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第九十一話 嫁入り


 沖田は回復して隊務に復帰した。

 ミツの名前は全く口に出さない。


 数日して、屯所の沖田のもとに文が届いた。

 ミツである。



 ヤクタイカケテカンニンエ

 オキタハンノコトアキラメマス

 クヤシイテモットカッコエエヒトサガシマス

 コレカラモオキバリヤス



 まるで暗号のような文である。


 沖田は部屋で一人クスクス笑って息をつく。

 自分を振ったオトコの前で川に入るなど、ミツはああ見えてかなり気が強いと思えるが、その強さに救われる。


 土方の言った通り、姉と同じ名の娘を邪険にできないというのはハズれていないが、突き離せなかった理由はそれだけではない。

 沖田にとってミツの率直さはまぶしかった。


 沖田は幼い頃からききわけの良い子供だった。

 早くに親を亡くしたことが、沖田を大人びて悟り澄ました少年にしてしまっていた。


 両親に愛され大事に育てられたゆえの、素直さやわがままさに憧れた。

 自分がミツにつりあわないと言ったのは、謙遜ではなくて本心である。


 ミツに対して恋愛感情を持つことは出来なかったが、「幸せになってほしい」と思える女の子なのだ。


 ミツの文を握り締めて、畳の上にあおむけに転がる。 

 「シアワセになってくれよ」

 小さな声でつぶやいた。


 ところがそれから数日後・・

 ミツが親が用意した縁談を蹴って、京の診療所の手伝いとして奉公に上がったという噂が屯所まで聞こえてきた。




 「結局、あの娘・・嫁入りの話、蹴っちまったらしいぜ」

 永倉は座り込んでパチとじゃれている。

 昼飯の後、庭で休憩を取っているのだ。


 「そうなんですか?」

 薫が驚いた声を出す。

 「やっぱり・・沖田さんのことが忘れられないのかな・・」

 「・・分かんねぇけどなぁー」

 原田もしゃがみこんで、パチにちょっかいを出す。


 「なるようになりますって」

 環がアッサリ言い切る。

 「おめぇは・・若ぇのにバァさんみてぇだなー、環」

 永倉が環の方を見上げる。


 「バァさんは失礼でしょ」

 「おめぇらもオンナだろー?好きなオトコのことで悩んだこととかねぇのかよ?」

 「ありません」

 環と薫が同時に答える。


 「・・・ねぇの?一回も?」

 「ありません」

 2人はなおも言い切る。

 「・・なんつーか・・」


 「それでおめぇら、色気がねぇんだな」

 原田が見上げる。

 「ほっといてください」

 「そりゃ、ほっとくけどよー・・けど、おめぇらも嫁入りするトシだろーが」

 原田がなんだかんだ続ける。


 「嫁入りなんてしませんから」

 環が言うと、薫も続ける。

 「あたしも・・結婚するつもりなんてないなー」


 「はぁ?おめーら・・・変わってんなぁー」

 原田が言うと、永倉が続けるた。

 「んじゃ・・まさかずーっと、この屯所にいるってのか?」

 「まさかっ!!」

 環と薫が異口同音で答えた。




 正直、薫は驚いていた。

 自分はともかくとして、環が結婚しないと言ったことだ。


 薫は施設育ちで、小さい頃から他の人と自分は違うと思っていた。


 養護施設の子供達は両極端に分かれる。

 家庭の味を知らないため強烈に幸せな家庭に憧れる子と、ハナから完全に諦め切っている子と。


 薫は後者だった。

 物心ついてからは、手に職をつけて1人で生きていくことばかり考えていた。


 だが、優しい両親のもとで幸せな子供時代を過ごしたはずの環が、結婚に拒絶反応を示すのが不思議だった。

 母の手作りのミサンガを手首に巻いて、両親の好きな曲を笛で吹けるような環がどうしてなのか。


 薫の疑問は、環の身の上についての知識不足から来る。

 環は両親とは血がつながっていない。

 実の親は不明である。


 環は、実の親のことを怖れていた。

 幼い子供を神社の境内に置き去りにするような親など、とうていマトモな人間だとは思えない。


 自分はとんでもない輩の血をひいているのかもしれない。


 それを思うと、結婚だの出産だのは遠い異世界のことのように思える。

 おそらく一生、恋だの結婚だのには無縁だろうと一線を引いてしまっていた。


 2人は年頃の娘でありながら、固く閉じられたままの青い蕾だった。




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