第七十五話 飯屋
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昼時の飯屋は混んでいる。
永倉、原田、斎藤、沖田、女将(ゴロー)、連二郎 (レン)、秀之介 ( シュウ)の7人で、狭い座敷に詰めて座る。
原田が手招きすると、店のオヤジが注文を取りに来た。
「オレ、"今日のおすすめ"ってやつ」(永倉)
「オレぁ、"日替わり定食"にするわ」(原田)
「アタシも"日替わり"で」(ゴロー)
「オレも"日替わり"・・って言うか、"日替わり"と"おすすめ"しかねーのかよ、ここ」(斎藤)
「アタシ、はじめちゃんと同じのが良い」(シュウ)
「"はじめちゃん"言うな、ボケ!オレぁ組長!」(斎藤)
「うるせーぞ、斎藤」(原田)
「・・・」(斎藤)
「オレは"おすすめ"でいいや」(沖田)
「じゃあ、アタシも"おすすめ"で」(レン)
各自の注文を済ませると、原田が話し出す。
「にしても、女将。なかなか強かったじゃねぇか、松原さん相手に良い勝負だったぜ」
「ダメよ、アッサリ負けちゃった。稽古サボッてたし、すっかりなまっちゃってるわ」
女将こと槙田五郎(ゴロー)が首を振る。
「これでも江戸の道場じゃ指南役だったけど・・このコたち同じ道場の門弟だったのよ」
女将がレンとシュウを見る。
「でも‥なんかやってけなくなっちゃって、一緒に道場抜けたの」
「ふぅーん、なんでだよ?」
永倉が頭を首を傾げると、女将が目を伏せる。
「男同士で身体をぶつけあってると気付くのよ。見た目がどうでも、自分の魂は女なんだって」
「・・あ~~・・」
沖田がうなる。
「そういや、もう一人の店のコはどうしたい?」
原田が訊くと、女将の声が少し沈んだ。
「年も年だから・・郷里(さと)に帰ったわ」
夢屋には、女将のほかに店員が3人いた。
そのうち1人は年配で熟女の役割だったが、どうやら郷里に戻ったらしい。
「火事の後からずっと客足が途絶えてね・・質屋の方も」
女将が深いため息をつく。
「お店をたたむしかないと思ってたとこに・・ぱっちゃんから声かけられて」
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「こんな男だらけのとこに来るなんて迷ったんだけど・・」
女将が顔を上げる。
「江戸を捨てて、京に流れて・・こうして新選組に入るのがアタシの運命なのかもって」
「そりゃ、違うんじゃね?ただの成り行きじゃねー?」
原田がバッサリ切る。
「なによ、左之ちゃん。イケズなこと言わないでよ、もうー」
「・・あ~~・・」
沖田がうなる。
「そういやぁ、どの隊に入るんですかい?3人は」
「取りあえず、オレのところで引き受ける」
永倉が答える。
土方が、「オレの目につかねぇとこに入れろ」と投げたのだ。
「アタシ、トシさまの小姓になりたいわ」
女将がつぶやく。
「あー、ムリだね。土方さん面食いだから」
原田がまたバッサリ切る。
「ひどーい!左之ちゃん」
「ヒドイったってなぁ・・」
原田が顎を掻く。
実際、土方は男でも女でも容姿の整った人間をそばに置きたがる。
薫や環やシンに対して甘い措置を取っているのは、そのせいもある。
「女将、マジで土方さんにホの字だったんか?」
早食いの原田は、あっという間に茶碗をカラにする。
「トシさまが夢屋ののれんをくぐった夜、男の中の男に逢った気がしたの」
女将が思い出すように語り出す。
「でも、あれきり一度もお店に寄ってくれることも無くて・・」
女将が溜息をつくと、永倉が続ける。
「オレが土方さん夢屋に連れてったんだよ。入った途端"たたっ斬るぞ、てめぇ"とか罵られたなぁー」
土方はオカマバーと知らされず、永倉に連れて行かれたのだ。
3
「トシさまがあちこちの廓で浮名を流しているのは知ってたけど」
女将がゆっくりと茶をすする。
「仕方がないわよね、男の人って」
「そぉ?」
原田が爪楊枝をくわえる。
「言っとくが、女将。屯所じゃ色気はしまっとけよー、土方さんに斬られたくなかったらな」
「コワイこと言わないでよ、左之ちゃん」
女将が顔をしかめる。
「正直、不安なんだから・・ホントにやってけんのかなって。今まで人を斬ったことなんて無いし」
一瞬、場の空気が止まった。
少し間を置いてから、原田が口を切る。
「・・誰でも最初は初めてだろ。筆オロシみてぇなもんだよ。一度ヤっちまえば、あとは慣れだな」
「左之さん・・昼飯時ですぜ。シモの話は日ぃ暮れてからにしてくだせぇ」
沖田がやんわり釘を指すと、原田はヘヘッと身体を揺らした。
「混んできたな・・そろそろ出るか」
永倉がそう言って手を上げる。
「親父、勘定ー!」
みなが財布を出そうとすると、原田が手を振った。
「いいって、今日は新八のオゴリなんだから」
「左之・・おめぇの分は後でキッチリ寄こせよ」
永倉が勘定しながら言う。
「なんでオレだけなんだよ」
原田がぶつぶつ小言をもらす。
店の外に出ると5人が永倉に礼を言う。
「ごっつぉーさんです」(沖田)
「ごっつぁんでーす」(斎藤)
「ごちそうさまでした」(ゴロー、レン、シュウ)
「そうだ、アタシのことはこれからゴローって呼んで。もう女将じゃないから」
女将が笑って言うと、永倉が腕組みする。
「そっか・・そうだなぁ。わーったよ、んじゃ、ゴロー。これからよろしく頼むぜ」
「こっちこそ。面倒見てくださいな、組長方」
ゴローとレンとシュウが、4人に向かって丁寧に頭を下げた。