第八十二話 ミツ
1
昼飯の片づけを終えた薫が炊事場から出ると、門のところに若い娘が立っていた。
警備の隊士となにやら話をしている。
新選組の屯所にフツーの女の子が来るのを初めて見た薫は、つい興味が湧いて門に近付く。
「~~~沖田組長ですか?」
隊士の声が聞こえる。
どうやら娘は沖田を訪ねて来たらしい。
「・・沖田さんだったらいますよ」
薫がつい声をかけると、娘と隊士が驚いて薫の方を向いた。
近くで見ると娘は薫より少し年上に見えたが、初々しさが残っている可愛らしい娘だ。
下駄を履いているので底上げされているが、薫より背丈が20cmくらい低い。
(うわぁ~、かっわいーい!小さーい)
薫は久しぶりに見る女の子らしい女の子に、すっかり見惚れている。
すると後ろから声が聞こえる。
「あれぇ、おミツちゃん?」
沖田と原田と斎藤が連れだって、ゾロゾロと玄関から出て来た。
最近は昼飯を食べ終わるとすぐに、午後の見廻りに出るのだ。
「沖田はん!」
おミツと呼ばれた娘が嬉しそうな声を出す。
その一声ですぐに分かった。
娘は沖田に好意を抱いている。
2
「どうしたんだい?」
沖田が前に進むと、娘は沖田しか目に入っていない様子で進み出る。
「沖田はん・・最近、壬生寺にもぜんぜん来えへんし・・京太も寂しがっとるんやで。なんかあったんかなぁ思て・・つい」
娘は恥ずかしそうに下を向く。
その仕草が愛らしい。
「あ~・・」
沖田が言いよどむ。
以前、沖田は壬生寺でよく子供たちと遊んでいた。
しかし労咳に罹ってからは、子供たちに近付かないよう足が遠のいていた。
「戦続きだったからね・・」
「そやってん・・」
沖田の言葉に娘が残念そうな声を出す。
「・・浜崎先生んとこにも来んようになって・・ウチも京太も沖田はんに逢えんて寂しいて」
ミツの言葉に、沖田は困ったような顔をする。
浜崎というのは壬生村の医者で、新選組のかかりつけとして医療所を提供している。
「・・京太は元気かい?」
沖田が訊くと、ミツがコックリと頷く。
「うん、沖田はんと鬼ごっこしたいゆうとる」
「そっか・・」
沖田が懐かしそうに笑う。
「そのうち・・落ち着いたらね」
「・・そう」
娘は少しうつむいたが、手に持っている風呂敷包を差し出した。
「これ・・ウチが作ったおはぎ、沖田はん甘いもん好きやから」
「ありがとう」
沖田が風呂敷を受け取ると、ミツは嬉しそうに頬を染める。
風呂敷の中にはお重が入っているらしい。
けっこうな重みがあった。
「ウチもう戻らんと・・また来んね」
ペコンと頭を下げると、ミツは門の方に戻って行った。
3
「"ウチさみしぃー、沖田はん"」
「"また来んねー"」
原田と斎藤が女の声音でブリブリの物マネをする。
「総司くん、スミに置けねぇじゃねぇのー」
「おめぇ、壬生寺で軟派してたんか?」
「ちがう!」
沖田がいかつい声を出す。
「でも・・すっごいカワイイひとでしたねぇー」
薫の無邪気な言葉に、沖田がげんなりしたカオをする。
「あの娘・・浜崎先生とこの手伝いだろ?見たことあるな」
ミツは壬生村の農家の娘だが、浜崎の医療所で奉公をしている。
「京太ってのは?」
「おミツちゃんの弟です」
沖田が仏頂面で答える。
京太はミツのまだ幼い弟で、沖田によく懐いている。
「弟かぁー・・"将を射んと欲すれば先ず馬"ってヤツだなぁ」
「だから・・ちがうってば!」
原田の言葉に沖田が声を荒げる。
「そう言えば・・・オレら最近、浜崎先生とこに行ってないなぁ」
斎藤がつぶやく。
環が医療班で手当するようになってから、新選組の・・とくに幹部は八木邸で手当を受けている。
わざわざ浜崎の医療所まで足を運ぶことが少なくなった。
「ふぅん・・」
原田が考え込んでいる。
「総司、おめぇ・・ホモの噂を消してぇんだろ?女と付き合えば一発だぜ」
「・・その噂広めたの、左之さんと新八っつぁんでしょうが。オレぁ、女とは付き合わねぇ」
「・・んじゃ、やっぱオトコか?」
「・・っ・・オトコはもっと付き合わねーよ!!」
沖田が興奮して風呂敷包を握り締める。