第八十話 江戸
1
早駕籠を使って、近藤一行は4日で江戸に到着した。
到着すると休む間もなく、藤堂が泊まっている旅籠に向かう。
旅籠部屋で到着を待っていた藤堂が4人を迎える。
「平助!!」
永倉は久しぶりに逢う藤堂に、背後からチョークスリーパーをかける。
「いてっ・・いってぇーよ!新八っつぁん!」
首を絞められた藤堂が顔を真っ赤にして声を上げる。
「挨拶だよ、挨拶!魁先生ー」
永倉が腕を緩めると、藤堂が大きく酸素を吸い込む。
「元気そうじゃねーか、安心したぜ」
「あ~・・新八っつぁんも・・元気そーっすね」
息をつきながら藤堂が答える。
「ご苦労だったな、平助」
近藤が穏やかな顔で声をかける。
「近藤さん、おひさしぶりです」
藤堂が頭を下げる。
「元気そやなー、平助」
尾関が藤堂の肩をたたく。
尾関雅次郎は、藤堂・斎藤・沖田と同じ年だ。
「尾関、おめぇも・・わざわざ江戸までご苦労だなぁ」
藤堂は新選組の面々を見て、懐かしそうな表情をした。
「まずは腹ごしらえしてからじゃ。ゆっくり話しましょうやぁ」
武田が場を仕切ろうとするが、ビミョーな空気が流れる。
「そーだな・・ま、言われりゃあ、腹減ったかな」
永倉が一応、大人の対応をする。
「じゃあ、久しぶりに江戸の蕎麦でも食いに行くか」
近藤の一声で、昼飯が決まった。
2
「そんで・・その伊東ってヤローにすぐ会いに行くのかい?近藤さん」
蕎麦をかきこみながら永倉が訊く。
「新八・・ヤローじゃねぇ、伊東先生だろ」
近藤がダメ出しする。
「へぇ、へぇ」
汁をすすりながら永倉がメンド臭そうに答える。
「到着したばかりだと近藤さんたちが疲れてるだろうから、日をズラした方が良いって・・伊東先生が」
藤堂は近藤たちの江戸下りが決まってから、事前に伊東と打ち合わせをしていた。
「そうか・・そうだな」
近藤がうなづく。
「じゃあ、今日はもう宿に入って旅の疲れを取るとするか」
「平助、呑みに行こうぜ」
蕎麦を食べ終えた永倉が爪楊枝をくわえる。
「いいっすけど・・新八っつぁん、疲れてねぇんですか?」
「んなもん・・酒呑みゃあ、すぐに治るさ。尾関、おめぇも来い」
「はぁ」
尾関は永倉の誘いは絶対に断らないのだが、わずかに首をひねった。
(確かオレら・・謹慎中だったよーな・・)
「近藤さんたちはどうする?」
永倉は近藤と武田にも声をかけるが、予想通りの答えが返って来る。
「いや・・われらは湯屋にでも行ってから、部屋で休むことにする」
「明日があるけんのぉ。新八さんもほどほどにせんといけんでぇ」
蕎麦を食い終わった5人は、店を出て二手に分かれた。
「どこに呑みに行くよ?平助。ひさしぶりだぜ、江戸の町ぁ~」
永倉が嬉しそうに辺りを見渡す。
「新八っつぁん・・近藤さんとなんかあった?」
藤堂が訊くと、永倉が真顔になる。
「・・なんでだよ?」
「いや・・なんか・・」
「ふん・・その話は酒が入ってからだ」
(まさか・・朝まで呑むんじゃねぇだろな)
藤堂はイヤな予感がしている。
3
「近藤局長・・そろそろ江戸に着いた頃じゃないかしら」
山南が言うと、沖田が腕を組む。
「新八っつぁん・・大人しくしてますかね」
「さぁ・・」
山南がクスクス笑う。
隊士の稽古の時間で、沖田が剣の師範をしている。
「木下、踏み込みが甘ぇぞ!!」
沖田が打ち込みの稽古をしている隊士に声をかける。
「沖田くん・・最近、稽古の時に優しくなったって評判よ」
山南がニコニコ笑いながらつぶやく。
「はぁ・・」
「やっぱり・・薫ちゃんと環ちゃんに教えるようになって、加減が分かるようになったのねぇ」
「はぁ・・」
山南が勝手に都合の良い解釈をしているのを、沖田はスルーする。
「ぜんぜんカンケーねぇし・・」
聞こえないくらいの小声で沖田がつぶやく。
「え?なに」
「いや・・」
沖田の檄が減ったのは、薫と環の稽古には全く関係が無い。
永倉から、沖田のSっ気の強い稽古が一部の隊士にウケていると言うキモチ悪い話を聞かされたせいだ。
チンタラチンタラ竹刀を振られるとイライライライラしてくるが・・・そこはキモチ悪さが勝って、怒鳴る前にストッパーがかかる。
沖田がふぅーっと溜息をつく。
「どうしたの?」
山南が心配そうな顔をする。
「いや・・なんでもねぇです」
腕を組み直す。
「そういえば・・沖田くん」
山南が少し低い声を出す。
「そろそろ医者にかかった方がいいんじゃないかしら・・もっと身体を大事にしないと」
山南の言葉に、沖田の表情が消える。
「観念して・・吉岡先生に」
「薬は飲んでますぜ」
沖田がかぶせる。
「・・専門家に診てもらった方が良いって言ってるのよ」
山南が続けるが、沖田は聞こえない顔をして一歩踏み出した。
「おいっ、そんなナマクラ剣が実践で通用すると思ってんのかっ!!」
さっきまでのキモチ悪さはどこかに吹き飛んでいた。




