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第八十八話 壬生川


 その後、3日に空けずミツが屯所に顔を見せるようになった。

 沖田が出て来ないと、ガッカリして帰る姿が隊士の間で評判になっている。


 「やっぱ、沖田組長ってアッチの人かいねー?」

 「あんな可愛い娘に言い寄られて、袖にするなんてなー」

 「分からんでぇ~・・カッコつけとるだけかもしれんて」

 平隊士が勝手に噂話をしている。


 「おミツって名前らしいな、あの娘」

 土方が面白がる口調で訊いた。

 沖田が部屋に来ている。

 土方に呼ばれたのだ。


 「ええ」

 沖田は、その話題をイヤがる顔つきをした。

 土方がクスクス笑い出す。

 「おめぇ・・ほんと、ネェチャンに弱ぇんだな」

 「・・カンケーねぇですよ」

 「いっつもなら言い寄られてもスルッとかわせんだろーが。相手が"おミツ"じゃそうも出来ねぇか」


 おミツというのは沖田の実姉の名前である。

 幼い頃に両親を亡くした沖田を、親代わりとして育ててくれた。


 沖田は軽く舌打ちをする。

 いつも沖田にからかわれている土方は、沖田が困っている姿が楽しくてならない。


 「だが、相手は素人娘だ。親が出て来たりしたらメンド臭ぇことになるぞ」

 土方が腕を組む。

 「そろそろキチンとケリつけろ」


 「・・分かってます」

 沖田が息をつく。


 ケリをつけたいのは山々だが・・できればミツを傷つけたくない。

 (ムリな話だが)


 自然に諦めてくれるように居留守作戦を使っているが・・思いのほかミツは、折れないハートの持ち主だった。

 正直、困り果てている。




 いつもは昼に現れるミツが、夕方になってから屯所を訪ねて来た。


 沖田に言い含められている隊士が、いつも通り留守だとミツに答える。

 そこにタイミング悪く、夕飯を食べ終えた沖田が玄関から出てきた。


 「沖田はん!」

 ミツの声に沖田が驚く。

 (げ・・やべっ)


 門番の隊士を完全に無視して、ミツが屯所の中に入って来る。

 「沖田はん」

 「おミツちゃん・・え~と、その」

 「やっぱり・・ずっと居留守使うてたん?」

 責めるでもなく、アッサリとミツが訊いて来る。

 「・・いやっ」

 「ウチ・・沖田はん困らせてんのやなぁ」

 「・・・」


 ミツが顔を上げる。

 背の高い沖田と小さなミツでは身長差が30cm以上もあるので、まるで空を見上げる体勢になる。


 「沖田はん、ウチもう屯所には来えへんから・・最後に話でけへん?2人で」

 ミツの申し出に、沖田は一瞬迷ったが頷いた。

 「・・分かったよ」

 「ほんま?せやったら、壬生寺に行こ」

 ミツに言われるまま、沖田はついて行くことにした。


 2人の様子を、庭木の影から覗いている人影がある。

 永倉と原田、藤堂と斎藤、そして薫の5人だ。

 「うーん・・」

 「どうする?行くか?」

 永倉が訊くと原田が親指を立てる。

 「当然」




 壬生寺は隊士たちの訓練や遊び場として使われているが、沖田はこの頃、必要以外で訪れなくなっている。


 寺のそばには壬生川が流れている。

 (注:壬生川は現在埋め立てられて道路になっています)


 「沖田はん・・ウチのことキライなん?」

 壬生川のほとりでミツが訊く。

 「・・おミツちゃんを嫌いなオトコはいねぇよ」

 沖田は溜息をつく。


 「ウチね・・」

 ミツが振り返る。

 「縁談があるんや・・おとうはんが勝手に決めたんよ」


 沖田を見上げると、思い切ったように言葉が出る。

 「でもウチ・・沖田はんが好きなんや、ずっと前から・・」


 予想通りの言葉を言われるが、沖田はまだ善後策を思いついていない。

 「おミツちゃん・・オレぁ」

 「ウチじゃダメなん?沖田はんのお嫁にしてくれへん?」


 その様子を木の影から5人が覗いている。

 「どうだ?聞こえるか?」

 「いや・・何言ってんのか分かんねぇなー」

 「もっと前に行かねぇと・・」

 「それじゃ、バレんだろ」

 「静かにしましょう」


 「おミツちゃん」

 沖田が息をつく。

 「オレぁ・・ダメだ。おミツちゃんみてぇな良い娘さんにゃあ、とうてい釣り合わねぇ」

 腹を決めて直接話法で行くことにした。

 「ごめんな」

 沖田の答えを聞いて、ミツの目にみるみる涙がこみあげる。

 (うわっ・・)

 泣かれるのが一番苦手だ。


 するとミツが突如、走り出した。

 ボーゼンとしている沖田の前で、着物のまま壬生川にズンズン入って行く。


 「おミツちゃん!!」

 叫ぶ沖田の声と同時に、見ていた5人も木の影から飛び出していた。



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