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第九十四話 湯あみ


 「伊東のヤツには気をつけろよ」

 永倉が薫と環に言った。


 「えー?伊東さん、親切ですよー」

 薫が明るく言うと、環も頷く。


 永倉と原田が眉をひそめる。

 パチとじゃれていた斎藤が手を止めた。

 藤堂は黙ったままだ。


 打ち合わせの後、見廻りに行く前の4人が炊事場に寄っている。


 「なんだよ、それ?」

 永倉がムッツリ訊くと、薫と環は顔を見合わせる。


 「この前・・伊東さんからお団子もらっちゃって」

 「うん、その前は大福ねー」

 「お饅頭も!」

 薫と環がニコニコしているのを、オトコたちが冷たい目で見る。


 「チッ・・食いモンで懐柔されてんのかよ。どんだけ安いんだよ、おめーら」

 永倉が吐き捨てる。


 「お菓子のことだけじゃないですよ」

 環がムッと反論する。

 「伊東さん、水汲みとかも手伝ってくれたりするんです。優しいですよー」


 伊東はオトコ特有の照れを全く持ち合わせていないので、好意の示し方がストレートなのだ。

 こうゆうタイプは、他のオトコの敵でしかない。


 「あーっそ。んじゃ、勝手にしな」

 永倉が言い放つ。

 「そうそう。寝起き係に任命されて、朝勃ち状態で手籠めにされちまえ」

 原田がサイテーの暴言を吐く。

 「けっ、くだらねぇ」

 斎藤が小声でつぶやく。

 「・・・」

 藤堂は溜息をついた。





 「伊東さんってひょっとして、永倉さんたちと仲悪いのかな?」

 薫がつぶやく。


 仲が悪いのではなく、一方的に敵視されているだけなのだ。


 炊事場で2人は髪を洗っている。

 気温が低くなってきたので、夏場のように水で洗うのはキビシイ。

 お湯を沸かして、身体と髪を洗う。


 炊事場の戸につっかえ棒を立てて鍵をかっている。


 湯屋にはちょくちょく行けないので、1日1回炊事場で身体を洗ったり洗髪をしている。


 「環・・髪伸びたねー。また切ったげる」

 「うん」

 環の髪は薫が切っているのだ。

 「でも・・寒くなって来たから髪乾くまで時間かかるね」

 「ドライヤー無いって地獄だよ」


 「あのさ・・伊東さんって、サンナンさんと少し似てない?優しくて穏やかで」

 薫が訊くと、環も頷いた。

 「わたしもそう思った。どっちもサラサラしてるもんねー」

 

 実際・・山南と伊東はジャンルがややカブっている。


 年齢も近くて、どちらも北辰一刀流を修めた同士だ。

 (ただし山南は小野派一刀流の免許皆伝、伊東は北辰一刀流の免許皆伝である)

 温厚で教養深い文人の顔も持ち合わせ、どちらも人望厚い。


 決定的な違いは・・山南は異常なほど空気に敏感で、伊東は異常なほど鈍感だった。


 すると突然、炊事場の戸を開けようとする音が聞こえた。

 ガタッ、ガタッ、ガタッとしつこく繰り返す。


 この時間はいつも薫と環が使っているので、隊士たちは近づかない。


 「っ・・・」

 薫と環は裸のまま身動きせず、恐怖にひきつった顔で戸の方をジッと見ている。


 すると突然、音が止んだ。

 誰かが立ち去る足音がする。


 ホォーッと息をつくと、2人は慌てて脱いだ着物を手に取る。

 せっかく身体を流したばかりなのに、変な汗をかいてしまった。


 「い、今の・・誰だったの?」

 「さぁ・・」





 手早く着替えた2人が恐る恐る戸を開けるが・・誰もいない。

 環が息をつく。


 すると、門の方から沖田が歩いて来た。


 「沖田さん!」

 環の声で、沖田が顔を上げる。

 「よぉ・・どしたよ?ヘンな顔して」


 「い・・いま誰か、そっちに歩いて行きませんでしたか?」

 「いや・・誰もいなかったけどな。なんだよ、いったい?」

 沖田が怪訝そうに首を傾げる。


 「い、いま湯あみしてたら・・誰かが戸口を開けようと」

 環が上ずった声で説明する。


 「あ?」

 沖田が眉をひそめる。

 「・・オレぁ、ノゾいてねーぞ」


 「誰も沖田さんがノゾいたなんて言ってません!」

 環が声を高くする。


 「・・ふぅ~ん・・・あんたらをノゾキねぇ?」

 沖田がそらっトボけたような顔をする。

 「いないんじゃない?そんなモノズキな人」

 アッサリ言い切った。


 「わ、分かんないじゃないですか!こんだけ沢山いれば・・中に1人や2人や3人や4人・・変態がいたっておかしくないです!」

 環が顔を赤くする。


 「・・ずいぶん多いなぁー、変態が」

 沖田がシレーッとつぶやく。

 

 「い、いえ・・あの」

 環が言いよどむ。

 「今まで、こんなことって無かったから・・ちょっと怖くて」

 「・・・」


 沖田は黙っていたが、つまらなそうに息をつく。

 「・・もう行くぜ。んな、しょうもねぇ話につきあってらんねぇよ」

 そう言ってスタスタと玄関に向かった。



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