第七十八話 介錯
1
近藤と武田と永倉と尾関が、江戸に出立した。
早駕籠を使うので、4日ほどで到着する予定だ。
「ゴローたち頼むぜ」
不本意な江戸下りだが、見送りに出た沖田に一言言うと永倉はアッサリ屯所を後にした。
葛山の名前は一度も口に出さないままだった。
原田と斎藤と島田と尾関は、あれから部屋で謹慎している。
もちろん酒は飲まないし、食事も塩で握った白むすびだけだ。
ムードメーカーが全員、姿を現さないので屯所の雰囲気も沈んだままだ。
スラリと障子が開いて、土方が斎藤の部屋に入ってきた。
あおむけに寝転んでいた斎藤が慌てて起き上がる。
シンは部屋でハタキをかけていた。
「斎藤。明日、葛山が切腹する。おめぇが介錯しろ」
土方が言うと斎藤が驚いたように顔を上げる。
「・・分かりました」
「それだけだ」
そう言って土方は部屋から出て行った。
シンは一瞬だけ手を止めたが、何事も無かったように掃除を続ける。
「・・おめぇ、ちょっと・・部屋から出てろ」
斎藤が後ろ向きのままで言った。
"ひとりにしろ"と言う意味だ。
「・・布団干しに行ってきます」
そう言って立ち上がると、シンは布団を持って部屋を後にする。
斎藤が少し、こたえているように見えた。
2
翌日、前川邸の屯所の一室で葛山の切腹が行われた。
斎藤が水で清めた刀身を額の前にあて、目を瞑る。
「・・南無三・・」
小声で祈りの言葉を唱えてから、目を開く。
葛山が辞世の句を読み上げると、小太刀を構える。
実際、腹を切って自力で死ねる者はほとんどいない。
刺した刀身に腹圧がかかって、自力で真横に切るには並外れた力が要る。
よほどの怪力の持ち主なら一瞬で切ることは出来るかもしれないが、それでも死ぬには至らない。
介錯人がいなければ、地獄の苦しみにのたうちまわって後の出血多量死となる。
それを避けるため、腹を刺したと同時に介錯人が首を斬り落とすのが通例だ。
介錯には手練れの技が要求される。
腕が無ければ、切腹者にいらぬ苦しみを与え悲惨な最期となる。
その点、斎藤は達人の腕前だ。
謹慎中の斎藤に介錯をさせるのは、土方の葛山にたいするせめてもの温情かもしれない。
「うっ」
葛山のうめき声が聞こえたと同時に、斎藤が刀を振り落ろす。
葛山の身体がゆっくりと前に倒れる。
首の皮一枚がつながった状態で、頭と胴体が離れる。
浅葱色の隊服がみるみる血に染まる。
立合人の土方と山南が、目を瞑り合掌する。
目を開けて葛山の身体を悼むように見ると、斎藤の腕前に感心した顔をする。
「成仏しろよ」
そう言うと土方が立ち上がった。
(・・ムリだろ)
斎藤が心の中でつぶやいた。
3
「明日から隊務に戻れ」
土方が斎藤に言った。
「左之と島田たちもだ」
土方の言葉に斎藤は黙ったままだ。
「聞こえてんのか?」
「あ?・ああ・・分かりました」
斎藤が答えると、土方は踵を返して部屋から出た。
刀を手にしたまま斎藤が立っていると、山南が立ち上がる。
「斎藤くん・・葛山くんは、自分が誤解してたことが分かったのよ。永倉くんが近藤局長に従順になって腹立たしかったみたいだけど」
斎藤は黙っている。
「勝手に思い込んで、黒谷まで乗り込んで・・迷惑をかけたことを恥じてたわ」
山南はしゃがみこむと、葛山の頭を白い布で覆う。
「真面目で真っ正直で融通の利かない人だから・・・おまけにすぐ暴走するしね」
山南が斎藤を見上げた。
「頭が冷えて・・悔やんでたわ。言ったこともやったことも・・取り返しがつかないって」
山南は立ち上がると、斎藤を真っ直ぐに見る。
「"切腹する"って・・自分から言い出したの。土方副長が命じたことじゃないわ」
山南は手に持った葛山の辞世の句に目を落とす。
「ほんと・・言い出したら聞かない人ですもの」
「サンナンさん・・オレぁ」
斎藤が何か言いかけたが、言葉が出てこなかった。
「明日からまた頑張ってちょうだい。このままアナタ達が謹慎してると、一番隊組長が倒れちゃうわ」
山南の言葉に、斎藤がふっと表情を緩める。
「サンナンさん・・・総司のヤツぁ、胸を」
斎藤が言いかけると、山南がすぐに答えた。
「知ってるわ。でも・・沖田くんも人の言うこと聞く人じゃないでしょう?」
「ああ・・」
「まぁ、でも・・そのうちムリにでも医者に連れてかなきゃね」
「・・なんでもお見通しかよ。敵わねぇな、サンナンさんには」
斎藤が言うと、山南が薄く笑った。