒が戻ってきた。
「おーい、桜木!」
呼んでいたのはクラスメイトの落合。
次の追試生徒である涼を呼びに来たみたいだ。
「次、涼の番だぞ」
「マジかよ……」
涼はふらつきながらで教室を出て行った。
まるで何者かに操られているようだ。
落合は、教室を出た涼とすれ違いに僕の所に来た。
「なぁ、桜木のどうしたんだ?」
「テストが心配らしいよ。それで落合はどうだった?」
「俺は課題も無かったぜ! まぁ才能があるからな」
落合が堂々と胸を張って言った。
「追試者が何を言ってるのよ。それに今回は無かったけど漫画ばかり描かないで勉強しなさいよね」
「さすが委員長厳しいねー」
落合は逃げるように教室前の方にある自分の席に戻った。
「まったく……」
「落合だって漫画だけじゃなくちゃんと勉強もしているよ」
「まぁそれならいいけど」
教室の後ろのドアが開き涼が戻って来た。
「あっ、帰ってきた」
涼は一言も話さず静かに自分の席に着いた。
「結果どうだった? まさか補習だったとか……?」
「そんな訳ねぇよ。これを見ろ!」
テストの追試結果用紙を見せてきた。
「これは……なんと残酷な結果。酷すぎる」
「そこはどうでもいいだろ。こっちを見ろよ」
指した方を見るとなんと涼は補習を免れていた。
「ふーん、ある意味すごいわね」
青葉さんが涼の後ろから追試結果用紙を覗き込んだ。
「うわっ! まだいたのかよ!」
涼は急いで追試結果用紙を机の中に押し込んだ。
「もう少しちゃんと勉強しなさいよね。補習が無くても課題出されているじゃないの?」
「わ、分かっているよ……そういうお前こそどうなんだよ?」
「私? 私は委員長だから追試自体が無いの。あっちゃ困るのよ」
涼は再び机に突っ伏した。
青葉さんは期末試験成績学年上位の1人だ。
「そう言えばしのぶちゃんは?」
「しのぶならあそこ」
青葉さんが指した方を見るとそこには涼と同じように机に突っ伏しているしのぶちゃんの姿があった。
僕と青葉さんはしのぶちゃんの所へ向かった。
「えっと、しのぶちゃんはどうだった?」
話しかけると突っ伏しているしのぶちゃんはゆっくり起き上がった。
「一応補習は無いんだけど……」
「じゃぁ何があった?」
「課題……出された……。課題出るなんて聞いて無いよ~」
「先生が試験明けに言ってたでしょ」
「聞いて無かった……」
「2人とも夏休み大変だな……ん?」
僕の視界に天野さんが入った。
「翼君、どうしたの? ボーっとして」
「えっ、いや、なんでもないよ」
「そう? ならいいけど」
僕は天野美羽と初めて会ったって感じがしなかった。
そう、どこかで会ったことがある気がした。
どこでだろう……?
頭の中がモヤモヤした。
学校は午前中で終了し、生徒たちは一斉に昇降口から出て来た。
僕と涼もその中に居た。
「やっと終わったー」
涼は疲れを取るかのように両腕を上げて伸びをした。
「校長先生の話し長かったしな」
「あれ? 青葉としのぶは?」
「青葉さんは生徒会でしのぶちゃんは青葉さんを待つって」
「俺達は先に帰るか?」
「2人も先帰って良いって言ってた」
「じゃぁ行くか。あっそうそう、新しいゲーム買ったから来ないか?」
「まぁ暇だからいいよ」
「じゃぁ昼飯食ったら俺ん家集合な」
「おぅ」
肌を焼くような日差しの中僕達はそれぞれの家路を歩いた。
その後、昼飯食った僕は涼の家へ向かった。
“ピンポーン”
インターホンを鳴らすとドアが開き、涼が出て来た。
「来たぜ」
「おぅ、上がって」
涼の部屋に行くと冷房が効いていて涼しかった。
「買ったのってこれか?」
テーブルの上にはゲームのケースが置いてあった。
「そうそれ。昨日買って来たんだけど途中で寝ちまってさ」
「どれくらい進んだ?」
「確か1章の途中だったかな?」
「最初じゃん。早くやろう」
「オッケー」
電源を点けてゲームを始めた。
最初ストーリーは好調に進んでいた。
だが途中からなかなか進まなくなってきていた。
なかなかストーリーが進まなくなってから数時間が経った。
「なぜだーーー!!」
「たぶんここからここに行くんじゃない?」
「よし、行ってみよう」
さらに数時間が経った。
なかなかストーリーが進まない……
夕方、攻略本を買いに駅向こうの本屋に行った。
本屋で涼はゲームの攻略本を買い、僕も漫画を買って一緒に駅に向かった。
その帰り道、明るい商店街を歩いていた。
夕方になるとこの商店街は人が多くなる。
涼は買った攻略本を読んでいた。
「ここでこれ使うのか」
「進みそう?」
「攻略本さえあれば行ける! 帰ったらすぐやってみるぜ」
「攻略本マジ神だな」
商店街を抜ける時、交差点を通って行く天野さんが見えた。
しかもまだ制服のままだった。
「ここで手に入るアイテムってさ……おぃ翼、聞いてんのか?」
「えっ……あっ、ごめん。ちょっと寄っていく所あるからここで」
「そうか。じゃぁな」
「じゃっ」
涼と別れるとすぐに天野さんの所に向かった。
天野さんの向かった先は学校とは反対方向だった。
「(そろそろ暗くなるのにこんなところ一人じゃ危ないな……って僕はなに尾行しているんだ……)」
天野さんは丘に続く坂を上って行った。
「(何しに行くんだろう?)」
丘の途中には広い公園があり天野さんはその中に入って行った。
「(公園?)」
天野さんは公園の入口から一番遠いベンチに座って居た。
僕は少し遠くから様子を見ていた。
「(何しているんだろう?)」
そう思っていた時、天野さんは立ち上がり近くの柵超えようとしていた。
「天野さん危ない!」
僕は急いで天野さんを止めた。
「えっ……!」
僕と天野さんはその場の芝生に倒れこんだ。
天野さんは何が何だか分からない顔をしていた。
起き上がり僕と天野さんはその場に座った。
「あなたは……どうしてここに?」
「(さすがに商店街から尾行していたなんて言えないよな……)」
「えーっと天野さんがここに入るのを見たから……そっちこそこんな所で何をしているんだ?」
「わ、私ですか? 私は……」
天野さんは何かを隠しているような顔をして目を逸らした。
「別に言えないことならいいけど」
「いえ……あなたになら言っても」
「えっ……?」
「実は私、人間ではなく天使なんです」
「……? なにその漫画みたいな」
僕は軽く笑ってしまった。
でも天野さんは真剣な眼差しでこっちを見ていた。
「証拠にこれを見てください」
天野さんは立ち上がった。
そして深呼吸したと同時に背中からとても白くて美しい大きな羽が生えた。
「!?」
その突然の出来事に唖然として言葉が出なかった。
「見ての通り天使の象徴の羽です。私はこの世界の実態を調べるため別の世界から来ました」
「あー……少し頭の整理をさせてくれ……」
「はい」
近くのベンチに座り頭の整理をした。
天野さんも羽を消してベンチに座った。
しばらくして僕は膝に手をポンッと置き、一度深呼吸をした。
「幾つか質問させてくれ」
「いいですよ」
「何で僕に正体を見せるんだ? 普通そういうのは秘密じゃないのか?」
「あなたは私がまだ幼い頃この辺りで迷子になって泣いていた私を助けてくれたんですよ。清水翼君」
「何で僕の名前を? それに助けた? そんなことあったかな?」
「やっぱり覚えてませんよね……」
「なんかごめんな」
「良いんですよ。昔の事ですし。質問続けてください」
「それじゃ次の質問。何でさっき柵を越えようとしたんだ?」
「先程見せたように私には羽があります。でも私は飛ぶのが下手でこうして夜にここで練習をしているんです」
天野さんは恥ずかしがり下を向いた。
「羽があるから飛べるってことじゃないのか……でも何で練習場所がここなんだ? 他にも高い場所があるだろ?」
「ここなら人が来ませんし、それにここから見える夜景が好きなんです」
「夜景?」
天野さんは柵に向かった。
僕も立ち上がり柵の所へ向かった。
公園から街を見るとその夜景は素晴らしかった。
駅周辺はマンションや商店街の明かりで明るかったのだ。
それから僕は天使について、空の世界の事などを少しだけ教えてもらった。
気が付くと公園の街灯には灯りが灯っていた。
今日はもう遅いので僕達も家に帰ることにした。
そして公園の入り口に向かって歩いている。
「つまり天野さんはこの世界の事を調べ、それをレポートにまとめるため来たという事か?」
「そうですね。これで信じてもらえますか?」
「信じるも何も羽見せられたら信じないほうがおかしいと思う」
「そうですよね。あっ……他の人には……」
「この事内緒にだろ」
「はいっ」
「あのさ明日朝から時間空いているか?」
「明日ですか? 空いていますけど?」
「僕もそのレポート作り協力のためこの世界を案内するよ。家にいてもやることないし」
「良いんですか!? ありがとうございます」
「じゃぁさ明日朝12時に駅前にある石の彫刻の前待っているから」
「分かりました」
公園を出ると天野さんは立ち止まった。
「あの、私の家こっちなのでここで」
「ん? あぁ分かった。気を付けて」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
天野さんは一人帰って行った。
僕は坂を下り自分の家へと帰った。