第八十一話 服部
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翌日、近藤・永倉・武田・尾関が藤堂に案内されて伊東道場に足を運んだ。
「お会いできて光栄です」
伊東が迎えに出ると、近藤が満面の笑みで挨拶する。
「はじめまして、伊東先生。新選組の近藤勇です」
そういって玄関から上がろうとすると、伊東に止められる。
「あ、ちょっと待ってください。どうぞこちらで足を清めてください」
玄関に置かれたたらいに、なみなみと水が張られている。
「あ?ああ・・こりゃあ、すまない」
近藤がそう言って、足をたらいにつけてすすぐと、すぐに伊東が手ぬぐいを差し出す。
「こちらをお使いください」
「あ?ああ・・ありがとう」
その様子を藤堂がハラハラしながら見ている。
(やっぱなー・・こうなるかー)
永倉も怪訝な顔をしているが、とりあえず近藤に続いて足をたらいにつける。
昨日の夜、永倉から建白書のことや留守中に屯所で起きたことを聞いていて、肝心の伊東という人物の予備知識を話すのをすっかり忘れていた。
部屋に入ってから型通りの雑談の後に、伊東が永倉の方を見る。
「新選組の勇名は江戸まで鳴り響いてますが、この道場にも猛者がいましてね。是非、お手合わせ願いたい」
「・・今すぐかい?」
永倉が訊くと、伊東がニッコリ笑って頷いた。
「よければ・・稽古場ですでに控えておりますので」
予想通りのことである。
永倉たちが同行したのは、新入隊士の腕前を確かめる役割なのだから。
永倉、藤堂、武田、尾関が立ち上がる。
「新八っつぁん・・この道場の生え抜きぁ・・強ぇーぞ」
藤堂がボソリとつぶやいた。
「へぇー・・そうかい?じゃあ、昨日は深酒しねぇで良かったぜ」
永倉は面白がっている声だ。
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稽古場に入ると6人の男が座っていた。
永倉たちを見ると、すぐに立ち上がる。
「人数はこちらが多いですから、新選組の方には2人と手合せいただく方がいますがよろしいですか?」
伊東が訊くと、永倉が薄笑いを浮かべる。
「・・かまわねぇよ」
「じゃあ・・さっそく組み合わせを決めましょう」
(新選組) (伊東道場)
永倉新八 × 服部武雄
藤堂平助 × 篠原泰之進
武田観柳斎 × 鈴木三樹三郎
尾関雅次郎 × 加納道之助
永倉新八 × 中西昇
藤堂平助 × 内海二郎
この組み合わせで、手合せすることになった。
勝負は竹刀を使った稽古式である。
借りた道着に着替えた永倉が竹刀を軽く振る。
対戦相手の服部の方をチラリと見ると、目があった。
服部の眼光は鋭く強い。
(平助の言った通り・・強そうだな)
強い相手と勝負することに目が無いので、ついつい笑いが浮かんでくる。
「・・斎藤と左之のヤツも、連れて来りゃあ良かったぜ」
小声でつぶやくと、藤堂が隣りで苦笑する。
「実戦経験はこっちが断然勝ってますがね・・稽古場じゃあ、どうかな」
「カンケーねぇ、目の前のヤツを倒す。そんだけだ」
永倉が稽古場中央に歩き出す。
3
永倉の予想を超えて、服部は強かった。
大柄な身体で、剣にはスピードと重さがある。
永倉と服部ではフェザー級とウェルター級くらい体格の差があった。
(こいつぁ・・)
試合が始まってから何度か打ち込んだが、どちらも決められない。
服部武雄は、新選組の幹部に全く引けを取らない使い手だった。
永倉の顔色が変わったが、服部の顔色も変わっている。
試合を見ている伊東が複雑な表情をしている。
服部がもっと早くカタをつけると思っていたらしい。
近藤の顔からは何も表情は読めない。
「すんごいなぁ・・永倉はん相手に五分五分や」
尾関がつぶやく。
藤堂は黙って仕合を観ている。
しばらく打ち合いが続くが、30分近く経っても勝負は決まらない。
近藤がおもむろに立ち上がった。
「・・引き分けだ、もういいだろう」
近藤の声で、永倉と服部が動きを止める。
どちらも汗まみれで、肩で息をしている。
「次の仕合を始めよう、伊東さん。キリがねぇ」
「・・・わかりました」
伊東の顔からは余裕の表情が消えている。
出番が回ってきた藤堂が立ち上がる。
戻って来た永倉が通り過ぎる時、舌打ちするのが聞こえた。