第八十四話 重箱
1
ミツの手製のおはぎは、沖田が適当に隊士に振舞ってすぐに無くなった。
「重箱取りに来たら渡しておいてくれ」
沖田が薫に素っ気なく頼んだので、重箱は炊事場で預かっている。
("渡しておいてくれ"って言われても・・)
薫は考える。
どう考えても・・この重箱は、おミツが新選組の屯所に来るための口実だ。
沖田に会うための大事なアイテムなのである。
それを薫から返したら、薫がおミツに恨まれる。
(いやだなぁー・・)
翌日、昼飯の後片付けをしていると、門の警備の隊士が炊事場に現れた。
「昨日の娘が重箱を取りに来てるんだが・・ここにあるか?」
「あ・・はい」
薫がキレイに洗った重箱を持って出ると、門のところにミツが立っている。
「あの・・おミツさん?これ・・沖田さんが渡してくれって・・」
薫が重箱を差し出す。
重箱の中には畳んだ風呂敷が入っている。
「え・・?」
ミツが落胆した声を出す。
「あの・・沖田はんはおらへんのどすか?」
「いや・・あの」
薫が言いよどむ。
沖田は屯所にいる。
昼飯を食べ終え、まだ見廻りに出かけていない。
ミツが昨日と同じ時間に来たのは、この時間だったら沖田がいると思ったからだろう。
「・・いますよ、沖田さん。ちょっと待っててください、いま呼んできますから」
ミツの愛らしい顔を見ていると、なんとかしてあげたくなる。
薫の言葉にミツの顔がパッと明るくなった。
沖田の反応が怖いが・・薫は屯所の沖田の部屋に向かった。
2
沖田は部屋にいた。
隊服を身に着けて、午後の見廻りの準備をしている。
「あの・・沖田さん」
開いた障子から薫がヒョイと顔を出す。
「おミツさんが来てますけど」
振り返った沖田は、少しうんざりしたような顔をする。
「重箱取りに来たんだろ・・渡しとけって言ったろうが」
「でも・・お礼を言った方がいんじゃないでしょうか?」
薫もネバる。
沖田が息をつく。
普段の沖田ならお礼はすぐにするところだ。
しかし、沖田もミツの目当てが自分にあると感づいているので、どうしても態度が素っ気なくなる。
「・・・」
返事をしない沖田を、薫は無言で待ち続けた。
しばらく経って、根負けした沖田が口を開く。
「・・わかったよ、行きゃいんだろー」
「・・はいっ」
薫がニッコリ笑う。
沖田が仕方無さそうに部屋から出てきた。
玄関から出ると、門の前にミツの姿があった。
沖田を見つけると、小走りで門から入ってくる。
(ほんと・・かわいいなぁ~)
薫はミツの女の子らしさに憧れてしまう。
「沖田はん」
「おミツちゃん」
向かい合った沖田とミツを見て、薫はハタとする。
(あれ?あたし・・ひょっとしてジャマ者じゃ・・)
薫の心配は無用だった。
ミツの目には、薫の存在は入っていないのだから。
3
「おはぎごちそうさま・・うまかったよ」
沖田がお礼を言うと、ミツの頬が見る見る染まる。
「ほんま?うれしい!せやったら、ウチまた作ってくんね!」
ピョンピョンと飛び上がりそうなミツを見て、沖田が両手を軽く上げる。
「い、いや・・そりゃあ悪いから、もう」
「遠慮せんといて!」
「いや・・あの、遠慮じゃなくて・・」
沖田の言葉はミツには届かない。
おはぎを作れば、また沖田に会いに来ることが出来る。
それが肝心なのだ。
「そや・・これ。京太が折ったんやで、沖田はんにって」
ミツが袖から小さな折り紙を出した。
鶴と亀である。
「手ぇ出して」
ミツの言われるがままに、沖田が手を差し出す。
手の平に和紙で折られた鶴と亀がチョコンと並べられた。
「あ・・ありがとう」
沖田が言うと、ミツは大きく頷く。
「ウチもう戻らんと・・また来んねー」
そう言って、小走りに門から出ていく。
その様子を見ていた薫の口から、ポロリと言葉が漏れる。
「モテキ到来・・」
沖田が不機嫌な声で振り返る。
「ああ?・・いまなんつった?」
「え?いえ~・・何でも」
薫が慌てて目を逸らす。
(こっ、こわーっ)
沖田は無言で折り紙を袖に入れると、仏頂面で屯所に引き返した。
残された薫は、ひとりつぶやく。
「・・青春だなぁ」