第七十七話 謹慎
1
「今日は稽古はナシだ」
次の日、沖田が炊事場にいる薫と環に言った。
「しばらくできねぇかもしれねぇ」
薫と環は少し驚く。
沖田はどんな短い時間でも、必ず毎日稽古を付けてくれた。
「大丈夫です・・自分たちで稽古してますから」
薫が答えると、沖田が薫の頭に手を置く。
「ワリぃな・・それと新入りが3人、賄い方に入るから頼んだぜ」
「新入り?」
「ああ、後で連れて来る」
そう言って炊事場から出ていった。
「どうしたんだろ・・」
薫がつぶやく。
「また討ち入りとか、戦とか始まるのかなぁ・・」
環も不安気な声を出す。
「ちがうよ」
シンが炊事場に入ってきた。
最近、沖田の稽古が終わるとシンがひょっこり現れるのだ。
「永倉さんと原田さんと斎藤さんが謹慎処分になって、ほかの組長が忙しくなってんだ」
「謹慎?」
環が声を出す。
「うん」
シンがうなづくと、環がさらに訊いた。
「どうして?」
「さぁ・・なんかあったんだろ?」
(そりゃ、そーだろ・・)
薫と環は、シンの情報の少なさにガッカリする。
「斎藤さんは・・部屋でずっと写経してるし」
斎藤は部屋に籠りきりで、食事もシンが運んでいる。
「写経ぉ~?斎藤さんがぁ?」
(なんて似合わない・・)
薫と環が目を合わせる。
「ほかの組長で持ち回りしてるみたいだよ」
藤堂が不在で、永倉と原田と斎藤の持ち場までみるとなると、確かにに薫と環の稽古なぞに時間を取っているヒマは無いだろう。
「そっか・・よくわかんないけど」
薫がつぶやく。
「沖田さんいなくても、サボらないでがんばろ」
「うん」
環がうなづく。
シンが口をはさむ。
「・・いちおう、オレも稽古みてるじゃん」
薫と環がシンの方を向く。
「そうだっけ?」
2人の答えに、シンは言葉が出てこない。
2
沖田が連れて来た新入りを見て、薫は驚いている。
「女将さん・・って?あの夢屋の?」
「アタシの名前、ゴローって言うのよ、よろしくね~」
ゴローが可愛いらしく頭を横に振る。
「アタシはレン」
「アタシはシュウよ」
「ど、どうして新選組に?お店はどうしたんですか?」
「んも~、これだから本物の女はイヤなのよ。答えにくいことズケズケ訊くんだから」
「ご・・ごめんなさい」
「いいわよ~、別に。お店はたたんだの。火事の後、お客がぜんぜん来なくって」
「そ・・そうだったんですか」
「ぱっちゃんの隊に入ることになってたのに・・なんか違って来ちゃって」
「はぁ・・」
「今朝、総司ちゃんがいきなり"賄い方に行ってくれ"って言って、んも~」
ゴローが口をとがらす。
「なんか色々あるみたいね・・間の悪い時に来ちゃったわ」
「はぁ・・」
薫はまだ驚きが覚めていない。
「ま、食事の支度キライじゃないからいんだけどぉ」
「アタシ好き~!」
「アタシも~」
レンとシュウは嬉しそうにしている。
(沖田さん・・何考えてんだろ?)
薫は首を傾げた。
「じゃ、じゃあ・・さっそく手伝ってもらっていいですか?みなさんお料理得意みたいだし」
「おうっ、まかせとき~」
ドスの効いた声を出して、3人が拳を突きあげた。
3
それから4日間、時間を取りながら、東の倉で土方と葛山は話をした。
山南もその都度、立ち合っている。
近藤は土方と山南に任せ、静観している。
「やっぱ、切腹しかねぇかぁ・・」
土方がつぶやく。
「・・・」
部屋には土方と山南しかいない。
「まぁ・・本人が"ケジメをつける"って言い張ってますからね・・」
山南が疲れた顔で息をつく。
"ケジメをつける"・・つまり"腹を切る"と言うことである。
「隊務を放棄して、屯所から勝手に出てったんだ。脱走に準ずる行為だろ」
土方が言うと、山南が低い声でつぶやく。
「局中法度に触れると?」
「だろ」
「・・・」
なによりも・・会津本陣で座り込みなど、ド派手な立ち振る舞いをされて中途半端で済ますことは出来ない。
山南はしばらく考えてから口を切った。
「わたしも・・切腹しか無いと思っています。ただしそれは・・葛山くんの意志で」
「・・・」
「信義を持って動いた男の最期・・・粛清ではなく名誉の切腹で。それくらいはよろしいでしょう?」
「・・わかった」
土方が立ち上がる。
「明後日、近藤さんが江戸に下る。葛山の切腹は、近藤さんの江戸出立が終わってからだ」
「・・分かりました」
山南が目を伏せる。