第八十三話 先生
1
昨日の手合せの結果はこうだった。
(新選組) (伊東道場)
永倉新八(引) × 服部武雄(引)
藤堂平助(引) × 篠原泰之進(引)
武田観柳斎(勝)× 鈴木三樹三郎(負)
尾関雅次郎(引)× 加納道之助(引)
永倉新八(勝) × 中西昇(負)
藤堂平助(勝) × 内海二郎(負)
伊東側で抜きんでた使い手は服部武雄である。
篠原泰之進もかなりの猛者で、剣のほかに柔術・槍術もこなすらしい。
藤堂と20分間、剣を交えたが勝負がつなかった。
中西昇と内海二郎もかなりの腕前で、永倉も藤堂も勝ちはしたが仕合の内容はかなり競ったものだった。
加納道之助も尾関と良い勝負だった。
問題は武田が仕合った鈴木三樹三郎である。
腕前は並の上で、武田にあっさり負かされた。
しかし、困ったことに鈴木三樹三郎は伊東大蔵の実弟だと言う。
伊東と一緒に新選組に加入するというなら拒めない。
「まぁ・・連中、腕は確かなんじゃねーのか?1人除いて」
永倉があぐらをかいて上を向く。
旅籠部屋の中で、藤堂と尾関もあぐらをかいて座を囲んでいる。
「鈴木さんは、まぁ・・しょーがねーよ」
藤堂がつぶやく。
「あっちが精鋭ばっかだったら、こっちも立つ瀬ねぇし・・」
「なぁ・・平助」
永倉があぐらを組んだ足の上で頬杖をつく。
「あの、伊東って先生・・ちょっとおかしくねぇか?」
2
「なんでですかい?」
藤堂は薄々言われることを予想している。
「いや・・あの人、ヒマさえあれば雑巾で畳拭いたり柱磨いたり・・なーんか、ちょっと汗かきゃすぐに水浴びだとかで消えるし・・」
永倉が頭を掻く。
「なんつーか・・ビョーテキっつーか・・」
「そや、オレもおかしい思てましてん」
尾関も頷く。
藤堂が溜息をつく。
「伊東先生、キレイ好きなんすよ」
「キレイ好きたって、限度ってもんがあんだろ?」
「まぁ・・うん」
「戦場じゃあ、ウジ・ノミ・シラミが湧き放題だぜ?あのお上品な先生にゃ、無理じゃねーのか?」
永倉が言っていることは当たっている。
軍人は、どんな血腥い非衛生的な場所でも飲み食いできる神経でなければ務まらない。
藤堂は深い溜息をつく。
「正直言うと・・オレもちょっと予想外したかな~とは思ってんだ」
「どうゆうこった?」
「伊東先生・・昔はもっと骨っぽくて懐が深くて、オレぁ・・尊敬してたんだがな」
「・・・」
近藤もそうだが・・「先生」と呼ばれるようになると、カンチガイする人間は何かが壊れてしまうのかもしれない。
「土方さんとは・・とうてい合わねぇだろーな」
永倉の言葉に藤堂は肩を落とす。
本来、新入隊士の面接は土方の仕事なのだ。
しかし今回は「オレぁ、北辰一刀流は嫌ぇだ」と言って同行を拒んだのだ。
局長の近藤が乗り気なのだから、副長が異を唱えてもムダだ。
だったら「オレが行ってもムダだろう」というのが土方の理屈だ。
3
近藤は伊東道場に出向いている。
「新選組は尊王攘夷を掲げて発足したと聞いています」
向かいに座っている伊東が腕を組む。
「ブレはありませんかね?」
「ふむ・・尊王は幕臣すべて同じです。攘夷は、まぁ・・侵略してくる夷狄から国を守るのは当然かと」
近藤は少しあやふやな口調だったが、伊東は黙殺した。
伊東にとって、新選組は京進出の足掛かりでしかない。
洛中に入れば、いずれ自分たちが尊王攘夷の魁となって天子の守人になるのだと考えている。
この時点で、伊東は致命的な判断誤りをしていた。
京から遠い江戸にいる伊東は知らなかった、新選組がどれほど西国の攘夷派から憎まれ抜いているかを。
伊東にとって新選組に加入するのは、プラスどころかマイナスにしか働かないことに気付いていない。
また・・近藤も、伊東一派をかかえこむのが両刃の刃となるとは予想していない。
近藤は戦国武士に憧れながら、新しいものに対する興味も強い。
外国の文化や技術は率先して受け入れるべきだという考えである。
この点が、伊東と全く違っている。
伊東の新選組加入は、すでに決まったも同然だ。
(まぁ・・隊に取り込んでしまえば、後はこっちの采配次第だ)
近藤は甘い見通しを立てていた。
伊東道場を後にした近藤は、江戸に下ったもう一つの目的を考えている。
松本良順・・医学所頭取。
幕府奥医の蘭方医に会って、外国の医術や文化について指南を仰ぎたいと思っている。
近藤の頭からは、すでに伊東のことはかき消えていた。