第八十六話 モテ○
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「ありゃあ・・総司のシュミじゃねぇなぁ」
土方がチビチビ杯をかたむける。
あまり酒に強くない。
ひさしぶりに藤堂を酔いつぶそうと、その夜6人で呑みに来た。
角屋の一室である。
「そーなんすか?」
藤堂はグビグビ酒を呑む。
「ああ・・こいつぁ、ネーチャン子だからなー・・年増好きなんだ」
「土方さん!」
沖田が声を上げる。
「そうだろー?吉田屋に行った時だって」
土方はすでに酔っている。
「土方さん!!」
沖田の声がさらに高くなる。
「吉田屋って新町か?」
原田が面白そうに訊く。
「総司、おめぇ・・大坂で芸娘揚げてたんか?知らなかったぜ」
沖田が苦い顔で舌打ちする。
「安心したぜー、まぁ呑めよ」
原田が沖田に酌をする。
「どうすんだぁ?あの娘」
永倉も沖田にささる。
「素人娘だからなぁー・・手ぇ出したら、所帯持たなきゃなんなくなるぜ」
「・・出すわけないでしょー」
「へぇ?」
「にしても、分かんねぇもんだなー・・オレたちみてぇな、いつ死ぬか分からねぇようなオトコに、本気で惚れる物好きがいるわけねぇと思ってたが」
原田が上を向いてつぶやく。
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「オレも・・」
藤堂が同意する。
「切ったはったやってりゃ・・惚れたはれたなんざ、縁がねぇと思ってたけどな」
「・・ねぇよ、そんなもん」
沖田がクイッと杯を傾ける。
「なんっか・・腹立つんだけど・・」
斎藤がブスッとした顔で酒をあおる。
「なに、"モテちゃって困ってます"ってな感じで、伊達オトコ気取ってんだ?おい」
「気取ってねーよ」
沖田の声が低くなる。
「土方さんは正真正銘"モテてモテて困ってます"だよなー?」
原田が面白そうな顔をする。
「あ?」
土方はすでに目が据わっている。
「それがどしたよ?」
「・・否定しねーのかよ」
「そういや・・屯所にもオンナがいるな」
永倉がふとつぶやく。
杯を傾けていた沖田の手が止まる。
「ん?薫と環のことか?」
原田が訊くと、永倉が頷く。
「そうそう、一応アレでもオンナだろ?」
「・・あんなデカくて、稽古着着て、竹刀振り回してんのぁ・・オンナじゃねーですよ。近所のガキと変わらねぇよ」
斎藤が異を唱えると、藤堂も頷く
「まぁな~」
「だが、あいつら・・どっちもツラはいいぞ」
土方はロレツが回っていない。
「っつーか・・色気がねーんだよ、一滴も」
藤堂が暴言を吐く。
沖田は"ワレ関セズ"という顔で、酒を呑んでいる。
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「そんなに可愛いの?」
部屋で布団を敷きながら、環が薫に訊く。
「うん・・美人っていうより、モロ"カワイー"ってカンジ」
「へぇー」
「応援してあげたいけど・・沖田さん、コワイし」
先に布団を敷き終えている薫が、座り込んで足を投げ出す。
「ほっといた方がいいよ」
環が事もなげに言う。
「なるようにしかならないんだから」
達観したセリフである。
「そりゃ、そーだけど・・」
薫が膝をかかえる。
「新選組って特攻隊みたいなもんでしょ?平凡な幸せとか・・あんまり考えないんじゃないかな」
環も布団の上に座り込む。
「それに・・沖田さん、結核なんだよ?」
「・・・」
薫は何も言えなくなった。
確かに・・・どう考えても、沖田のことは諦めた方がミツのためである。
「でも・・新選組の組長ってモテるのかな?」
環がふと言った。
「みんな、背高くて強いし・・わりとカッコ良いもんね」
「えっ?」
薫が驚くが、環がかまわず続ける。
「この時代だと"高スペック男子"とかになるのかな」
「ええっ!?」
「ちがう?」
「いやぁ・・」
薫が言いよどむ。
「なんか・・うーん」
薫は目を泳がせると、沖田や斎藤や藤堂や永倉や原田を思い浮かべる。
「なんていうか、そのー・・ゴロツキとか、ゴロマキとか、ゴロ寝とか・・そういうイメージじゃない?」
「ちょっと、ヒドすぎるんじゃない?それ・・」
環が眉間に皺を寄せた。