表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/122

第八十七話 迷子


 シンは他の隊士と一緒に稽古を受けることになった。

 ひさしぶりに竹刀を持つと、やはり感触は良い。


 だが・・どうにも集中できない。


 シンが新選組に身を置いているのは、薫や環と一緒にいるため、そして赤鬼の情報を集めるためである。

 間違っても、長州を討伐するためや攘夷浪士を捕縛するためではない。


 いままで成り行き任せにしていたが、新選組に深入りするのは危険である。

 薫と環を連れて屯所から出て行きかったが、肝心の薫と環にはそんな考えは毛頭無いようだった。


 「稽古はどんな感じなの?」

 環が明るい声で訊く。

 昼飯を食べ終えた後、3人は炊事場でしばしの昼休みを過ごしている。


 「どうって・・オレは隊士じゃないし、歴史に深入りすることは禁じられてるから」

 シンは困っている様子だ。

 「・・このままここにいると絶対ヤバイ」

 「ヤバイ?」

 「・・・」

 都の情勢はドンドン変化している。

 戊辰戦争の勃発まであと2年半、その前に自分たちは元の時代に戻れるのだろうか。


 「とにかく、赤鬼の情報を集めないと・・」

 シンが小声でつぶやく。

 「赤鬼?」

 薫が訊くと、環が続ける。

 「それ・・こないだ、"鳥居に現れた"って言ってた鬼のこと?」

 「ああ・・」

 「なんなの?その赤鬼って」


 「"赤鬼"は教授のニックネームなんだ」

 シンが淡々と答える。

 「薄茶色の目で・・燃えるような赤毛で・・身長が190cm近くある」

 薫と環が目を開く。

 「じゃあ・・鳥居に現れた赤鬼って、シンの大学の教授なの?」

 「・・かもしれない」


 あやふやに答えたが、シンには確信があった。




 「よぉ、ちょうど良かった。3人揃ってるじゃねぇか」

 突如声をかけられて、3人は驚いて顔を上げた。

 いつの間に来たのか、井上が炊事場の玄関の柱に寄りかかっている。


 「井上さん・・」

 シンが立ち上がる。

 「沖田さんなら・・」

 「おめぇらに用があってなぁ」

 井上がかぶせる。


 「オレたちに?」

 「ああ」

 井上が中に入ってくる。

 「聞いた話じゃ、おめぇら3人とも身元が分からねぇらしいじゃねぇか」


 「・・・」

 「オレぁ、こう見えても役人だからな。身元不明者をほっとくわけにゃあいかねんだ」

 井上は、土間を横切り板の間に腰かける。

 「どっから来たんだ?おめぇら」


 「・・・」

 3人は顔を見合わせる。

 「答えるわけねぇか」

 井上はつまらなそうに腕組みする。


 「まぁいいさ・・おめぇら3人とも同じとっから来たのか?そんぐれぇなら答えられんだろ?」

 井上の問いにシンが答える。

 「・・オレは2人とは別です」

 「へぇー?こっちのお嬢ちゃんたちは一緒なのかい?」

 井上が薫と環の方を向くと、環が口を開いた。

 「わたしたち・・"平成"から来ました」

 「環!」

 薫が驚いて遮る。

 「へいせい?」

 「・・・」


 「聞いたことねぇなぁ・・んで、おめぇは?」

 井上がシンの方を向く。

 「"天昌"・・」

 「てんしょう?」

 井上が首を傾げる。


 「分からねぇな・・なぜ元いた場所に戻らねぇ?おめぇらが、ここにいる理由はなんだ?」

 井上の目には強い光がある。


 「それは・・・」

 環が低い声を出す。

 「戻りたくても、戻れないからです」




 「戻れねぇ?どうしてだ?」

 井上は不思議そうな顔をする。

 「・・・」

 「まただんまりか・・」

 井上が息をつく。


 「オレたち・・京で迷子になったんです。新選組に来たのは成り行きで・・」

 シンの言葉を、井上が遮った。

 「いい年こいて何が迷子だよ。歩くか舟に乗るかして、郷(さと)に帰ればいいじゃねぇか」

 「・・帰る手段が無くなったんです」

 シンがつぶやく。

 「なんだよ、それぁ?」


 「歩いても舟に乗っても・・オレたちは元いた場所には戻れない。だから帰る方法を探してるんです」

 「・・ワケ分かんねぇな」

 井上が立ち上がった。


 「まぁ・・なんかあったら相談してくれ。力んなるぜ」

 井上の言葉に、シンが顔を上げる。

 「井上さんは、赤鬼のこと調べてるんじゃないですか?」


 「あ?・・なんだよ、いきなり」

 「あの鳥居の周辺を探してるんじゃないんですか?」

 シンが言うと、井上の声に乾いた笑いが混じる。

 「まさか、おめぇ・・鬼なんか信じてんのかぁ?」


 「誰か見たんですか?鬼を」

 シンが真っ直ぐに井上を見る。

 井上もシンを見返した。

 「いや・・まさか。いるわけねぇだろ、鬼なんて」


 井上は立ち上がった。

 「総司に見っかるとウルセェからなー。そろそろ行くわ」

 そう言って、踵を返す。

 「じゃあな、また来らぁ」


 門を出る井上の背中を見送りながらシンは考える。

 (あの人、やっぱ油断なんないな・・・結局、こっちだけ言わされた感じだ)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ