第八十八話 壬生川
1
その後、3日に空けずミツが屯所に顔を見せるようになった。
沖田が出て来ないと、ガッカリして帰る姿が隊士の間で評判になっている。
「やっぱ、沖田組長ってアッチの人かいねー?」
「あんな可愛い娘に言い寄られて、袖にするなんてなー」
「分からんでぇ~・・カッコつけとるだけかもしれんて」
平隊士が勝手に噂話をしている。
「おミツって名前らしいな、あの娘」
土方が面白がる口調で訊いた。
沖田が部屋に来ている。
土方に呼ばれたのだ。
「ええ」
沖田は、その話題をイヤがる顔つきをした。
土方がクスクス笑い出す。
「おめぇ・・ほんと、ネェチャンに弱ぇんだな」
「・・カンケーねぇですよ」
「いっつもなら言い寄られてもスルッとかわせんだろーが。相手が"おミツ"じゃそうも出来ねぇか」
おミツというのは沖田の実姉の名前である。
幼い頃に両親を亡くした沖田を、親代わりとして育ててくれた。
沖田は軽く舌打ちをする。
いつも沖田にからかわれている土方は、沖田が困っている姿が楽しくてならない。
「だが、相手は素人娘だ。親が出て来たりしたらメンド臭ぇことになるぞ」
土方が腕を組む。
「そろそろキチンとケリつけろ」
「・・分かってます」
沖田が息をつく。
ケリをつけたいのは山々だが・・できればミツを傷つけたくない。
(ムリな話だが)
自然に諦めてくれるように居留守作戦を使っているが・・思いのほかミツは、折れないハートの持ち主だった。
正直、困り果てている。
2
いつもは昼に現れるミツが、夕方になってから屯所を訪ねて来た。
沖田に言い含められている隊士が、いつも通り留守だとミツに答える。
そこにタイミング悪く、夕飯を食べ終えた沖田が玄関から出てきた。
「沖田はん!」
ミツの声に沖田が驚く。
(げ・・やべっ)
門番の隊士を完全に無視して、ミツが屯所の中に入って来る。
「沖田はん」
「おミツちゃん・・え~と、その」
「やっぱり・・ずっと居留守使うてたん?」
責めるでもなく、アッサリとミツが訊いて来る。
「・・いやっ」
「ウチ・・沖田はん困らせてんのやなぁ」
「・・・」
ミツが顔を上げる。
背の高い沖田と小さなミツでは身長差が30cm以上もあるので、まるで空を見上げる体勢になる。
「沖田はん、ウチもう屯所には来えへんから・・最後に話でけへん?2人で」
ミツの申し出に、沖田は一瞬迷ったが頷いた。
「・・分かったよ」
「ほんま?せやったら、壬生寺に行こ」
ミツに言われるまま、沖田はついて行くことにした。
2人の様子を、庭木の影から覗いている人影がある。
永倉と原田、藤堂と斎藤、そして薫の5人だ。
「うーん・・」
「どうする?行くか?」
永倉が訊くと原田が親指を立てる。
「当然」
3
壬生寺は隊士たちの訓練や遊び場として使われているが、沖田はこの頃、必要以外で訪れなくなっている。
寺のそばには壬生川が流れている。
(注:壬生川は現在埋め立てられて道路になっています)
「沖田はん・・ウチのことキライなん?」
壬生川のほとりでミツが訊く。
「・・おミツちゃんを嫌いなオトコはいねぇよ」
沖田は溜息をつく。
「ウチね・・」
ミツが振り返る。
「縁談があるんや・・おとうはんが勝手に決めたんよ」
沖田を見上げると、思い切ったように言葉が出る。
「でもウチ・・沖田はんが好きなんや、ずっと前から・・」
予想通りの言葉を言われるが、沖田はまだ善後策を思いついていない。
「おミツちゃん・・オレぁ」
「ウチじゃダメなん?沖田はんのお嫁にしてくれへん?」
その様子を木の影から5人が覗いている。
「どうだ?聞こえるか?」
「いや・・何言ってんのか分かんねぇなー」
「もっと前に行かねぇと・・」
「それじゃ、バレんだろ」
「静かにしましょう」
「おミツちゃん」
沖田が息をつく。
「オレぁ・・ダメだ。おミツちゃんみてぇな良い娘さんにゃあ、とうてい釣り合わねぇ」
腹を決めて直接話法で行くことにした。
「ごめんな」
沖田の答えを聞いて、ミツの目にみるみる涙がこみあげる。
(うわっ・・)
泣かれるのが一番苦手だ。
するとミツが突如、走り出した。
ボーゼンとしている沖田の前で、着物のまま壬生川にズンズン入って行く。
「おミツちゃん!!」
叫ぶ沖田の声と同時に、見ていた5人も木の影から飛び出していた。