第九十七話 新体制
1
混んできた飯屋を後にして、井上と沖田は分かれてそれぞれ役所と屯所に戻った。
屯所に帰る道すがら、沖田は考える。
薫と環とシンが・・あの異人に関係あるとしても、それがなんだと言うのだ。
「オレぁ、別にあの3人をどうこうしようって気はねぇよ」
さっきの井上の言葉を思い出す。
「あの鬼も・・身元不明ってだけで、なーんも悪いこたぁしてねぇしな。まぁ・・不審人物ってのは確かだが」
「だったらなんで・・」
沖田の問いに、井上がイミありげな笑いを向けた。
「キョーミだよ、ただのキョーミ」
「・・・」
「オレたちの知らねぇ秘密ってやつが世の中にあんなら、そいつがどんなもんか知りてぇだろ?」
井上の言葉に、沖田が少し目を逸らす。
「・・知らなくて良いこともあんじゃねーの?」
「・・あいつら言ったんだよ。"歩いても舟に乗っても、自分たちは元いた場所に戻れない"ってな」
井上が続ける。
「いってぇ、どこだ?そいつぁ。外国の・・果ての果ての、さらに先か?」
「・・・」
「嬢ちゃん2人は"へいせい"、ヤローの方は"てんしょー"から来たとか言ってたなぁ」
「"へいせい"?と"てんしょー"?」
沖田が眉をよせる。
「ああ・・聞いたことねぇ地名だろ?」
井上の言葉に、沖田は黙ったままだ。
「総司。おめぇ、ひょっとして・・あの嬢ちゃんたちに惚れたんじゃねぇか?」
井上がニヤニヤ笑って楊枝を手に取る。
「ありえねぇ」
沖田は楊枝をくわえて、つまらなそうな顔をする。
「ジョーダンやめてくんない?」
2
屯所に戻ると、環が庭で洗濯していた。
「おい」
いきなり沖田に声をかけられて、環は驚いて振り返る。
「明日からまた、剣の稽古やるからな」
沖田が無愛想な声で言った。
「薫にも言っとけよ」
「は、はい」
環が慌てて立ち上がった。
沖田はそれだけ言うと、踵を返した。
沖田の後ろ姿を見ながら、環は息をつく。
(ここの人たちって・・どうしてみんなこう表現ヘタなんだろ)
ふと見ると、玄関の前で伊東が5人の隊士と立ち話をしている。
すると伊東も環に気付いて、やってきた。
「環ちゃん、洗濯ごくろうさま」
伊東はにこやかに声をかける。
「伊東さん・・お、おつかれさまです」
環がムリに笑顔を作って応える。
「ほら、これ」
伊東の手には椀が入った桶がある。
「水飴買ってきたんだ。たくさんあるから薫ちゃんと食べなさい」
「あ・・ありがとうございます」
環は素直に受け取った。
「いつも、スミマセン」
「いやぁ、京のお菓子は江戸とまた風味が違ってうまいもんだな」
伊東はニコニコ笑っている。
(伊東さんって、悪い人に見えないんだけどな)
環は背の高い伊東を見上げる。
「これからまた、近藤局長のお供ででかけなきゃいけないんだ」
やれやれ、と言う口調で伊東が思い切り伸びをする。
「肩凝って仕方ないよ」
3
最近・・近藤はどこに行くにも伊東を連れて歩く。
以前は、重要な打ち合わせの席には必ず山南か土方を同行させていたが、今はそれも伊東の役割になってしまった。
実際・・伊東はどこに出しても遜色ない志士であり、派手好きの近藤が連れまわすにはもってこいの人材だ。
「近藤局長からすっかりお見限りですわね・・わたしたち」
山南が面白がっている口調で土方に顔を向ける。
「ふん、どーでもいんだよ・・お偉方との打ち合わせなんざ」
土方は隊の編成表に目を落としたまま答える。
部屋には土方と山南の2人である。
「しっかしなぁ・・」
土方が渋い声を出す。
「"鈴木三樹三郎を九番隊の組長にしろ"って言われてもなぁ・・」
近藤が、伊東の実弟である鈴木樹木三郎を要職につけるよう言ってきたのだ。
「カンベンしてくれよ」
土方がうなる。
「どう考えても・・服部か篠原だろ。なんで鈴木なんか・・」
山南が息をつく。
「仕方ありませんわ。伍長をしっかりした人物で固めて・・見廻りは十番隊と同行が多いですから、原田クンにお願いするしかないわ」
「・・左之から文句言われそうだぜ」
土方がゲンナリした顔をする。
「人数も増えたしなー・・今のまんまじゃ、もうムリだろ。どっか良い場所探さねぇと」
土方と山南は同時に息をつく。
新選組の切り盛りは、基本的にこの2人が担っている状態なのだ。